第26話「デニスとシェルダ」
街の外れの放逐された小屋。
崩れかかった粗末な石積の内壁に焚き火の暖かい光が揺らめいている。
「改めて紹介しよう。デニスだ」
シェルダがそう言うと、デニスとよばれた男は、フードを上げた。シェルダよりもやや色の薄い紺色の髪。波打った髪の合間からは、気持ち細身の捻れた角が見える。魔族特有の浅黒い肌をしているが、日焼けしていないのか、やや色素も薄く見える。丸眼鏡の奥からは、やや気弱そうな柔和な瞳が興味深げにこちらを見ている。
「デニストロ・ノスウェルと申します。この度は、ご助力に感謝いたします。シェル──シェルダ師団長とは、所謂学友でして、今回の企みに加担させられている格好です」
畏まった口調だが、ややおどけた物言いに感じる。
「こんな状況だ。デニス、いつも通りでいい」
シェルダが焚き火の薪をつつきながら苦笑して言う。
「いやぁ、そうさせてもらえると助かるよ。シェル。皆さんも構いませんか?」
デニスはそう言ってにっこりと笑う。
「ああ。俺も堅苦しいのは苦手だからな」
「ああ良かった。シェルダが連れてきた客人というから、ロックリザードみたいなカチコチ頭の人だったらどうしようかと思ってました」
軽口を叩きながら、デニスは手を差し出す。
「ユキオだ」
出された手を握りながら簡単に自己紹介する。
「お会い出来て光栄です。手紙ではとんでもない強者との話でしたが、親しみやすそうな方で良かった。今度、ゆっくり話を聞かせていただきたい」
握った手を上下に揺らす。
「ノルです。この度、エルフの里フェニルドより、特使として参りました」
少し面食らっていたノルも気を取り直して、名乗る。まだ表情が硬いのは公的な立場を担っているからか。
「エルフの方と知り合えるとは。シェルに感謝しなくてはなりませんね。どうかデニスと呼んで下さい」
シェルと握手しながら、目を細める。
「えと……リンドです」
おずおずと名乗ったリンドをデニスが見つめる。ほんの一瞬、間があったように感じる。
「デニスです。西の地方では白金の髪は知性の神の賜物と言われるそうですが、その故事の通り……とても利発そうなお嬢さんだ」
リンドは差し出された握手にそっと応じた。始めて出会うタイプの成人男性に少し警戒が見てとれる。
「さて、本題だがな」
それまで黙ってやり取りを見ていたシェルダが、口を開いた。
「わざわざ王都を出て、迎えに来た理由があるのだろう?」
そう問われたデニスが、口元の笑みはそのままに、シェルダを見た。目線にはそれまでになかった、意図を探るような色が見える。
「彼らには知ってもらって構わないと思ってる。ただの特使、ただの護衛でない。……私は彼らが『王の責務』に関わることになる可能性もあると考えている」
「なるほど。わかったよ」
デニスは納得したように頷いた。
「一月ほど前に、王都付近の数カ所で小規模のスタンピードが確認された」
皆が息を飲む。
「ええと、すまない。スタンピードって、モンスターの大量発生とか、そういうやつだよね」
こちらの世界に来てからは耳にしてなかったが、確かそういう描写の漫画を読んだ記憶がある。
「ええ。まぁ概ね合ってますが、少し違うところは、その大量発生が恐慌状態に陥りつつも、ある種の指向性を持っていることです」
「指向性?」
デニスの返答にさらに疑問を重ねる俺にリンドが補足を入れる。
「ええと……過去にスタンピードが発生した文献では、瘴気溜まりから大量発生したモンスターの群れが、一直線に都市へと向かい、一夜にしてその都市は滅びたそうです。ただの大量発生は、モンスターの行動はそれぞれの自由意志に従いますけど、スタンピードと呼ばれるものは、モンスターの行動や目的に統一性が見られるのだそうです」
「その通り。思った通り知的なお嬢さんだ」
不意に褒められたリンドがか細い声で「本で読んだだけですので……」と照れながら呟いた。
「今回は小規模であったことから、即座に軍が対応し、事なきを得たけど、宰相閣下は事態を重く見て、軍を王都の近辺に集結させてる」
「また起こるというのか?」
シェルダが膝に乗せた拳には力がこもっている。先日老人から聞いた軍の動きと合致したことで深刻な状況を想像しているのだろうか。
「僕はその可能性は低いとみている」
「理由は?」
シェルダの表情はまだ固い。
「さっきリンドくんが話した事例など、関連した文献を確認すると、スタンピードの発生する瘴気溜まりには規模の大小に関わらず、共通点があるんだ」
「何だ」
「継続性だよ。過去のスタンピード事例では、瘴気溜まりが発生してから、一定期間瘴気溜まりが停滞、一見すると停止したように見える状態が続き、その後あるタイミングで爆発するようにモンスターが発生している。今回のスタンピードは、魔導技術院の周辺観測で、対象の瘴気溜まりを発見してから、間を置かずにモンスターが発生したことから、小規模で済んだとも言える。その後の観測では、そういう瘴気溜まりは確認されていないし、王都近辺の瘴気の流れに妙な点はない。なので、今のところすぐに次のスタンピードが発生する可能性は低いと見ている」
黙って聞いていたシェルダが息をついた。
「その意見は宰相閣下には?」
「勿論。ちゃんと技術院の見解として院長名でね。でも、警戒するに越したことはないって判断らしい。民にはスタンピードは伏せてるから、突然の軍事演習開始に王都民も兵卒も首を捻ってるよ」
「そうか」
「そういうわけで、今王都にシェルが不用意に近付くのはマズイから、わざわざ苦手な乗馬までして駆けてきたってわけだよ」
なるほど。こちらの予定では、王都の近くまでは今のやり方で進む予定だったが、近づくに連れて軍が屯している状況では、発覚するおそれがあっただろう。
「わかった。何か策があるんだろ?不測の事態も考えると急ぎ王に会って協議したい」
シェルダがデニスに向き直った。
「ああ、準備してあるから、夜のうちに街へ入ろう」
デニスは壊れた石壁の奥にみえる街の灯りを指さした。
「一応聞いておくけど、シェルは腰痛とかはなかったよね?」
「一体何をさせる気だ……」
シェルダが怪訝そうな顔をした。




