第25話「ワイバーンは数が多い」
開けた草原の街道に、ワイバーンの甲高い、耳障りな叫び声が木霊している。
草むらに隠れているリンドから狙いをそらすため、少しずつ距離を離しながら襲い来るワイバーンの爪をかわす。
黒い影とともに、耳元を空を切る音が通り過ぎる。
「ノル、狙えそうな時はどんどん頼む」
「はい」
弓を引き絞りながらノルは短く返事をする。
そして、俺を襲った個体が上空へ舞い戻り、方向を変えるその一瞬に合わせて、矢を放つ。ワイバーンの羽根はその速さを生むためか、薄い。
ノルの矢を受けた個体は左右のバランスを欠いて、螺旋を描きながら地に落ちた。
そこへ、シェルダが素早く近づき、首に一刀を入れた。
「近くに落ちたやつは任せろ」
剣についた血を振り落としながら、シェルダは言った。
よし、これなら──。
やつらが俺を狙いやすいよう、わざと道の真ん中に出る。爪、牙、2体同時と、前後左右から矢継ぎ早に襲い来る攻撃を上半身でかわし続ける。ノルは身を屈めつつ、一体ずつ、確実に落としていく。
流石はエルフ。弓の名手だ。射損じもなく、ワイバーンの動きに合わせて完璧なタイミングで矢を放つ。
半分ほどの数に減った時、群れはその動きを変えた。
目立つ俺を狙うだけでなく、弓を放とうとするノルも狙う。屈んでいるノルを狙うには、地面を擦るほどに低く飛ぶか、上空から落ちるように狙う必要がある。低く狙う個体は、俺がその進行方向を遮るように立ってたたき落とすが、落ちるように狙う個体はノル自身でかわすほかない。必然ノルの射撃の頻度は減ってしまう。
だが、大分数は減らせた。
「ノル。一旦草陰に!」
指示を受けたノルが道脇の繁みに逃れる。
標的を見失った個体が一瞬戸惑うのを見逃さず、俺は跳び上がる。
そして、その背を踏みつけながら、方向転換。進行方向の個体に標的を定め、そちらへ跳びながら、すれ違いざまに仕留める。
高度が下がるところを狙ってくる爪を止めるように足を掴み、体重を預ける。落ちまいと羽根をバタつかせるタイミングで、両足を蹴り上げて後転するように背中に移り、さらに跳ぶ。
繰り返せば、全てこれで仕留められるはず。
残り4体。そう思い跳んだところに、誤算があった。俺を狙ってくるはずのそいつは、俺を避けるように回旋した。
直感的にこいつが着地のタイミングを狙ってくることを察する。
舌打ちをして立て直しを考えた刹那、進行方向に燐光が集まる。
これは──。
草むらから燐光を操る、リンドの姿が見えた。
燐光に足をかける。地を踏むような確かな感触。回旋する個体の移動先を目指して跳び、確実に仕留める。
同時に、リンドが燐光で再び足場を作る。
隠れているよう指示した手前、立つ瀬はないが、致し方ない。
足場を頼りに次を仕留めにかかる。
残りは3体。
残り2体。
残り、1体。
リンドは俺の移動先を予測し、先回りして燐光は足場を形作る。その予測の正確さと、操作の巧みさに内心舌を巻く。
最後の一体の胴を両断し着地する。
草むらからホッとした顔で、こちらを見るリンドと目が合った。苦笑とともに頷く。
羽根を射貫かれ、地をのたうっていた個体を仕留め終わったシェルダが、リンドの衣服についた草をはらってやりながら、俺に皮肉を言う。
「リンドのおかげだな」
「いや、まったくだ」
甘く見ていたことを反省する。
「あの、ご老人がおっしゃってた群れでしょうか」
できる限りの矢を回収したノルが言った。
「おそらく、そうだろう。しかし……」
「報告してやりたいけど、難しいな」
シェルダの言葉を先回りして答える。
「ああ」
「だけど、死骸をほっとくわけにもいかないし、どうしたものかな」
周囲を見渡せば、ワイバーンの死骸が街道とその周りに散乱している。──全部収納空間に入れるしかないか。
「全部入れておくから、集めてくれ」
その言葉で察したノルとシェルダがめいめいワイバーンの死骸を中央に集める。
俺はそれを次々に収納空間に放り込む。便利だけど、沢山の死骸を入れっぱなしなのはちょっと気持が良いものじゃない。
片付けに、終わりが見えた頃、街道の先から気配を感じた。
「少し急いでくれ。誰か来る」
馬だろうか。敵意は感じないが、かなりのスピードで走って来ている。3頭の馬だ。
ワイバーンを2頭ほど残して、シェルダは草むらに隠れ、俺はさも疲弊しているように道脇に座った。ノルとリンドも俺に倣う。
預かった少女の護衛と引率の任務中、ワイバーンに襲われ、命からがら2頭は撃破。残りは逃げていった。
そう言うシナリオで行く。
馬が近づき、急停止する。2頭は鞍のみを乗せた空馬だった。
フードを被った魔族の男が、馬を手綱で抑えながら、静かな声で問うた。
「ユキオさん、ですね」
意外な一言に思わず表情が変わる。
「私は」
その男が名乗る前に、草むらからシェルダが歩み出て、フードを上げて、口元の覆いも下げた。
「デニス……。私は王都で待つように書いたはずだぞ」
「シェル!」
デニスと呼ばれた男は、馬から降りるとシェルダの元へ駆け寄った。
「よく帰ったね。お疲れ様」
「答えになってないぞ」
そう言ったシェルダは、腰に手を当て、やれやれと言った様子だ。だが態度とは裏腹に顔には笑みを浮かべている。
まぁ、とりあえず……説明してもらおうか。
誰そ彼時の街道で、俺は小さく息をついた。




