第24話「街道を行く」
久々のベッドから起き上がり、大きく伸びをした。
窓から差し込む朝日が眩しい。
宿のベッドは、快適さで元の世界のそれには大きく及ばないが、それでもテントに敷く簡易なマットに比べれは雲泥の差だ。
住環境の大切さが身に沁みる。
街道の街、魔族領に入ってから最初の街だ。昨日は宿を取る前に、シェルダから預かった手紙を出すために早馬を調達した。依頼先への定期連絡ということにしていたため、不審がられることもなかったのは幸いだった。
部屋を出て、夜は酒場となる食堂へと行くと、ノルとリンドが並んで朝食を取っていた。
「おはよう。よく眠れたか?」
席に着きながら、聞く。
「久々に湯浴みもできましたし、よく休めました。ね?」
ノルがリンドに微笑みかける。
「はい」
リンドもそれに笑顔で返す。
「でも『姉さん』に少し申し訳ないですね」
シェルダの名前を出すのは控えた方がいいだろうということで、王都に着くまではシェルダの事を呼ぶときは『お姉さん』という符丁を使うことにしている。
「まあ、仕方ないさ。なるべく早く支度をして出よう。『姉さん』が首を長くして待ってるだろうし」
俺がそう言うと、二人は頷いた。
……
歩きやすい街道は快適さと、警戒が隣り合わせの道行きだった。
前方、後方を確認し、行き交う馬車や早馬など、シェルダが気付かれることがないよう位置取りや相手の素性に注意を払う。
街が近づけば、シェルダはタイミングを見て離脱し、別行動で街の先へ迂回する。
俺が街で珍しい建物や屋台につかまると、ノルとリンドが釘を刺してくる。
「ユキオさん……『姉さん』が待ってますから……」
リンドに服の裾を掴まれて、申し訳なさそうに言われた時は流石に反省した。
それでも三日も立てば、少しは慣れてくる。
シェルダの意向もあって、折を見て情報収集もはじめる。
青空の下、街道を進んでいると荷馬車を操り、のんびりと進む老人が後方から近づいてくる。
シェルダは荷馬車に道を譲るように、さりげなくノルの後ろに隠れ、俺はノルとリンドの前に立ちつつ道を譲る。
通りがかった老人は馬の手綱をそっと引いて、馬の歩みを止めた。白髪を短く刈り上げ、ハンチングに似た帽子を被っている。帽子の脇からは年輪の深さを感じさせる角が覗いている。浅黒い肌をさらに日に焼けさせた肌には深い皺が刻まれ、柔和な雰囲気ながらその人生の長さを感じさせる。
「子ども連れかい?荷台に余裕があるから乗せてやってもいいが」
「ありがたい申し出だけど、仕事でね。この娘だけ先にってわけにもいかないんだ」
全員が乗るわけにもいかないし、ここは丁重にお断りする。
「そうかい。ならいいが、このあたりはここのところ少し物騒だからな」
「物騒?」
「ああ、ワイバーンの群れが来てるらしい」
群れを作っては家畜や人を襲う厄介な小型のドラゴンだ。
「ワイバーンは厄介だな。冒険者に討伐は依頼してないのか?」
「ああ、あんた魔族領ははじめてかい?魔族領は冒険者の数が少なくてな、急ぎの案件は間に合わないから、大抵の場合は近くの駐屯地の軍に頼むんだ」
「へえ。じゃあその軍へ依頼は?」
「してるらしいがね。なんでも別件でほとんどの隊が王都の方に出払ってるらしくて、すぐに対応できないらしい」
「そいつは大変だ」
「まぁなぁ。軍の手が足りないってのは、珍しいな。ただ魔族領じゃモンスターの災害は珍しくもないし、自分達の街を守る程度のことはするからな。軍の手が空くまでに街に近付くなら自警団が討伐隊を編成するさ」
顎を擦りながら、そう言う老人の手は節くれ立っていて年の割に力強い印象だ。
この土地で生きてきた者の強かさを感じさせる。
「まぁ、なんにせよ、よくよく注意しておくことだ。その細っこい嬢ちゃんなんて、あいつらにかかればあっという間に空の上だからな」
「ああ、気をつけるよ。忠告ありがとう」
「じゃあ、気をつけてな」
老人が手綱を軽く振り、馬を進め出し、俺とリンドは手を振って見送った。
「そういうわけだから注意していこう」
「はい」
旅慣れているのだろう。リンドは臆する様子もなく、真剣な眼で返事をした。
シェルダが何かを考えているのに気付いたノルが声をかけた。
「どうかしましたか?」
少し考えてシェルダがそれに答える。
「妙だな」
「何がだ?」
「駐屯部隊だ。この付近の駐屯地には、大隊が詰めていて、王都へ人を駆り出される時でも、周辺のモンスター対応の人員は残すはずなんだ」
「さっきの爺さんも珍しいって言ってたな」
「何か王都であっているのか……」
シェルダが思案している。
「まぁ、ここで考えても仕方ありませんから、今は先を急ぎましょう」
ノルがそう言うと、シェルダは「そうだな」と答えて足早に歩き始めた。
……
街をさらに抜けて旅は続く。街道は緩やかな山の裾や川のほとりに沿いながら続いている。
膝丈の草が広がる草原に差し掛かった。風に乗って草の香りが運ばれてくる。
遠くに見える山の稜線に夕闇が迫っている。
「もうすぐ街が見えるはずだ。今日はそこまでだな」
シェルダが道を先を指さした。
ノルとリンドもシェルダの指した先を見ている。
その時、俺は背後に気配を感じた。
レベルが上がるごとに俺の感知スキルはその範囲と精度を上げてきた。ノルもシェルダも気付かぬ程の長距離。確かに近づいてくる敵意がある。
「リンド。身を低くして草の中へ。上空に注意して身を守れ」
短く、慌てさせないように指示を出す。
それを受けて、ノルとシェルダもそれぞれ得物に手をかける。
「ノルは弓を。シェルダはリンドから離れないでくれ」
「ワイバーン……ですね」
ノルは自身の収納空間から弓矢を取りだす。
「ああ、間もなく見える」
日の沈みかけた空に黒い点が現れたかと視認した瞬間、甲高い鳴き声とともにワイバーンが滑空してきた。まずは突っ立っている俺の頭を掠めるように爪で襲い、そのまま上空へと逃げ去る。
ワイバーンの厄介なところだ。飛び道具を持たない俺にはかわした後、上空で態勢を整えているところを狙うやり方ができない。
俺一人であれば跳び上がったところを狙ってくるのを迎撃するところだが、地上にいるリンド達に狙いをつけかねない。
上空を回りながら耳障りな鳴き声を上げるワイバーンの群れ。
「さて、どう片付けるか……」
棒を構えながら俺は呟いた。




