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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第2章

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第23話「森を抜けて」

 旅は好きだ。


 木々の合間から陽射しが漏れる。その中をシェルダさん、ユキオさん、わたし、その後ろを見守るようにノルさんが続く。


 母様との暮らしの半分以上は旅の空の下にいたと思う。


 母様は人の営みを見るのが楽しみなのだと言っていたけど、わたしのためでもあったんじゃないかと、今はそう思う。


 砂漠のオアシスにある街、雪深い山麓の小さな村、鉱山に作られたドワーフの自治領、わたしが拾われた土地にほど近い東方の国。一つとして同じ場所はなく、同じ人もいなかった。


 今回の旅路でユキオさんとその話になったことがある。


「龍と旅するっていうのは、どうやって移動してたんだ? 目立たない?」


「母様が背中に乗せてくれてました。人気のないところで降りたら母様がひとの姿になって、わたしにもその土地の人のように見える術をかけてくれていました」


「龍の背に乗って空の旅か……一回でいいからやってみたいな……」


 ユキオさんは憧れの表情だったけど、わたしが好きだったのは、降りてからの道行きだった。


 母様と話しながら、街道を行き、時には荷車に便乗させてもらいながら、目的の街まで進む。それがわたしにとっての旅だった。その中で、良いひとにも、悪いひとにも会った。素敵な景色にも、理不尽な現実にも出くわした。


 ある時、母様がわたしに話してくれたことが忘れられない。


 夕焼けに染まる草原を、段々と温もりを失いゆく風とともに歩いていたときだった。


「ヒトというのは、関わり、集まって生きている。わたしからすると不思議なほどにね。でも長く長く生きていると、ヒトというのはそうしたものなのだとも思った。集まり、関わることで、ヒトは短い生の中で文化を形づくり、繋いでゆき、愛し、戦い、わたしのようなものには生むことのできない流れを生む」


 その時のわたしには、よくわからなかった。


「ああ、少し難しい話をしてしまったね。要は、ヒトはヒトと生きてこそのヒトだということさ。それこそが、私が愛しく思うヒトの姿だよ」


 そのときは、余計にわからなくなって、ただ黙って母様の穏やかに微笑む横顔を眺めていた。


 母様から、告げられた別れを経て、今ユキオさん達と旅をしている。


 母様ではない人達と、初めて経験することを積み重ねながら過ごしている。


 笑ってしまうような会話、向けられた興味と称賛、ノルさんのテントに間借りして寝るとき、ノルさんから感じるほのかな森や花の香り。


 これまで経験したことのないヒトとの関わりで、あの時母様が言っていたことがわかるようになるのかもしれない……。


 わたしは、木漏れ日に満たされた森の中を進むユキオさんの背中を見ながら、そんなことを思っている。


 ◆


 森を進む。苔むした岩々の間を根が張り出している。時折聞こえる小鳥の囀りに混ざって、どこかで沢の流れる音も聞こえる。


 元の世界ではおとずれるようなことはなかった、原生林だ。木々の青さを含んだようなしっとりとした空気が肺を満たす。


 先頭のシェルダが立ち止まって、先を見据えた。


「どうした?」


「この先から、街道に出られるようだ」


 シェルダは懐から地図を出して広げた。横から俺とノル、興味深げにリンドもその地図を覗き込む。


「こら、見にくいだろ」


 シェルダが俺たちを払いのける仕草をするのを見て、リンドが笑った。


「まったく……仕方ないな」


 シェルダは、地面に地図を広げた。


「今我々はこのあたりのはずだ。先にあるのが、この街道。この先は街道を進む」


 指差しながら、シェルダが説明する。


「ふむふむ」


「人の目が増えるから、ここからはわたしは顔を隠す。行き先は指示するからお前が先導して表に立て」


 シェルダが襟巻きを引き上げて口元を覆う。


「わかった」


「何か聞かれたら、出稼ぎの冒険者で通せ」


「リンドのことはどうしますか?」


 ノルが地図から顔を上げて聞いた。


 確かにリンドは冒険者を騙るには、幼すぎる。


「……そうだな。じゃあ、リンドの親類からの依頼で、街まで送り届けている最中っていうのはどうだ?」


 俺の提案にシェルダが同意する。


「それでいい、魔族の都にも数は少ないが人間の職人もいるからな」


「じゃあそれで行こう」


 ノルとリンドも頷いた。


「ミディガルの都まで、あとどれくらいかかりますか?」


「街道をあと5日も行けば着くだろう。乗り合い馬車に乗れば早いが、人目は避けたいからな」


「歩きが続きますけど、リンドは大丈夫ですか?」


 ノルがリンドを見遣る。


「はい、大丈夫です」


 リンドは笑顔だ。


 方針が決まったところで、シェルダが三人の顔を見回す。


「一応言っておく。ミディガルの現在の状況だ」


 少し声のトーンを落としている。


「現在の魔王は、ユルディマ・ノクティス様という。まだ若く、魔王としての資質はともかく、政治的には弱い立場にある」


 王と言っても、実権は別ということか。


「政務の大半は、宰相のドルティ様が取り仕切っている。先々代から王に仕えていて……有能だ」


 どこか含みを感じる。


「本来、魔族は王が実権を握るのが常だが、先代の急逝により、まだ若いユルディマ様が後継となった。その際、諸侯からの推挙で信頼の篤い彼が宰相となった」


「うーん、権力闘争では、あまり役立てそうにないな」


 俺がそういうと、シェルダは頭を振った。


「いや、誤解してほしくないんだが、ドルティ様が悪いというわけじゃない」


 少し間を置いてシェルダは言葉を続ける。


「考えかたが少し違うだけだ」


「事情はあるようだけど、ここで全部公開ってわけにもいかないんだろ?」


「ああ。後のことは、王に会ってからだ」


 何にせよ行ってみないとわからない。


「まぁ、そんな状況だ。私の動きはドルティ様の支持者からすれば不穏な行動と見做されかねない。だから、王都までの道のりは、特に注意してもらいたい」


「わかった」


「途中には街がある。宿に泊まらないのも不自然だから、皆は使ってもらって構わない。私は迂回して街を出た所で合流する」


「協力者とかはいないのか?」


「最初の街で知らせを送るつもりだ。王都に入ってからは、そいつの手引きで王の元へいく」


 段取りはシェルダに任せるしかない。俺としては、ノルとリンドに危害が及ぶことがないようにするだけだ。


「まぁ、何にせよ、いよいよ魔族領だ。街の見学もできそうだし、移住先の検討にはもってこいだな」


 呆れた顔のシェルダに気づかないふりをして立ちあがる。


「さて、行くか」


 森の先の街道、さらにその先の魔族の街を想像する。どのような景色が待っているのか……。


 楽しみに上がる口角を隠しきれず、俺は一足先に足を踏み出した。

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