第21話「森の教えと燐光の少女」
龍との別れから丸二日、山を下るにつれて徐々に緑は増えて、今は針葉樹の中の林道を差し込む陽の光を見ながら歩いている。
エルフの私にはやはり森の空気が一番落ち着く。
先頭にフードを目深に被ったシェルダが進み、その後ろをユキオさんと、リンドが続く。
意外だったけど、ユキオさんはリンドにどう接したら良いのかわからず、少し手探りな様子だ。
時折沈黙に耐えきれず、シェルダやわたしに話を振ってくる。魔族の文化や他の種族のこと。
リンドはわたし達の話を聞きながら、補足したり、解説したりと、話す度に頭の良い娘だと感心する。
この十年間、龍と世界を巡りながら暮らしていたようで、わたしやシェルダよりも広い世界を経験していたようだ。それを言うと、
「でも、本で読んだだけの知識も多いので……」
と、謙遜する。
「本にも間違いがあったり、時代とともに世界の方が変わったりして合わなくなることはあるけど、リンドはその場所に行った経験があるから、本の知識がちゃんとリンドの中で生きてるんだよ。だからもっと自信を持っていい」
と、ユキオさん。
リンドは照れたのか耳を少し赤くしている。
私はというと、ユキオさんもまともなことが言えるんだな、と変な所に少し感心してしまった。
「お前もたまにはまともなことを言うじゃないか」
と、シェルダが言い、わたしと同じことを思ったのかと少しおかしくなった。
「俺、そんな変なことばっかり言ってるか?」
ユキオさんは反論するが、シェルダが実例を挙げて、さらに反論する。
そのやり取りを聞いてリンドの肩が小さく揺れている。
リンドは時折、山の方角を見あげて寂しそうな目をしているけれど、今のところ旅路は順調に進んでいる。
──
「今日はこのあたりで野営するぞ」
先頭のシェルダが少し開けた土地でそう言った。
まだ日は高い。
「随分早いな」
ユキオさんが、収納空間を開きながら言う。
「まぁな、森の中だし、あまり暗い中を進みたくない」
シェルダはそう言っているが、リンドのことを思ってのことだろう。この二日間わたし達のペースに着いてきている。けして口には出さないが、疲労は溜まっているはずだ。
野営の準備を進める中、リンドは
「火口になるものを探してきます」
と言って、森の中へ入っていった。
「あまり遠くに行かないでくださいね」
周辺に不穏な気配はなさそうだけど、念のため、森の奥に向かう背中に声をかけた。
しばらくして、
「あれ、リンドは?」
薪を組み終えたユキオさんが言った。
そういえばまだ戻らない。森に意識を向けると、そう離れてないところに気配は感じる。
「ちょっと見てきますね」
リンドの元へ向かうと、彼女は木の根元にしゃがみ込んでいる。
「どうしました?」
「あ、ノルさん……」
リンドの足元には、樹上の巣穴から落ちたと思われる鳥の雛がおり、小さな声で囀っていた。厚い落ち葉のクッションに着地したのか、怪我をしている様子はないが、自力で戻ることはできないだろう。
「ヒメリアの雛ですね。巣穴から落ちてしまったんですね」
並んで膝をつく。
「はい……。戻してあげたほうがいいのか考えてしまって……」
リンドは言葉を続ける。
「以前本で、野生の雛に人間の臭いがつくと、親兄弟から嫌われることがあると読んだことがあって、私が戻してしまってよいのか迷ってました……」
どうすればよいのか考えあぐねていても、放ってはおけなかったのだろう。
「エルフは──自然の営みを最優先に考えます」
リンドの目を見る。
「森には、鳥もいれば、それを食べる別の動物もいます。一時の感情で自然の営みに手を加えれば、別のものに影響を及ぼすかもしれない。エルフはそう考えます。癖みたいなものですね。──例えば、この落ちた雛を助ければ、飢えた山猫の子どもが得るはずだった餌を奪うことになるかもしれません。また、ある鳥の雛は自身が十分に餌を得て生き残るために、別の雛を巣から落とすこともあります。残酷ですが、それもまた自然の姿です」
リンドは雛を見つめながら、唇をきっと引き締めた。
「ただ──それはエルフの、エルフの森での考え方です」
リンドが少し意外そうにこちらを見る。
「ここは、エルフの森でなく、あなたはエルフではありません。ですから、あなたは、あなたが良いと思うことをしていいと思います。考えた上で、そうしたいと思うことをしていいと、わたしは思いますよ」リンドは少し目を伏せて考えている。
「あなたは、どうしたいですか?」
ちょっとだけ逡巡したあと、彼女は答えを出した。
「助けたいです。わたしのわがままかもしれないけど、見殺しには……したくないです」
「それでいいと思います」
わたしが顔を見て頷くと、彼女ははにかむように微笑んだ。
「では、どうやって巣穴に返すか考えましょう」
「なるべく、触れないように……巣穴の雛も驚かさないようにしないと……」
「そうですね」
考えるのを待つ。
「あの、わたし一つだけ魔法使えるんです」
リンドが言った。
「それで戻してみていいですか?」
どのような魔法を使うのかはわからないが、フォローはできるだろう。
「ええ、良いですよ」
わたしがそう言うと、彼女は空気をそっと捕らえるように手を体の前で合わせた。すると、指の隙間から龍の住処で見たものと同じ青白く淡い光が漏れ出した。
「これは……」
「母様の真似がしたくて色々調べて試しているうちに少し似たことができるようになりました」
「母様みたいにはできないですけど」
と言い添えて苦笑いする。
掌を開くとゆっくりと燐光は小さな粒となって動き出し、優しく雛を下から支えた。
燐光は穏やかに、光りながら上に向かって流れるように雛の体を優しく持ち上げる。
わたしは、フォローも忘れてその美しい光景を眺めていた。
そして、雛を巣穴に戻すと、燐光は彼女の体を取り巻くように流れてから、ふっと消えた。
わたしが口を開きかけると同時に、ユキオさんの驚く声がした。
「すごいな。今のなに?」
シェルダと二人驚いた顔をしながら近付いてくる。
「母様の真似で……」
「物を動かしたりできるのか……質量があるようには見えなかったが、あれは魔力を変換させてるのか?」
シェルダも興味深げだ。もう、二人とも……。
「まぁまぁ、せっかく雛を巣穴に戻したのにここで騒いだら台無しです。話はあとにして戻りましょう」
話を聞きたそうな二人を制して、野営地へ戻る。
「リンド、あの雛がどうなるかはわかりません。けれど、きっと良い結果に繋がったと、わたしは思います」
リンドは少し微笑んでから、何かを確かめるように頷いた。
夕陽が木々の合間から差し込む森を二人、並んで歩いた。




