第1話「行ってみようか、エルフの里」
街を出てから半日、西の空には白い雲。
吹き渡る風が草原を波打たせている。
そんな絶好の昼寝日和に、俺はなぜかレッドドラゴン討伐に向かっている。
──帰ったらちゃんと引退するって言おう。
思いを新たに、歩み続けたところで、目的地の砦が見えてきた。石造の建物。風雪に耐えてきたのだろうか、所々がボロボロになっている。
「あそこか──」
少し離れたところで砦を確認していると、内部から閃光が走り、甲高い鳴き声とともに、巨大な赤い影が飛び去った。
今のは閃光の魔法だろう。直視すれば完全に視界を失う有用な魔法だ。先客がいたのか。
状況を確認するために、奥に進んでいく。中央の広場で剣を構えて警戒している人影が見えた。
エルフだろうか。細身で長い耳。光沢のある銀髪が風に靡いている。
俺が手を上げて近づくと、彼女は剣先を下げつつ、こちらに向き直り、青みがかった水晶のような瞳で俺を見た。
「誰ですか?」
澄んだ声。年は、人間の年齢で言えば十五歳ぐらいだろうか。エルフは総じて整った顔をしているが、その中でも気品をうかがわせる端正な顔立ちに、思わず目を逸らす。
そんな挙動不審な俺にも、あからさまに敵対しないよう剣先を下げつつ、距離は保ち続けて警戒は怠らない。なかなかの使い手のようだ。
「俺はゴディのギルド所属のユキオ。レッドドラゴン討伐の依頼で来たんだ」
「一人で……ですか?」
エルフの少女は目を見開いていた。その碧眼に宿るのは、純粋な驚きだ。
「ああ、まぁ群れだと面倒だけど……一体だけだったよね」
俺は軽く肩をすくめてみせる。
「君は?」
「私はエルフのノルです。この砦の様子を見にきたんです。里長が、この地域の安全を気にかけてるので……」
「なるほど」
エルフの里はこの砦から更に西の大森林の更に奥地にあると聞いたことがある。エルフは大森林を管理しているらしいから、付近のモンスターの動向が気になるのだろう。
「先ほど、ここでレッドドラゴンと遭遇しました。とっさに魔法で目眩ましをしたら、ひとまず去りましたが、すぐに戻るでしょう……」
ノルは心配そうに空を見渡した。
「そっか。じゃあ俺が片付けるよ。ここは下がっててくれたら助かる」
顎の無精ひげを擦りながらそう伝えると、長いまつ毛を瞬かせつつ俺を見る。
「一人でやるつもりですか? 一体でしたが、並のドラゴンではありませんでした。ともすれば軍が対処しなければならないほどの……」
「まぁ、何とかなると思うよ。さぁ隠れて隠れて」
俺の勢いに負けたのか、ノルは建物の陰に下がる。
「危険と見たら、わたしも戦います」
「ああ、そのときは頼むよ」
そう言いながら、空へ目を向けた。
その時だ。
木々のざわめきと共に空気が震え、上空から深紅の巨体が俺をめがけて突進してきた。
──デカいな。
爪をかわしながらその姿を見ると、通常の個体よりも大きく、分厚い身体の表面には古傷が刻まれており、左目には一際大きな傷がついている。
確かにこれまで相手にしてきた個体と一線を画した圧を全身から発している。
砂煙を上げながら反転して地面に着地すると、翼を広げて雄叫びをあげる。
不意打ちをかわした俺を警戒しているのか、レッドドラゴンはゆっくりと歩を進めながら、ガチガチと口を鳴らして口元に火花を飛ばしている。
レッドドラゴン特有のブレスの準備だが、通常と違い、口内に魔力の高まりを感じる。
──単なるブレスじゃなさそうだ。
悠長に構えている俺を心配そうに見ているであろうノルの視線を感じる。
俺は収納空間へ手を伸ばし、得物の『ちょうどいい棒』を取り出した。
灼熱のブレスが放たれ、それまで俺が立っていた場所を赤黄色く染め上げる。床に敷き詰められた石が黄色くどろりと溶け、熱波が飛び下がる俺の顔を打つ。石畳を溶かすほどのブレスは流石に見たことがない。
ドラゴンは再びブレスを溜めようと息を吸い込んでいる。また吐かせると面倒だ。
俺は一気に距離を詰めた。
ドラゴンの巨大な爪が振り下ろされるのを、体を捻って棒で弾く。
爪と比べて遥かに細いはずの棒に当たった衝撃とは思えなかったのだろう。ドラゴンが怯む。
すかさず振りかぶり、ドラゴンの胸元目がけて棒を叩き込む。
どんっ、という鈍い音が周囲の空気を震わせ、その衝撃を物語る。
後ずさったドラゴンを追い詰めるために前に踏み込む。
瞬間、ドラゴンの牙の隙間から魔力と火炎袋からのガスが混ざった高温の炎が溢れ出した。
こちらへ向けてそれを発する直前、動き出しを捉える。飛び込みながらの蹴り上げがドラゴンの顎をかち上げた。
ドラゴンは炎混じりの悲鳴を上げながらたたらを踏み、上空へ逃げようと羽ばたきとともに地面を蹴った。
「よっ」
地面を蹴って跳び上がり、ドラゴンの頭を踏みつけて更にその上へ、眼下に見えるノルの唖然とした顔が目に入る。
俺の踏みつけを食らったドラゴンは、脳を揺らされゆっくりと高度を下げる。
棒に魔力を込めて、溢れた魔力で棒を中心に刃を形成する。魔力の通りも抜群で、こういう芸当もできるのが、俺の相『棒』だ。
「すまんね」
体重と落下速度を乗せた一閃。ドラゴンの首筋を両断した。
「ふぅ」
着地とともに、棒をしまって、動かなくなった巨体に手を合わせる。
「あ、あの……、た、倒し……ました? え? 棒で?」
「……ご覧のとおり」
見たものが信じられないのか、ドラゴンの死体と俺を交互に見ている。
「さて、と」
解体用のナイフを取り出す。
確かレッドドラゴンの喉元の鱗と魔石は高く売れたはず。
「いやー、こんなの人里に出てたら大変になるとこだったね。まあ、結果的に俺が出張って正解だったかもしれないけど、ギルド長め、ちゃんと最初っから──」
ブツブツ呟きながら、解体を始める俺をノルは呆然と見ている。
「あ、そうだ。このへん、水場とかあるかな?」
「……えっ?水場ですか?」
「そう、手とか素材とか後で洗いたいんだよね」
「このあたりには……見当たりませんでしたけど、水でしたらわたしが魔法で出せます……」
「あっ、それは助かるなぁ。前の依頼からすぐに出てきたから、補充してなくてね」
収納空間から大き目のタライを出した。
「これにお願い」
「ええっと、あの……はい」
タライに水を溜めている間もノルはまだ呆然としているようだ。
「ところでさ」
解体を続けながら声をかける。
「エルフの里ってどんなとこ?住みやすい?」
「は?」
「排他的な感じで移住者お断り〜とかだったりするのかなぁ?」
「えぇ……っとぉ?」
「っていうかさ、行ってみてもいいかな? エルフの里に」
「な、なにが目的なんですか……?」
水を溜め終わったノルは、おずおずと尋ねる。やっぱりエルフは警戒心高いのかな?
「俺、近々冒険者を引退するんだけどさ」
「へ?」
「それで、どこか住みやすい所探して、のんびりと暮らしたいんだよね……晴耕雨読っていうの? 畑耕したり、自分で調味料再現したりとか……」
唖然とするノルを尻目に引退後の穏やかな暮らしに妄想を走らせる。
「エルフの里かぁ……ツリーハウスとかやっぱりロマンあるよなぁ……。ちょっと下見みたいなことできないかなぁ……」
首なしのレッドドラゴンの横で、俺は移住先での穏やかな暮らしを計画しはじめていた。




