第15話「気がつけば次の仕事」
広場のテラスには夜風が吹き、人波と緊張で火照った頬を冷ましてくれた。
手摺にもたれていたシェルダがこちらに気付いてグラスを少し上げる。
「お疲れさん」
俺がそういうと、シェルダはグラスを煽り、残っていた葡萄酒を飲み干した。
「こっちの酒は酒精が足りないな」
空にしたグラスを逆さにして、飲み足りない様子だ。
「随分飲んでるみたいだな」
「こんなの飲んでるうちに入らん」
少し、頬が上気しているところを見ると、言葉とは裏腹に若干出来上がってきているようにも見える。
「そういうお前はどうなんだ?」
「この間、バングルの効果がなかっただろ? それと同じで、酒も状態異常扱いみたいで、酔わないんだよな」
スキルを得るまではすこぶる弱かったが、飲めるようになったと思ったら、今度は酔えないという悲劇。
「どうやら俺は酒の神様に嫌われてるみたいだ」
はっ、とシェルダは楽しげに笑った。
「お前が美味い酒まで楽しめたら、不公平だからな。いい気味だ」
「魔族はどんな酒を飲むんだ?」
そう尋ねると、シェルダは外へ目を向けた。
「そうだな……。穀物の酒だ。麦芽を使ったエールに蒸留酒……。味の濃い料理が多いから、酒精で口をさっぱり流すような酒が好まれる」
「なるほど。強い酒はドワーフが好きなイメージがあったんだけど、魔族も強い酒が好きなのか」
俺にあるのは、元の世界のファンタジーのイメージだが、こちらに来て知ったドワーフも近い感じだった。
「ドワーフは皆が皆そんな感じだろうが、魔族には飲めない者もいる。ユルも……」
シェルダは言いかけて言葉を止める。
不意にドアが開いて、ノルもテラスへと出てきた。
「姿が見えないと思ったら、こちらでしたか」
声をかけながら、シェルダにグラスを渡す。
「ん? これ水じゃないか」
シェルダが、口に含んでから不満を漏らす。
「飲みすぎです。話したくないこともあるのでしょ? 葡萄酒は老婆も舌も踊らせる──エルフの諺です」
「ふん……」
シェルダは不満げな表情のまま、水に口をつけた。
その様子を見て、ノルが俺に向き直る。
「改めて……この度はありがとうございました」
「やめてくれ。なりゆきだよ」
「いえ、例えなりゆきであっても里の危機に尽力いただいたことに変わりはありません」
それで──と、ノルは言葉を切った。
「里長が貴方に褒賞を、と考えておられます。率直に聞きます。ご希望はありますか?」
想定外の直球だ。
だが、褒賞目当てでやったわけでもないし、金銭的に困っているわけでもない。どう答えたものか。
「ちなみに、辞退するというのは……」
「ダメです」
ぴしゃり、という擬音が聞こえてきそうなほどきっぱり却下された。
「うーん」
顎に手を当てて、考えてはみるがこれと言って思い当たらない。そもそも、ここに来たのは引退した後にのんびり過ごせる土地を探しにきたんだし……。
それじゃあ──
「じゃあさ、エルフの里の居住権をくれないか?」
「それは大丈夫でしょうが……それだけですか?」
「じゃあ、家もつけてくれる? そんな大きくなくていいから」
「まぁ、それも大丈夫だと思いますけど……」
あ、あとあれは便利そうだった。
「それと、熊退治の時に使ったロープもつけて欲しいな。はい、じゃあ、それで決まり! 」
ノルはどこか納得しかねているが、話を逸らすために、シェルダに話を振る。
「それで、何かあったのか?」
「何がだ」
成り行きを見ていたシェルダが不機嫌そうな目で俺を見た。
「いや、テラスに出た時から、深刻そうな顔をしてたから」
はぁ、とシェルダが溜息をつく。
「お前と違って、私には色々考えることがあるんだ」
「乗りかかった船だ。協力するぞ?」
「魔族の問題だ」
シェルダは首を振る。
「いや、俺としては魔族領も見てみたいと思ってるんだよ。エルフの里も住みやすそうだけど、他にも見て決めたいところだからな」
「お前な。こっちはそんな呑気な状況じゃないんだぞ。ふざけるのもいい加減にしろ」
「多分本心ですよ」
ノルが諦めたように言う。
「それが腹立たしいんだ。緊張感の欠片もない。どれだけ強くても、頼りがいがないんだ。こいつには」
なんともひどい言い草だ。
「そうは言われてもなぁ。もう知らない仲じゃないからな。助けてくれと言われれば助けるさ」
シェルダがぐっと息を詰めるような表情をする。
「……じゃあ、私が魔族を助けるために一緒に戦ってくれと言ったらお前は来るのか?」
「そりゃ行くさ」
「あのな、そんなに簡単な問題じゃない。お前は強い。だが、命の危険がないとは言い切れない。そんなに簡単に決めていいことではないはずだ」
シェルダが真剣な目で言い返す。
「簡単だろうがなんだろうが、決めなきゃ何も始まらないだろ。役立つかどうかはやってみないとわからないけど、猫の手よりはマシだろ?」
俺がそう答えるとシェルダは大きな溜息をついて、しゃがみ込んだ。ノルは「猫?」と首を傾げている。
「……」
シェルダは黙って下を向いている。
ノルがシェルダに同情するように頷いた。
「軽いんですよね……。悩んでいた自分がバカらしくなるくらいに」
何だか釈然としない。
◆
宴席から3日後、ノルに呼び出された。
「何の用事?」
「シェルダの処遇についてです。里長の他、長老会のメンバーで決定するので、参考人として同席願います」
ああ、いよいよなのか。少し気を引き締めながら、ノルの後に続く。
執務室に入ると四人の年老いたエルフとエルド老、中央の椅子にシェルダが座っていた。
「そちらへどうぞ」
示された椅子にかける。静粛な時が流れ、里長が奥から歩み出て奥の椅子にかけた。
エルド老が立ち上がり、手元の書類を読み上げる。
「魔族シェルダ。かの者はエルフの森へ侵入し、ミーファの子、ノルを襲撃。客人ユキオの機転により未遂に終わる。目的は結界の調査と供述しているが、その調査の理由については黙秘。ガルフェルド討伐においては、その知見を持って結界の改良に協力し、その功、大なれども前述の侵入及び襲撃について、ここに裁可を行うものである」
そこまで一気に読み上げて、シェルダへと向き直る。
「何か訂正することはあるか?」
「ない」
シェルダは毅然として答える。
「では、評定を行う」
長老の一人が手で合図を送る。長く豊かに蓄えられた眉毛が目元を覆っており表情はうかがい知れない。
「魔族が現在、他種族に対して強引に併合を進めていることは、難民として里で受け入れている者達から聞いておる。汝はその尖兵であると見るのが自然だが、どうかね?」
シェルダが一息ついてから答える。
「そう思われても仕方ない状況ではある」
含みのある言い方だが、直接的に尖兵として来ているわけではない、と捉えることのできる言い方だ。
小柄な別の長老が口を開く。
「結界の調査のため、とのことだが、その理由はやはり話してはくれんかね?」
「ここで私の口から言うことはできない」
俺には、魔族の今後のため、瘴気を制御している(と思われていた)結界が役に立たないか探るためだと語ったが、これまでの尋問では語っていないらしい。語れない理由があるのだろう。
他言無用と言われている以上、俺には何も言う事はできない。
また、別の長老が問う。
「そもそも、魔族が他種族への併合を進めるのは何故かね?」
なるほど、魔族の他種族併合の動線の先にエルフの里が入っているのか、それが分かれば、結界の調査の目的についても推測できるということだろう。
裏を返せば、エルフ達も現在の魔族の行動の理由が把握できていないということにもなる。
「それも、ここで私の口からは答えることができない」
シェルダはそれについても、明確な返答をしない。
焦れた年若の長老が語気を強めて言う。
「他種族の資源を狙っているのではないのかね?」
それについては、シェルダは黙して答えない。
その後もいくつか、長老達が質問をし、シェルダはその都度言葉を選びながら、回答し、時には黙秘した。
質問が出尽くしたあたりで、それまでシェルダをじっと見ていた里長が口を開く。
「あなたには、答えられない。答える権限がないということですね」
シェルダはまっすぐに里長を見て、
「そう思ってもらって差し支えない」
と、答えた。里長はその言葉を聞いて何事か思案を巡らせた。
「わかりました……裁可を行います」
その言葉で室内に緊張が走る。
「魔族シェルダは放免とします」
里長がそう言うと、長老達は低く声を漏らした。「流石にそれは……」と呟く声が聞こえる。
「静粛に」
里長の言葉で、執務室が再度静寂に包まれる。
「ユキオさん」
突然名前を呼ばれたことに驚いて、すぐには声が出ない。
「……はい」
「私は、シェルダさんの調査の理由は不明とはいえ、襲撃未遂の罪と、里の防衛に対する功労を相殺すれば放免が妥当かと考えましたが、皆は納得しかねるようです。貴方はどう思われますか?」
何で俺に?横目でノルを見ると驚きよりも、心配が見てとれる。
「ええと……、少し考えても?」
「ええ、勿論」
里長は微笑を浮かべているが、長老達の顔には困惑と、疑念が浮かんでいる。
そもそも、俺は功労者とはいえ不審者の一人だ。俺については、目的不明で里に押しかけた得体のしれない人間で、今裁かれようとしているシェルダは目的不明だが魔族。
出自がわかってるだけ、シェルダの方がまだ理解しやすいだろうに、長老達がシェルダの方を不信に思うのはそもそも魔族が何を目的に侵攻してるのか、わからないのが原因なのだろう。
……
ああ、そうか。わからないからいけないのだ。
「ここでは、言えない。シェルダは言えない、ということであれば……いっそ本国で別の方に聞いてみては?」
一瞬、間が開く。
「ええと……そうだ、特使。特使を派遣してはどうでしょう」
魔族やシェルダがはっきり答えないことで、疑念を抱いているなら、いっそ正式に聞いてしまえばいい。
「なるほど」
里長が頷いた。おそらく、俺は里長が欲しかった言葉を出せたようだ。
「そもそも、我々は魔族が他種族併合を進めていることを知りながら、その目的を知りません。これは由々しき事態です。推測のみで動けば必ず過ちが待っているのですから」
里長は言葉を続ける。
「しかしながら、私たちの手元にはその真意を問うにあたり、有用な方がいます」
微笑を浮かべてシェルダを見る。
「道案内、特使派遣の調整、これはエルフの里と魔族の外交問題です。困難な仕置となりますが頼めますね?」
シェルダは、ほんの少しだけ頬を緩めた後、立ち上がり、拳を胸に当てて返答した。
「不肖、シェルダ・イングウェル。魔王直属第一近衛師団団長の職名において、ご用命に尽力いたします」
シェルダの返答に長老達が愕然とする。
よくわからないが、シェルダが役職持ちの偉い立場なのはわかった。ノルはと言うと、落ち着いて見える。里長と仕組んでいたのか、シェルダの身分に当たりをつけていたのか、俺には知れない。
「では、特使の人選についてもここで裁可いたします。魔族領への旅路は長く、魔族の真意も見えない以上、不測の事態を鑑み森の外の活動に長けた者であり、使者であるシェルダさんとの連携が取れる者に任せます。ミーファの子、ノル。頼めますね」
「はい」
ノルが立ち上がり、掌を胸に当てる。落ち着き払っている。
「次に、客人ユキオさん。貴方には先のガルフェルド討伐の褒賞として、里の居住権と住居を与えます」
なぜこのタイミングで?よくわからないまま「はぁ」と返事をする。
「しかし、もう一つ貴方が要望したロープ」
ん……?
「あれは『エルフの髪綱』といい、魔導鋼線と乙女の髪を編み込んだ、本来エルフ喰らいの狩りに赴く勇者に対して、無事の帰還と狩りの成功を祈って持たせる特別なもの……。それをおいそれと差し上げるわけには参りません」
まさか……。
「従って、我が里の特使派遣の護衛任務を受けていただけるのならば……特別に差し上げましょう」
出来すぎだ。もはや笑うしかないほど、里長とノルに転がされた。
「危険な任務になりますが……どうされますか?」
里長がにっこりと笑って問いかける。なんとなく茶目っ気を感じる表情だ。
まぁ、答えは決まってる。
「お受けいたします」
ノルの真似をして、掌を胸に当ててお辞儀をした。
呆気にとられた長老たちを尻目に里長が満足げに頷き、護衛任務を兼ねた次の候補地探しが決まった。
次の目的地は魔族領。
どんなところなのか──シェルダから聞いたことを反芻しながら、俺は旅立ちの高揚に、胸を弾ませていた。




