第11話「執務室の戦い」
「シェルダさん。瘴気の分散処理の術式はこれでよいでしょうか」
里長であるミエラが、目下敵対中の魔族である私と顔を突き合わせるようにして、結界の再構築に挑んでいる。緊急事態とはいえ妙な事になったものだ。
「ああ、さっき追加した術式で、瘴気の流出量の指定をしておかないと、偏りが生じるし、逆流の恐れもある」
空に浮かぶ結界の該当箇所を指さしながら、簡単に補足をする。
執務室はしきりに出入りする伝令と、地図を広げて指示を飛ばすノル達の声で緊迫した雰囲気に包まれている。
「予定地の確保完了!」
執務室に飛び込んできた伝令が一際大きな声で叫び、それに合わせてノルがガルフェルドと戦っているであろうユキオに交信を繋いでいる。
「予定地の広場に『場』を設定する術式はこれだ。本来なら一度入ったら出られないようにしたいがそのためには、広場自体に手を加えないとならない。とても間に合わない」
紙に術式の構造を書き出す。
「それは、あの方──ユキオさんに任せましょう」
他の術士に、紙を見せて術式の構築の指示を出しながら、里長は自身の結界に初めて見るであろう術式を容易に書き込んでいく。
当代一の術士という肩書に、偽りはないようだ。
「魔族の方の知見……研究には頭が下がります」
里長が術式を操作しながらこちらを見ずに言った。
「エルフは口伝が多く、過去の情報が失われている物も多い……。同じ長命種なのにこうも違うのですね」
「……魔族は長命種だが、瘴気の多い土地柄、事故も多い。生きてるうちに残しておかねばならないと考えるのだろうな」
「魔族から見ればエルフは呑気に生きているように見えるでしょうね」
少し自嘲気味にそう言った。
「どうかな。エルフから見れば魔族は焦って生き急いでいるように見えるだろうさ」
個人の感情や理由はどうあれ、今現在、魔族は他種族に対して併合の圧力を強めている。
しかし、ユキオという嵐に巻き込まれ、半ばなりゆきでこうなってしまった。
種族間の争いなど、あの人間にはお構いなしなのだ。目の前に危険があって、それを解決し得る私がいたから手伝って欲しいと言った。
ただそれだけだ。
ノルが地図を持ってこちらへ来た。
「兵の配置箇所です。森の開けた土地に12箇所、それぞれ小隊単位で向かわせてます」
「どのくらいかかりますか?」
里長が尋ねる。
「既に出立していますので、10分もあれば配置につけるかと、到着次第、狼煙と通信魔法の合図を行うよう指示しています」
「わかりました。シェルダさん、座標の指定方法について、彼らに指示を」
補助の術士達を示す。
「私が指示して良いのか?」
「本当に理性的な方ですね、貴女は。こんな状況です。構いません」
「わかった」
手短に瘴気排出の座標指定の方法を紙に書き入れる。
「ガルフェルドはどうなってますか?」
「ユキオさんが誘導を開始しています。建物に被害はあるようですが、誘い込みは順調のようです」
「あいつが倒してしまわないように、もう一回言っといた方がいいぞ。思ってたより弱かった、とかふざけた事をいいかねん」
紙に書き込みながらノルに向けて言う。
「私もちょっと心配してます」
ノルがそう言うと、
『おーい、聞こえてるぞー』
と、ユキオの声が頭の中に響いた。
緊迫感の感じられない調子に気が抜ける。
『作戦の考案者は俺なんだから、そんなヘマするわけないだろ』
「軽口もおちおち叩けないな」
「まったくです」
ノルと二人肩をすくめる。その様子を里長が微笑を浮かべて横目で見ていた。
「いずれにせよ、今の状態でそいつを倒すと瘴気で里が森ごと汚染されてしまう。くれぐれもこちらが合図するまで倒すなよ」
『だから、わかってるって』
あいつが大変な役割を負っていることはわかっているのだが、この調子だから、心配する気も失せようというものだ。
「さぁ、急ぎましょう。それと、ノル。貴女には準備してきていただきたい物があります」
里長の言葉に、私は再度、紙に視線を落とし、作業に戻る。
里長の別命を受けたノルが執務室を飛び出し、足音が遠ざかっていった。
「何か秘策でもあるのか?」
「秘策というほどのことはありませんが……きっとユキオさんの役には立つはずです」
里長はノルの向かった方向を見やった。




