第12話「サルド隊長は見た」
森に生きるエルフが森で唯一警戒する天敵、エルフ喰らい。
その中でも、特別に危険な存在であるガルフェルドが結界を破壊する様子を構えた弓矢越しに見ていた。
過去一度だけ、こいつを遠目に見たことがあった。
森の巡視の際、エルフ喰らいの気配を感じて近づいた。通常の個体よりも二回りは大きい身体に赤黒い毛並。その威容にそれ以上近づくことは叶わなかった。
何があったのか、その時見た時より更に大きい身体、正気を感じさせない狂気に満ちた目。瘴気を撒き散らしながら結界に食らいつく姿に、意図せず弓を構える手が震えた。
結界の破損後、我々が一斉に放った矢は固い毛に阻まれ、その身を傷つけるに至らない。
絶望するには充分すぎる状況。それでも、と気持ちを奮い立たせるように部下へ檄を飛ばす。
そこへ現れたのは、一人の人間だった。黒髪の短髪。簡素なプレートを胸部につけた軽装。腰には短剣を差しているが、それ以外の武器は見当たらない。
一体何をするつもりか。
部下の一人が下がるように声をかけるが一向に構わず、ガルフェルドの前に立つ。
収納空間魔法か、虚空から棒を取り出して構えると、我々の部隊を蹴散らしながら悠々と歩を進めていたガルフェルドが、その男の前で止まった。
そして、信じられないものを見た。
否、見えなかった。ガルフェルドがその男を殴りつけるように見えた次の瞬間、鈍い音が響き、ガルフェルドの咆哮が響いた。
その後も、触れれば千切れるであろうガルフェルドの爪を巧みにかわしながら、男は打撃を加える。
私をはじめ、皆言葉を失っていた。
気を取りなおして、弓矢を再度射掛けたところで、伝令が息を切らして訪れた。
「サルド隊長はおられるか!」
「私はここだ。どうした?」
「里長より指令です。貴部隊はガルフェルドへの交戦を黒髪の人間に任せて、北西の円形広場までの経路を確保の上、ガルフェルドの誘導に助力せよとのことです」
「奴を彼一人にまかせろというのか!? そんなこと……!」
そこまで言って、無謀ではないのかも知れぬと思い直す。
少なくとも我々が命を賭したとしても、ここでガルフェルドを倒すにはいたらないだろうが、あの男はまだ余力を残しているように見える。
副官に声をかけ、部隊員を集める。
「負傷者は、中央執務舎へ連れて行け。動ける者は円形広場までの経路確保を行う。詳細は分からんが里長の指示だ。必ず意味がある」
「誘導はあの御仁が行う。各辻には必ず1名待機、誘導する方向を示せ。道を限定するために障害物を配置して構わん。わかったな! 行け」
部下たちが動き始めたのを確認して、男へ声をかける。耳を傾ける余裕があればよいが。
「広場までの経路、辻ごとに部下を配置した! 方向はそれに従ってくれ!」
近づくことは叶わない。近づけば爪の嵐に巻き込まれかねない。
「わかった! 助かる!」
男はこちらを見ずに、攻撃の合間に短く返事をする。
一体何者だろうか。里長の特命を受けた才媛、ノル嬢が人間と魔族を連行してきたとの話は聞いているがそれがあの人間なのか……。
いや、今はやれることをやるだけだ。円形広場を目指して駆け出した。
◆
「ご苦労さん、やっと目的地に到着だ」
里の北西、円形広場にガルフェルドを誘導することに成功した。
土地勘の無い俺のために、エルフの兵が建物の屋根から方向を指示し、路地に入り込まないよう、障害物も設置してあった。
あの短い時間でよくこちらの意図を組んでくれたと思う。今も広場に至る道々を獲物が逃げないよう、塞ぐ作業を続けている。
開けた視界に警戒したガルフェルドがキョロキョロと見渡したその瞬間を狙って踏み込み、その鼻っ柱を棒で軽くはたくように、衝撃が表面に響くように打つ。
熊のような風体だ。感覚器官の中でも鋭敏な鼻は弱点の一つだろう。前脚で顔を拭うようにしながら、後退りし、唸り声を上げた。
「どこ見てるんだ? 俺はこっちだぞ」
コンコンと、地面を棒で叩く。
ガルフェルドは牙をむき出しにして頭を低くし、ジリジリと間合いを詰める。
円形の広場の中央で対峙する。
張り詰めた空気の中、ガルフェルドが動き出すその瞬間を待つ。
ピクリと棒の先を踊らせる。
その瞬間、ガルフェルドが低い姿勢のままこちらへ突進する。予備動作もなく一気に最高速。赤黒い砲弾が飛び上がった俺の真下を轟音とともに過ぎ去った。
ガルフェルドの移動先から目を切らさず、着地する。
その瞬間、ガルフェルドの追撃が迫る。
左の横薙ぎが頭上を掠める。右前脚の踏みつけを飛び下がってかわした所に巨大な口が迫る。
それを身をよじってかわしながら頭部に一撃。腰の入った打撃じゃないが、牽制にはなる。
再度距離をとると、ガルフェルドは俺の回りをゆっくりと、距離を保ったまま回りはじめた。
「アノン、シェルダに繋いでくれ」
「わかった」
「シェルダ。そっちはどうなってる?」
『もうすぐだが、思ったより調整が難しい』
少し声色に焦りが見える。
「専門的なことはわからないから任せる。こっちはまだ大丈夫、まだ遊んでくれそうだ」
『まじめにやれ』
シェルダの呆れ顔が目に浮かぶ。
「あとどれくらいかかるか、繋いだまま教えてくれ」
『わかった』
俺の回りを回っていたガルフェルドがその円を徐々に狭める。
『あと3分だ。3分で仕上げる』
シェルダのその声と、ガルフェルドの咆哮が重なる。瘴気混じりの唾液をまき散らしながら、巨大な体を地に這うように屈める。
そして、俺の脚を狙い、踏み込みながらその巨大な口で噛みつきを繰り返す。
上に、左右にと避けるが何しろ相手がでかい。こちらも大きくかわさざるを得ない。
大型のトロルと戦った時は、動作が大きくかわしやすかったが、それでも一度はこん棒──というより木の幹か──に当たってふっ飛ばされた。
今回は、ふっ飛ばされている余裕はない。こいつは、目下邪魔な俺を見ているが、俺と距離を離せば、手堅いところから崩していく。つまり、周りのエルフ達へ向かうだろう。建物は大したバリケードにはならない。
直線的に狙ってきた噛みつきを斜め後ろにかわして、今度は腰を入れて頭部を打ち据える。
ガルフェルドがニ、三歩たたらを踏む。
次の瞬間、熊の広い視界から逃れるように後方に回り、右の後肢に更に追撃。
後肢はここだけを狙ってきた。この場で決める以上、もう容赦はいらない。
振りかぶって、力をこめる。魔力が棒に伝わり表面からにじみ出る。
ガルフェルドがこちらを捉えようとする踏み出しに合わせて、正面から関節部に叩き込む。
広場に鈍い衝突音が響く。立ち上がろうと巨体の重量を支えていた脚を打ち抜かれ、ガルフェルドはバランスを崩して、土煙を上げて突っ伏した。
周囲から声が上がる。
『あと三十秒』
シェルダの声が響く。
ガルフェルドは唸り声を上げながら、身体を起こそうとするが、脚が言うことをきかず、しきりに巨大な爪で地面を掻く。
『あと二十秒……』
ガルフェルドは頭を振って、無理やり脚を動かそうともがく。右脚から瘴気が滲み、覆っていく。
『よし、ユキオ! 結界が発動するぞ』
ガルフェルドが両前脚を広げ、立ち上がった瞬間、広場の上空に青白い光の軌跡が現れ、幾何学的な紋様を描く。
ガルフェルドが鼻をひくつかせながら、上空を仰ぎ見る。
それに合わせるように、その場の全員が空を見上げた。
ガルフェルドが地面に撒き散らしていた瘴気がゆらりと揺れたあと、上空へと吸い込まれる。
次に、ガルフェルドの脚を覆っていた瘴気が。
そして、瘴気の支えを失ったガルフェルドがバランスを崩した瞬間、全身から蒸気が立ち昇るように瘴気が上空へと吸い上げられる。
「成功だな。抜いた先は大丈夫だよな」
シェルダに問いかける。
『全箇所配置についている。そっちは任せて良いそうだ。それより、そいつも馬鹿じゃない。広場から逃がすなよ』
「わかってる」
ガルフェルドは身体を起こして身震いをすると、咆哮を上げた。
ビリビリと空気が震え、俺の体を打つ。
──手負いが一番厄介なんだ。
魔力をこれまで以上に棒に込めて、気合を入れ直した。




