第10話「大通りの戦い」
上方から前脚が振り下ろされる。人の腕ほどはあろうかという爪が並び、触れれば常人であれば、肉どころか骨ごと抉られるだろう。
瞬間、右へ半歩踏み込み、振り下ろされる爪の軌道に沿うように棒をあてがいつつ、横から力を加える。
俺の上半身を斜めに薙ぐはずだった巨大な爪は、側の地面に土煙を上げて深々と突き刺さった。
「アノン」
ガルフェルドから少しだけ距離をとり、アノンを呼ぶ。
「なに」
姿を見せないまま、アノンが返事をする。
「ノルとつなげられるか」
「わかった」
牢でノルさんが里長を連れてくるまでの間に立てた作戦の要だ。
アノンは魔力などの様々な流れを感知、追跡していた。それを利用して、お互いの声や意識をアノンが中継して伝えられないか、試してみたら完璧にこなしてくれた。
シェルダ曰く似たような魔法もあるらしいが、手間もかかるし、アノンがそれを担ってくれるのは助かる。
「ノルさん、こちらガルフェルドと接触。そっちの状況は?」
「え、あ!ユキオさん?こちらは、各地に伝令を走らせて配置の変更をしているところです!」
「予定地の状況は?」
「避難はできているはずですが、進行する経路にまだ兵がいるので、まだ誘導は不可能です!」
「了解。もう少しここで足止めする」
「お願いします……!」
ガルフェルドが上体を持ち上げて、2足で立ちあがる。目の前に突如大岩が立ちふさがったかのような錯覚に陥る。
この世界にきてからLV99になるまでに巨大なモンスターとも戦う機会が幾度もあった。
ほとんどの場合、相手の巨体を小回りで撹乱しつつ、大振りな攻撃を掻い潜って急所を突く。
今回はそのセオリーが通じない。立ち上がれば2階建ての建物ほどの身体だが、けして鈍重ではない。
頭を上げて上から広く視野を確保し、的の小さいこちらを確実に仕留められるように構えている。
俺が横に回り込もうとすれば、こいつは阻むように爪で薙ぎ払ってくるだろう。上体ごと振るうその腕は容易にこちらの体を吹き飛ばせる。
だから。
「正面だ」
態勢を低くし、正面から踏みこむ。薙ぐか、踏みつけてくるか、あるいは……。
俺の踏み込みに対して、ガルフェルドはその巨体で押し潰すことを選択した。
眼前に、赤黒い針金のような毛並が押し迫る。
得物が長物であれば、支え棒にして、相手の体重を利用するところだが、手元には生憎扱いやすさ重視の棒。
LV99まで鍛えた瞬発力だけが頼りだ。左側へ胴を抜けるように巨体をかわす。
すぐさま体を翻し、態勢を変えようとするガルフェルドの右の後肢、関節と思しき場所に棒をたたき込む。
砂を詰めた革袋を叩いたような感触の奥に、さらに硬い骨の存在を感じる。
(響いたかな?)
耳をつんざくような、唸り声を上げる。
こちらを捉えようと、体の向きを変える、その動きに合わせて、更に回り込み同じ箇所を打つ。
背面に回りこんだ自分めがけて後ろ蹴りが飛んでくる。砲弾のようなそれをかわして、距離をとる。
「今のやばかったな」
ふぅ、と息をつく。
ガルフェルドは鼻息を荒くしながら、こちらへ向き直る。毛皮と厚い脂肪で阻まれたか、まだ脚を止めさせるには至らない。
しかし、意識をこちらに向けるには充分だった。
ガルフェルドは先程のやり取りを警戒して、大振りを控えているようで、眼前に立つ俺に対して、前脚で突くように攻撃を仕掛けてくる。それをかわし、突き出された腕を弾きながら、徐々に後退する。
息を詰めるように俺とガルフェルドを見ていたエルフ達が、目が覚めたように弓矢を射掛ける。
ガルフェルドは身震いして、体に当たる矢を弾き落とし、周囲をちらりと見た。意に介する素振りもない。
現場のエルフ達に退却するよう伝えるのを忘れてた……。けど、俺が言っても言うこと聞いてくれないだろうしなぁ。
俺の逡巡を遮るように横薙ぎが迫りくる。
頭を沈めながら斜め前へ踏み出し、棒でそらしつつ脇を抜け、返す動きでこめかみに当たる部分を打つ。
ドゴッと、骨を打つ音が響き、ガルフェルドは一瞬ぐらりとする。
周囲のエルフ達から、低い声が漏れる。
そこへ「伝令!」と声を張り上げながら一人のエルフが到着した。
指揮官と思われる年配のエルフへと命令を伝えている。
「ユキオさん、里長からの伝令がそちらにも行っているはずです」
「ああ、到着してる」
俺はガルフェルドの攻撃をいなしつつ、エルフ達にガルフェルドの意識がいかないよう、眼前に立ち続ける。
そして、指示が行き渡ったのか、ガルフェルドを包囲するようにしていたエルフ達はそれぞれ散っていった。
離れたところから、指揮官のエルフがこちらに向かって叫ぶ。
「広場までの経路、辻ごとに部下を配置した!方向はそれに従ってくれ!」
「わかった!助かる!」
ガルフェルドの猛攻を捌きながらそう返事をすると、指揮官のエルフは駆けていった。
そこに、更にノルからの交信が入る。
「ユキオさん、予定地、広場の確保完了。誘導可能です!」
よし、次のフェーズってやつだ。俺は棒を握りなおした。




