過去の苦労
現世9405年 ドルドガンデリオン紀
23頁。3節。
お生まれになった王を育てるに当たり、後の従者に書き残す。
王といえども普通の子。
魔力が強いだけの普通の子である。
ゆめゆめ肝に命じ、忘れなきよう。
幼き王の前では神掛けて魔法を使うことなかれ。
是絶対の理也。
幼子は真似をする。
繰り返す。
幼子は我らの真似をする。
断じて王の前で魔法を使わざるべからず。
王の指先一つで半国が吹き飛ぶ。(字が大きい)
幼い王の前で魔法を使ってはならない。
古から言われ続ける、王を育てる時の鉄則だ。
王と言えど魔力を持つただの子供。
大人の真似をするものだ。
うっかり幼い王の前で魔法を使い、それを王が真似してしまうと壊滅的なことになる。
過去それで国が半壊したという記録もある。
ガンガジアの魔力ですら全力でやっと国を覆う程度だ。
それが幼子の指先一つで消える。
王の持つ魔力は文字通り桁外れである。
決して幼い王の前で魔法を使ってはならない。
これが、ガンガジアが5年フレイの氷魔法を見ることが叶わなかった原因である。
ほんの1年前までフレイとスティクスは国から遠く離れた広大な荒野に住んでいた。
そこは周りに何もないのだから、ガンガジアが見たいのならそこで魔法を使えばいい。
そうならなかったのは、傍に幼い王が居たから。
もしガンガジアがフレイに「氷魔法が見たい」と頼み、フレイがそれを実行していたら、高い確率でスティクスがフレイの真似をして魔力を放ち、遠く離れた国からですら見えるほどの天変地異が起きていただろう。
確かにその荒野は幼い王が魔力の使い方を覚えるための荒れた地であり、過去の王たちが魔法の試し撃ちをしてきたため常に地形が変わっているが、魔力を扱う練習をするにしても順番というものがある。
二千年前の記録に、件の荒野でうっかり騎士が幼子をあやそうと魔法を使い、それを見た幼き王が真似をして魔力を放ち、地面が抉られ、その威力で強く押された大地が隆起し山が形成されたというものがある。
その際に発生した地震は国にも届き、滅多にない大地の揺れに国民たちは恐れ慄いた。
この山は国からも見え、荒野に来るとその恐るべき高さに、これは本当に王という名の人間が作り出したものなのかと疑わしくなるほどの規模だ。
国内にある最も高いガンダルジア山より高く、独立峰であるにも関わらずその幅は鉱山山脈よりも裾野が広がる。
荒野側の麓には確かにその時出来たのであろう窪み、水の溜まった広い湖があり、更にその湖側から見て山の左右には地平線の果てまで続く地割れと隆起を繰り返す大地の罅もあり記録の信憑性が増すが、逆にこの地形を見て過去の人間が勝手な妄想を膨らませたのではとすら思える。
騎士は王の魔力の巨大さを感じられるが、桁外れに巨大故に逆にその魔力がもたらす威力の想像が出来ない。
だからこそ、騎士は決して幼い王の前で魔法を使ってはならない。
燦燦と照る太陽。
爽やかな風が草原を駆け抜ける。
気持ちの良い天気だ。
今日のガンガジアは図書館に入り浸ることもなく、珍しくずっと中庭に立って国の北の方を見ている。
フレイも気になっている所だ。
比較的大きめの魔力が2つ、競り合っているように感じる。
双方の魔力が相手を威嚇するように何度も膨れているのだ。
魔獣同士が争うことは間々あるが、どうにもその位置が気になる。
国境に近い。
法律で『城壁に隣接して建物を建ててはならない』と定められているため城壁付近に民家は無く、また城壁がその上に幾つもの建物を建てられるほど分厚いために、例え魔獣が城壁の近くで魔力を発してもその魔力が住民に被害を及ぼすことはないが、悠長に看過出来ることでもない。
それなりに強めの魔獣同士なので、それらの魔力がぶつかり城壁を傷付けるかもしれない。
加えて、それとは反対側、厳密には国の東南側にも国内の住民という名の餌に関心を示す動きをする魔力がある。
巣と思しき所と城壁近辺とを行き来している。
多くの獲物の魔力を見つけて行ってみたら山の如く聳える城壁を前に獲物を諦め巣に戻る、を繰り返していると思われる。
これは少し前からその動きをしており、諦めていない様子から立ちはだかる城壁を魔力で攻略しようとしているのかもしれない。
「あれ、やっぱり追い払った方がいいかな」
フレイが南東の方を見ながらガンガジアに尋ねるが、彼は首を振る。
「追い払ったとて、お前がここへ戻ってくれば脅威が離れたと判断して戻ってくる。
意味が無い」
「だよねぇ…」
とはいえ、こうも国へ向かってうろうろされるのは心地が悪い。
もし北の争いと東南の襲撃が同時に発生したとしたら、ガンガジア一人がそれの対応に当たる。
スティクスを一人残すわけにはいかないので、フレイは動けない。
まして、まだ未熟な少年を連れて魔獣討伐には出られない。
以前住んでいた荒野からこの宮殿へ来る時も、スティクスが寝ている間に連れてきた。
暴れるかもしれない幼子を抱いて高度の上空を高速で移動など出来ない。
元々ガンガジアは一人で国を守っていた時期があったのでこういう同時多発的な事態にも対応出来るが、フレイとしてはやはり出来ることなら個別に対処したいと思う。
そこへ、北側で変化があった。
件の魔力2つのうち1つが明確に変容する。
今までは威嚇するように膨れたりそれが収まったりを繰り返していた魔力が、濃縮されて明瞭になり、円ではない別の形になる。
2人は同時にそちらを見た。
国の北方は平野が広がり、遥か遠くに国境たる城壁があるが宮殿からは見えない。
しかし、それは見えた。
火の鳥。
城壁よりも高く飛ぶ鳥が炎に変換した魔力を自らに纏い、元の何十倍にも大きくなった魔獣の姿。
間に山が幾つも入るほど距離が離れているにも関わらず、宮殿から城壁外の生物が見えるほどの大きさ。
「わ!すごい!あんなの初めて見た!!」
国外で魔獣同士が争うことはあるが、国のほぼ中央に位置する宮殿から見えることは当然ながら無い。
例え城壁の近くに居たとて、その巨大な城壁に阻まれて外の様子が見えることもない。
精々が木の揺れる様が見える程度だ。
唯一、鳥同士の魔獣が戦った場合、その様子は遠すぎて見えないが魔力の衝突だけは見えることがある。
あれ程にはっきりと目に見える大きさの巨大な火の鳥など、人生で一度見られるかも判らないほど珍しい光景だ。
”火の鳥”そのものは実は意外といるらしく過去の文献にもよく散見され、炎魔法の『火炎鳥』もそれを見た騎士が作り上げたと言われている。
事実、魔力を別の性質へ変換する際に”炎”は最も変換しやすい属性であり、ガンガジアを初め、多くの騎士や魔獣が炎を得意とする。
だが、炎を身に纏う巨鳥が頻繁に見られるわけではない。
騎士になって10年近く経つフレイだが、あんなものは初めて見た。
滅多に見られない神秘的な光景に思わず見入ってしまう。
そこへガンガジアの声が落ちてきた。
「行ってくる」
「え」
フレイは驚いて彼を見た。
一瞬、勿体ないと思ってしまったのだ。殺さないでほしい。
否、あれ程の巨大な魔法を発する魔獣は始末した方がいいのだろうか。国に何もしていないが。
ぐるぐる考えるフレイにガンガジアが意図を説明する。
「あんなものが国境付近に居ては、住民たちは怯えるだろう。
追い払ってくる」
言われて気付いた。確かにそうだ。
ここは遠いし、何より自分たちはあの火の鳥よりも強い魔力を持っているので恐怖など無いが、あの辺り周辺の住民たちには神秘的であると同時にこの世の終わりのような恐怖があるだろう。
何せ遠く離れた宮殿にまで見える大きさだ。
あの近辺の人たちから見たらどれ程の巨大さなのか。
流石ガンガジア。フレイはただ神秘的だと見惚れていて、住民のことなど考えられなかった。
そこへ、少年の無邪気な声が響く。
「すごーい!!俺もやるー!!」
「えっ」
声の先を見たフレイの視界に、両手を振り上げたスティクスの姿が映った。
ぞっとする。
王の魔力。
この少年は「魔力を出してはならない」と言い付けられているので、それを忠実に守ってきた。
赤ん坊の頃は意思表示として泣く度に魔力を放出していたが、それは『魔力を使おう』という意志を持って発したものではなく、感情に複合して発せられたもので王としては大した量ではない。
それでも騎士からすると大事だった。
今は、「俺もやる」という通り意図して魔力が放たれ、教えたわけでもないのにそれが周囲に流れ出るでなく振り上げた手の方向に凝縮され、その量は刹那で国土を超え
「駄目っ!!」
「チィッ!!」
フレイは咄嗟にスティクスが振り上げた腕を掴み、一気に自身の魔力が吸い取られる感触があり、同時に”魔力を放出する王に触れてはならない”という過去からの忠告文を思い出しながらそのまま少年を抱き締め、倒れた。
「フレイ!!!」
いやに遠く聞こえたガンガジアの声と、腕の中の少年が驚く気配。
魔力が枯渇した体に王の魔力が侵食し、フレイはびくりと痙攣して意識を失った。
昼にも関わらず一気に世界が暗くなり、空から地獄の唸り声のような低い轟音が鳴り響き、そして世界が光に包まれる。
「王義!!『絶対障壁』!!!!」
少年が手を振り上げたので、彼の魔力は上空に溜められた。
ガンガジアは咄嗟に王の魔力を使ってその下、国の真上に一切のものを通さない壁を張る。
空に形容詞し難い靄のようなものが一瞬にして現れる。
太陽の光を透過して白いような、だが何処か黒いような、不思議な靄。
本来目に見えない魔力が極度に濃縮され、可視化されたそれが国を覆う。
世界が光に包まれたと思ったら、同時に雷のような甲高い爆音が鳴り響き、世界が揺れた。
ドオォ ォォォン
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
世界の終わりのような光景と音。
「うわあああああああん!!」
見たことも無い恐ろしい光景と轟音に、フレイの腕の中でスティクスが泣き出した。
無理もない。王と言えど、莫大な魔力を持っただけの普通の子供だ。
突然世界が闇に呑まれ、恐ろしい音が鳴ったら次には目も眩む光に包まれ、雷よりも大きな轟音が鳴って世界が揺れた。
大雨の雷でも子供は泣く。
こんな恐ろしい光景を見ては、この子が泣いてしまっても仕方がない。
世界が光に包まれた後は、再度世界が暗闇に包まれ太陽が見えない。
空に真っ黒な雲が浮かんでいる。
ガンガジアは先の王を知っている。
だが、ガンガジアが生まれた時に王は既に壮年で、そのまま月日が経ち王はその魔力を使うことなく崩御した。
つまり、ガンガジアでさえ王の魔力がどれ程の威力か判らない。
自分は指先一つで街を一つ破壊できる。
この少年は、指先一つで国を破壊できる。
魔力を持たないものは、魔力を持つものの善意と気紛れで生かされている。
全ては王の気の向く儘に。
「わあああああああん!!!うわああああああん!!!」
過去の文献に書かれていた。
王から魔力を譲渡された騎士は、王が魔力を放出している時に触れてはならない。
王は騎士からの魔力を譲渡されていないので王が騎士の魔力を消費するようなことはないが、それでも騎士は王の魔力を使うために王の魔力と何かしらの繋がりを持っている。
故に、王が魔力を放出している時に触れてしまうと自身の魔力が引っ張られ、王の魔力と共に放出されてしまう。
この記述は王の育て方の項目にしっかりと残されている。
恐らくは、今のフレイと同様に幼い王がうっかり魔力を放出した際それを止めようと触れてしまい、皆倒れてきたのだろう。
魔力が枯渇すると動けなくなる。
精々が内臓機能が動く程度だ。
故に魔力は『生命の源』とも言われている。
余談だが、実は魔力を持たないものたちも感知出来ないほど微量の魔力を有しているのでは、という説がある。
しかし、今のフレイのように魔力が枯渇し動けなくなった場合でもほんの僅かに魔力は感じ取れる。
魔力を感じなくなった時は死んだ時だ。
故にこの説は否定されているが、ならば何故魔力を持つ者は魔力が枯渇すると動けなくなるのか。
これは魔力学者の間でも議論が白熱している部分だ。
空はまだ黒い雲に覆われ暗い。
時間が経てば晴れるだろうか。
ガンガジアは背後を見る。
あの巨大な火の鳥は居なくなっていた。
上空であんな恐ろしい光景が広がっていたのだ。逃げたのだろう。
南東でうろうろしていた魔獣も怯えて巣に潜り込んだらしい。そこから動かない。
城壁付近で行われていた魔獣同士の争い。
それと同時に別の場所で国を狙っていた魔獣。
うっかり幼き王が発した、国を亡ぼすほどの魔法。
何とか終結した。
「うえええええええっ!!!ぅえええええええええっ!!!」
あとは、この泣く少年。
どうしたものか。
ガンガジアは少年の周囲に障壁を張り続けたまま、眉間に皺を寄せた。
意識が浮上する。
少し、体が揺れている。
加えて腹の辺りに何か大きなものがある。
目を開けると、見慣れた頭。
スティクス。
くの字に折れたフレイの腹の上で縮こまり、ぐっすりと眠っている。
この子が無事でほっと安堵する。
そして周囲の風景。
いつもの宮殿内。寝室が並ぶ廊下。
あの現場だったここが無事だということは国も無事なのだろう。
再度安堵する。
「気が付いたか」
上から聞き慣れた低い声が落ちてきた。
ガンガジア。
再三フレイはほっとした。皆無事だった。
どうやら彼は倒れた自分を横抱きにし、その腹の上に泣き疲れて眠ったスティクスを乗せて部屋に運んでくれているようだ。
自分を魔力で支えてくれているので、骨という支えの無い腹の上に少年が乗っていても苦しくない。
あれからどうなったのか。気になる。
フレイがそれを問う前に、察してかガンガジアが口を開いた。
「スティクスの魔力に引っ張られ、魔力を吸い尽くされた状態で触れた為意識を失った」
「あぁ……」
スティクスを抱き締めて倒れて、腕の中の少年が驚いた顔で自分を見ていたところから記憶が途切れている。
完全に失敗だった。
魔力を放出する王に触れてはならないという過去からの膨大な積み重ねによる知識を生かせず、且つ魔力が枯渇し宮廷人と同等の状態で王に触れて意識を喪失した。
この問題の難しいところは、王が自らの意思で魔力を放出している時のみ触れてはならないということだ。
感情的になって発せられる時や、普段の何気ない放出にこれは当て嵌まらない。
だからこそ騎士は赤子たる王を育てることが出来る。
言い換えれば、王が意図して魔力を発する時のみ触れないよう気を付ければ良いのだが、幼い王は今まで言い付け通り魔力を意図して発しようとしたことがなかったため何も考えずに触れてしまった。
今、ガンガジアがここに居たからフレイが倒れても対処をしてくれたが、もし居なかったら。
例えば魔獣の討伐に出ていて。
彼のことだから、例え国の辺境に居たとしても対処してくれただろうが、それでもここに居る時よりはそれが遅れただろう。
その一瞬の差で、どれだけのものが守られたのか。
ガンガジアが居なければ、今頃国は消えていた。
あの、恐ろしい程の魔力によって引き起こされた大災害に巻き込まれ、自分も、下手をすればまだ魔力で自身を守る術を知らないスティクス本人諸共。
「ありがとう…ガンガジア…」
「ああ。お前はスティクスを第一に考え過ぎだ。
これは王なのだから、多少放っておいても問題ない」
「うん……、ごめんね……」
「ああ」
ガンガジアは出会った当初、フレイが中々魔法を使えなくても、騎士としての仕事が出来なくても、何も言わなかった。
フレイにはそれが悲しかった。
自分に何も期待されていないように感じられたのだ。
なので正直にそう思うことを伝えたら、ガンガジアはフレイの失態に口を挟むようになった。
指摘された部分を直したからと褒められるわけでもないが、何も言われないよりはずっとフレイにとって良いことだった。
「どう、なったの…?」
彼が平然としているということは国は無事だということだ。
それは国に傷一つ付けなかったことを意味する。
街の一つ、城壁の一箇所でも破壊されていれば、彼は憤懣している。
恐らくはスティクスの魔力を用い、あの国を亡ぼす程の魔力を相殺、或いは防ぎきった。
ガンガジアは生まれながらの騎士。
魔法に関してフレイよりも遥かに精通している。
フレイが覚えているのは、スティクスが発した国を超える程の莫大な魔力が上空に凝縮されたところまでで、それから何が起きたのかは判らない。
一体あの後どんなことが起きたのか。
ガンガジアは眉間に皺を寄せて苦々しく答えた。
「大事だった」
如何なガンガジアと言えど、王の魔力に対処することは大変だったのだろう。
フレイは本当に申し訳ないと恐縮する。
「スティクスが泣きに泣いて、どうにもならんかった」
「え」
この後フレイは、ガンガジアからあの後如何に泣き喚くスティクスの対処に苦労したかを訥々と聞かされ続けた。
幼い王の前で魔法を使ってはならない。
王の前で魔法を使わずとも、危ないことはある。
「記録に残しておけ」
「うん…何だか、何処かでそういう記録読んだ気がするんだけどなぁ…」
「俺もだ。軽視していたが故に忘れていた上、その記録が何処にあったかも判らん」
「うん……まさか、魔獣の魔法を見て真似しようとするなんて……
子供だから有り得るのかぁ…!」
「ついでに書いておけ。
『同様の記録を見つけたら前の棚に移動させろ』と」
「うん。そうするよ…」
後に読む人の為に、一頁使って大きく書いておいた。




