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幼い王と2人の騎士  作者: 鯉コク


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5/7


「髪、伸びてきたなぁ。切ろうか」

「なんで?」

「え」


スティクスのさらさらとした髪を梳きながら呟いたフレイの言葉に、子供の純粋な疑問が投げかけられる。

問われた方もそれが当たり前なので疑問に思ったこともなく、「何故」と問われて固まった。


「そういうものだから…?」

「ふぅん」


凄まじく曖昧な返答だが、問うた方も好奇心というよりはただ反射で問うただけなのか、それ以上は追求しない。


「フレイは長いね」


スティクスがフレイの背後に回って腰まである長い三つ編みを掴みぶんぶん振る。

少年と視線を合わせるためにしゃがんでいるフレイの髪は、幼い少年の目の前にある。

長い髪を編んだそれは意外に重く、上手く軌道に乗ると、ぶぉん、と凄い音を立て、最終的に髪を振り回す少年の頬に直撃した。


「いたっ!」

「ああっ、大丈夫?」

「フレイの髪、ぶうん!って俺にあたった!」

「あはは。振り回してるからだよ」


スティクスは両手を振り回して状況を説明し、髪の塊が当たった頬をフレイへ差し出す。

それをフレイは笑いながらよしよしと優しく撫でてやると、スティクスは満足げにそれを甘受する。


「さあ、おいで。髪を切ろう」


フレイが言うと、スティクスは素っ頓狂な声を上げた。


「なんで?」

「え」


会話が堂々巡りしている。

フレイの髪で遊んで、その前の会話を忘れたのだろう。

今度は少し考えて答える。


「子供は短くするんだよ。大人になったら伸ばすんだ」

「フレイ長い」


同じ会話が繰り返されるが、現実を言葉にしただけで今度はフレイの髪を確かめはしなかった。

スティクスとフレイは一緒に風呂に入るので、解かれた彼の髪が腰どころか尻に達するまで長いことを少年は知っている。

髪を解いたフレイは普段の彼とは違って見えて、スティクスは髪を解いた彼があまり好きではない。

フレイが優しく笑って髪の長い理由を答える。


「大人だからね」

「ふーん。 えっ?」

「え?」


納得したと思ったら、すぐさま驚きの声を上げられてフレイも驚く。

一体どこに引っ掛かったのか。


「大人は髪が長いの?」

「そうだね。そういう風にしてるよ。

 子供は短く切って、大人は長く伸ばすんだ」

「えええっ!?」


大人と子供で髪の長さが違うことを説明すると、スティクスは酷く衝撃を受けたような驚愕の表情を浮かべた。

何事だ。

フレイは身構えた。


「ガアラ…!子供だったの!?」

「え」


想像だにしなかったことを言われて、再度フレイの時が止まる。

この子は彼のことが子供に見えるのか。どう見ても大人だ。立派な成人男性だ。

いっそフレイよりも年上である。


「何でそう思うの…?体大きいよ…?」

「だって、ガアラ髪みじかいよ!」

「え」


彼の髪は短くない。腰くらいまである。

だが。成程。

彼は髪を後ろで束ねて、それを一纏めに結い上げている。

確かにぱっと見は短く見える。かもしれない。

少年の疑問の正体が判ってフレイは小さく笑った。


「短くないよ。長いんだよ。

 ガンガジアの頭、ここのところにわさあって塊があるだろ?

 あれ、髪の毛の束なんだよ。

 こう、髪をこうしてるんだ」


フレイは自分の髪をくるっと巻いて塊を作る。

ガンガジアと違いフレイは髪を三つ編みにしているので、ただ結っているだけの彼より綺麗に纏まる。

スティクスがフレイの前後を行き来し、大きな目を更に大きく見開いてフレイを凝視した。

いつも背中に垂れている三つ編みがない。


「みじかくなった!」

「短くなったー」

「あれ、髪なんだ!飾りみたいなのボーンって付けてるんだと思った」

「ああ、確かに。そう見えるのかも…」


纏めた髪を留める為に簪を刺しているので尚更装飾品に見えるのかもしれない。

献上品であろうそれは美しい細工だった。

結った髪を纏め上げるなど大人から見ればただの髪型の一つに過ぎないが、まだ何も知らない子供から見れば真新しいものに見えるのだろう。

子供の視点は面白いなぁ、とフレイは思う。


「さあ、髪切ろうか。

 髪切ったら、今日は単語のお勉強だよ」

「じゃあ髪切らなくていいや!」

「スティクス~…!」


フレイが言うと、スティクスは重要な決断を下したようにはっきりと首を横に振った。










「おっふろ~~~!!!」

「スティクス、転ぶから気をつけて!」


スティクスが元気な声を上げながら濡れた床を走り、既に何度か転んだ経験から床からは飛ばず、一度浴槽の淵に登ってそこから湯船の中に飛び込んだ。

あの小さな体がつるんと滑って大仰に転ぶ様はフレイの心臓に悪く、少年が無事湯船に浸かるまでハラハラする。

スティクスが無事豪快に湯船へ飛び込んだのを見届けてフレイも浴槽に入り、水面が額くらいの位置にあるので爪先立ちで全身バタバタさせてあっぷあっぷする少年を抱き上げて窒息から助け、広い浴槽の縁にある腰掛けに座って、少年を膝の上に乗せ一緒に湯船に浸かる。

温かいお湯に身を浸してほっとするが、残念ながら憩いのひと時にはならない。


「ぬお~~~~!!!うお~~~~~!!!」


膝の上の元気な少年は足の届かない湯船の中で泳ぐ気だ。

フレイの上で不安定に立ち上がると、スティクスは湯に向かって倒れ込みその身を水中に浸す。

倒れ込んだ勢いで沈んでいく少年の小さな体に手を伸ばし、その小さな手を取って少年を水面に浮かび上がらせると、スティクスは楽しそうに笑って両足をバタバタさせる。


「あははははは!!あはははははは!!!フレイ!すすんで!!」

「いいよ」


足をバタバタする少年の手を引っ張って広い湯船の中をぐるりと歩く。

スティクスはきゃっきゃと笑って楽しそうだ。

体が浮く感覚も体の浮いた水の中を進む感覚も、何もかもが楽しいのだろう。

スティクスが笑っているとフレイも嬉しくなる。

青年は暫し少年に付き合い、のぼせる前に一度ゆっくり肩まで湯船に浸かって風呂から上がった。



「はぁー…すっきり。

 ガンガジア。俺たちお風呂入って来たから、君も行っておいでよ」

「ああ」


ほこほこになって浴場から戻ってきたフレイが、待機していたガンガジアへ入浴を促す。

そこへ同じくほこほこになったスティクスがフレイの横から飛び出してきた。


「ガアラ、髪長いって本当!?見せて!!」

「………は?」


唐突に訳の判らないことを言われ、ガンガジアは怪訝な顔をしてスティクスを見下ろす。

事情を知っているフレイが笑いながら自身の襟首の辺りを指差してガンガジアに説明した。


「君、ここで一纏めにしてるから短く見えるんだってさ」

「それで、何故俺の髪を見る必要があるんだ」

「大人の髪が長いのを確かめたいらしいよ。

 子供は短くて、大人は長いだろ?

 俺だけじゃなくて、ガンガジアも髪が長いことを確かめたいんだよ」


フレイの説明を受けてもガンガジアは訝しげな顔のままだ。

事情は理解出来ても少年の疑問は理解出来ない。


「何故そんなことを…」

「いいじゃない。どうせ今からお風呂入るんだしさ」

「そうでなく。何故そんな問いを抱くのかと」

「ただの好奇心だよ。子供は何にでも興味を持つんだ」

「………」


ガンガジアはそんなことに疑問を抱いたこともない。

足元でうろちょろしながら「見せて~見せて~」としつこく催促してくるスティクスを冷たく見下ろし、一つ溜息をついて簪に手を伸ばしそれを引き抜いた。

留めていたものがなくなり、彼の長い髪がばさりと背に落ちる。

スティクスはガンガジアの背後に回り、彼の背に垂れる髪を見て声を上げた。


「長い!!ガアラも髪長かった!!」


ガンガジアの足の後ろからひょこりと顔を出して、自身の目で見て確かめたことを驚きの表情でフレイに報告する。

そんなスティクスの様子をフレイは微笑ましく見つめる。


「俺はみじかい!見て!今日切った!」


背後に回っていた少年はすぐさま前に戻り、ガンガジアへ自分の頭を差し出してさっぱり綺麗に整えられた髪の毛を見せる。

それを暫し見つめ、ガンガジアは小さく口を開いた。


「俺も切りたい……」


ぽつりと零されたそれは切実というよりも憎しみが籠っているように苦々しい色を帯びている。

事実、そう零したガンガジアの表情は険しい。

そんな彼の様子を見て、フレイが何かを思い出したかのように口を開く。


「そういえば…最近は髪短くしたいって言う人、多いんだよね……」

「そうなのか?」


ガンガジアが鋭くフレイを見る。


「うん。大人が髪を伸ばすのって、髪に魔力が宿るからって言い伝えが元でしょ?

 でも実際は、魔力は生まれた時に絶対値が決まってるって判ってるし。

 意味がないって嫌がる人がちらほら居たよ。

 俺が居た村にも何人か面倒臭がってる人が居た。

 何だか、俺が生まれる前から少しずつそういう空気があったみたい。

 俺は別に、気にならないんだけどなぁ」


ガンガジアとて、成人した頃はこれで大人と同等だと誇らしくも思った。

だが、次第に意味もなく長いだけの髪を、動けばバラバラと散らばる長ったらしい髪を鬱陶しいと思うようになった。

そもそもこの風習の由来は、”髪に魔力が宿る”などという意味の判らない理由からだ。

髪を伸ばすだけで魔力が増えるのなら誰も苦労しない。

まして、たかがこの程度のことでどれ程の魔力が手に入るというのか。馬鹿馬鹿しい。

考えれば考えるほどスティクスのようにばっさり短くしてしまおうかと思える。


しかし。

フレイに子供のようだと思われたくない。

彼が髪を伸ばすことに抵抗がないのなら尚更そう思われるかもしれない。

市井の人々の多くがこの風習を煩わしいと思っているのなら、これを機にばっさり切るのも有りか、と考えた。

しかしフレイに子供のようだと、それこそスティクスのように思われることはガンガジアにとって到底耐えられるものではない。

フレイよりも強者であるという矜持がその威厳を保とうとする。

しかし、煩わしいものは煩わしい。

眉間に皺が寄り過ぎて頭が痛くなってきた。

考えるのを止めよう。


「ガンガジア?難しい顔してるけど、大丈夫?」


頭が痛くなるほど眉間に皺の寄った表情で視線だけをフレイに向けたその顔は、常に沈着冷静な彼には中々にない様子でフレイが心配になるほどだ。

不安そうに顔を覗き込んでくるフレイに、ガンガジアは難しい顔のまま案ずるなとばかりに首を振る。


「いや、いい。風呂に行ってくる」


ガンガジアの言葉に不安が残りつつもフレイは頷いた。


「うん。ゆっくり入ってきて。髪も綺麗に洗ってね」


それだ。それも至極面倒臭い。

ガンガジアはより一層眉間に皺を寄せ、まるで死地へと赴くかのような険しい表情で浴場へと向かった。


























開けた窓から夜の涼やかな風が入ってくる。

窓際近くのベッドに腰掛け、眠るスティクスの頭を撫でるフレイの長い髪がさらりと揺れ、肩から落ちて足に掛かる。

窓枠に凭れていたガンガジアが背を離しフレイの傍に歩み寄って、今は解かれたその髪を指に絡め、梳いては絡め、何度も指先で玩び感触を楽しむ。

それを髪から感じてフレイが小さく肩を竦めた。

繰り返し髪を梳いていた手を擽ったそうに笑うフレイの頬に寄せると、ガンガジアの節張った手にフレイも頬を寄せる。


ガンガジア自身は己のただ長いだけの髪を煩わしいとしか思わないが、フレイの長くサラサラと流れる黒髪は好きだ。

一糸纏わぬ白い肌に流れる幾筋もの流れも、組み敷いた時ベッドの上で波打つそれも、その身を震わせた時に揺れる様も、ガンガジアを見て幸せそうに笑うその顔を縁取るそれも、どれもが感嘆するほどに美しい。

顔を寄せるとフレイも首を伸ばして応え、うっとりとそれを重ね合わせる。

手を引くと、判っているだろうに驚いたような顔をしてそっと伏せ、仄かに頬を染めてガンガジアの胸へ身を寄せる。

何年経っても変わらない初心な様子が愛おしい。

胸の中の、自身より少し小さなその体を抱き寄せ歩を進めると、フレイも従順に彼へ倣い共に付いて行く。

2人でスティクスの眠るフレイの部屋を出ると、その足はすぐ隣のガンガジアの部屋へと向かった。







「んっ…あっ……」


気持ち良かった。

未だ激しい絶頂の余韻で震える。


寝台の上でまぐわった体勢のまま小さく震えるフレイにガンガジアが覆い被さり、そっとキスをする。

それを夢見心地に受け取り、腕を伸ばしてぎゅっと彼に抱き付いてその肩口に顔を埋める。

長いそれが煩わしいガンガジアは、風呂上がりで髪が乾いていなくともさっさと髪を結い上げてしまう。

動いて多少乱れた彼のそれが鼻先につく。


「…?」


そこで、気付いた。

いつもの匂いがしない。

ガンガジアは己の長い髪を嫌っているだけあり髪の手入れも杜撰で、入浴時に頭を洗うことはするが、頭が痒くなるので頭皮を洗う程度で首から下の部分は湯を掛け流すだけ、濡れた髪も乾く前にさっさと結ってしまう為、入浴してから時間が経つと少し髪が臭うのだ。

これは今でこそここまでするようになったが、2人が出会った当初は酷く、ずっと一人だった故か身嗜みを気にしておらず、見た目はきちんとしていたが中々に臭いが酷かった。

当時はフレイがまだ未成年であったこともあり、何かと理由を付けて一緒に風呂へ入り、彼の身を綺麗にすることに専心した時期もあった。

今はその頃に比べれば随分と綺麗になったが、それでも未だに髪への対処はぞんざいで、どこか鼻につんとくる匂いがしていたのだが。

今日はそれがない。

常にない状態に驚いて媾いの微睡みから一気に解け、目を見開いて彼に尋ねる。


「髪…匂わない……」


するとガンガジアは少し自慢げに頷く。


「たまにはと思って、丁寧に洗った」


それを聞いてフレイが喜ぶかと思いきや、フレイは暫し唖然とした様子でガンガジアを見つめ、次いで何処か気まずそうに視線を落として彷徨わせ、特に笑うでもなくそのままの表情でぽつりと呟いた。


「ありがとう…」


礼を口にしてはいるが、どうにもその様子は喜んでいるように見えない。

お前が綺麗に洗えと言うから手間を掛けて洗ってやったというのに。

ガンガジアの眉間に皺が寄る。

そこへ、フレイがもじもじと言い難そうにしながら、しかし何故かほんのり頬を染めて言った。


「あの匂い……ちょっと好きになってたんだ……」


何だそれは。

ならば何故綺麗に洗えなどと言ったのか。

そういうことはもっと早くに言え。



「で、でもっ、綺麗に洗ってくれてありがとう!

 さらさらだし、媾ってない時ならずっと嗅いでいたいくらいだよ!」

「媾っていない時か」

「だって…!ずっとそうだったし、ガンガジアと体を重ねてる時はあの匂いが習慣になっちゃってるっていうか…!」

「ならもうここまで綺麗には洗うまい」

「違うよ違うよっ!!そうじゃなくて…!!

 臭いがしないほど綺麗にしてくれたのも嬉しいし、でもっ、こういうことしてる時はあの匂いがいいなぁって…!」

「我儘が過ぎんか」

「ごめんなさいっごめんなさいっ!!

 でもでもっ…!どっちも好き!!」

「………」


フレイに「好き」と言われると弱い。

弱い。

何ということだ。

自分は国最強の騎士だ。

王を除けば最も強い者なのだ。

弱いということがあってはならない。

なので絆されそうになる心を叱咤し、はっきりと答えた。


「もう洗わん」


フレイが情けない声を上げてガンガジアに泣き付いた。




古代ローマの浴場を参考。

床暖房があったり、冷たい・温い・熱いと温度の違う湯船が用意してあったり、図書館や食堂などが併設されてて複合レジャー施設になってたりと凄い。

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