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幼い王と2人の騎士  作者: 鯉コク


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3/6

2人の騎士



ガンガジアがふわりと中庭に降り立つ。

フレイがそれを笑って出迎える。


「おかえりなさい」

「ああ」


フレイはガンガジアの側に寄り、踵を上げて自分よりも少し高い彼のそこへ口付ける。

ガンガジアもフレイの腰へ腕を回し、抱き寄せるようにしてしっかりとその細い体を抱く。

2人を包み込むかのように柔らかな風がそよぎ、広い宮殿の中をそよそよと巡る。

そこには彼ら以外誰も居ない。

風が巡れども、宮殿内に他の動くものは存在しない。

静かな世界。

まるでこの世に生きている者は2人だけかのように思える。


「スティクスは」

「お昼寝中」


通りで静かなわけだ。

あの幼子は起きていると常に騒々しくやかましい。

あれ程小さな体によくそれだけの力があるなと感心する。

それが寝ているだけで、この宮殿は本来の静けさを取り戻す。



たった2人の騎士。













この国には『騎士』が存在する。

強い魔力を持った者のことだ。

魔力の発現は完全に無作為であり、騎士が生まれたらその赤子はすぐ宮殿に取り立てられ、国を守る騎士として育てられる。

その数は少なく、歴代一度たりとて2桁に及んだことはなく、常に数人の騎士たちが国を守る。



現在、この国には騎士が2人居る。

往々にして騎士は4,5人存在することが多く、2人という数は比較的珍しく、少ない。

この”騎士が2人しか居ない”という状況下に於いて、その2人は特別な関係になり易い傾向にある。


王や騎士たちは、その強い魔力が故に市井には交われず、生涯を人里から離れた丘陵の上に建つ宮殿の中で過ごす。

彼らの生活は宮廷人たちによって賄われるが、僅かに魔力を持つが故騎士たちの世話をする宮廷人とて騎士たちとは喋るのみに留まり、直接接触することはしない。

何せ触れるだけで激しい目眩に襲われる。

触れ続ければその部位は壊死を起こし、欠落する。

宮廷人たちは騎士に遠く及ばないがそれでも騎士が感知するほど僅かな魔力を持っており、持たない者は騎士に近付くだけで体調を崩すが、宮廷人たちは近付くだけなら何ともない。

それでも宮廷人たちとて騎士の魔力は恐ろしく、騎士本人に触れようとはしない。


つまり、王や騎士が接触し得る相手は、同じ騎士同士のみだ。

その数は常に少ない。

ただでさえ他の人と交われない騎士たちは、常に寂しさを抱えている。

丘陵にある宮殿からは平野の街が見え、そこには多くの人々が交わって生きている。

しかし自分たちはその強大な魔力故に宮殿に閉じ込められ、王を含めても5,6人しか居ないそこで生涯を過ごす。

宮殿は広いため、とりわけ寂寥感を覚える。

3人以上居れば1人死んでも「まだ居る」という余裕が生まれるが、2人しか居ない場合は相手が居なくなれば己は一人という極限状態になる。

故に、騎士が2人しか居ない場合、彼らは相手を特別大切にする。

この世で一人きりになり得る恐怖のために。


例にも漏れず、当然のようにしてガンガジアとフレイは互いに相手を特別大切に想っている。

今でこそ王たるスティクスが生まれ3人居るが、それよりも前は数年2人きりだった。

互いに特殊な状況に身を置いていたため、とりわけその繋がりは強い。



「ガンガジア。新しい白紙本もらってきたよ」

「ああ、そこらの…ああ、その机の上に置いておけ」

「うん。あと、スティクス。絵本もらってきたよ」

「なに?」

「昔の王様が悪い奴を倒すお話だよ」

「悪いやつ!やっつける!!」

「うん。格好イイね」


フレイは宮廷人に頼んでおいた木箱いっぱいの白紙本を持って図書館へやって来た。

その木箱は大きく、フレイが両腕を広げて抱えると何とかその上から前が見えるくらいのもので、その中にみっしり本が詰まっている。

大の男でも運ぶのは大変で、フレイが持ち上げようとした時、宮廷人のズィールがやたらと「重いぞ!ガンガジア様を呼べ!」と言っていたが、フレイがひょいと持ち上げると唖然としていた。

俺も騎士だよ、とフレイは苦笑してしまう。

ガンガジアが普通の成人男性でも苦労するほど重いものを平然と片手で持ち上げることが出来るのは魔力で支えているからだ。

同じようにして魔力を持つフレイも同等のことが出来る。

だが、現在の宮廷人の殆どはフレイがここに来た頃から既に居た人たちで、フレイがまだ魔力を使えず普通の人と同じように苦労していた姿を見ていた為か、未だに心配する。


フレイは運んで来た大量の白紙本をせっせと言われた机の上へ積み上げ、そして3冊の絵本をスティクスへ渡した。

子供向けに簡略化された昔の王の英雄譚や可愛らしい芋虫の冒険譚だ。

スティクスは目を輝かせて絵本を受け取り、表紙を見比べた後2冊を床へ置いて1冊を開き、小さな体を震わせて更に目をキラキラとさせた。

どうやらその絵本の絵がスティクスの感性に直撃したらしく、ただ本を捲って絵を見ているだけでも楽しいようで、ぱらぱらと頁を捲っては挿絵を眺めて鼻息を荒くしている。


ガンガジアの方は写本中だ。

宮殿に併設された図書館には大量の書物が収められている。

それらの殆どは過去の騎士たちが残した様々な記録だ。

国のこと、自分自身のこと、魔法や魔力のこと、王のこと。

魔力が全ての世界で、魔力を持った記録を残せる生物による貴重な知識と歴史の積み重ねである。

新しく写本すると古い本は宮廷人を経て市井の学術者の元へ渡される。

騎士には気付かないことも、とある方面に詳しい者が見れば何気ない記述から世界の真理に気付くこともある。

例えば魔力の発現は完全に無作為である、や

自然現象の中にも魔力を発する現象が存在する、など。

広い世界の中で限られた範囲でのみに生きる人間たちだが、少しずつ着実に真理を突き止め、前に進んでいる。


これらの記録はその殆どが紙製の本であり、紙は保存状態が良くとも千年程度で劣化する。

その為騎士たちは重要だと思った事柄について新たに書き写し、情報を後世へと残していく。

6000年前までは石板に記録されており、石板は未だ朽ちることなくしっかりと残ってはいるが、如何せんその作成には手間と時間が掛かる上、圧倒的に場所を取る。

余談だが、面白いことにその石板の中には『(略)一辺が1の正方形の対角線の長さが正 -数にならないようだが、何か思いついたのに魔獣が来た所為で忘れた』と、石板製作途中に横槍を入れられて何の記録を残していたのか忘れてしまったことを正直に告白しているものや、『(略)トポの実は北の森に  魚屋と布屋は隣でなく離すべし』と、文章が途中で切られ、次に突然全く違う内容の文章が書かれているものなどがある。閑話休題。

何はともあれ、あらゆる意味で紙に書く方が何十倍も早く、保管もしやすい。

故にここ数千年は全て紙に記録されている。

因みに、現代に於いて活版技術は開発されているが、それは市井で民衆に広く読まれるものに対してのみ使用され、騎士しか読まない類の本には用いられない。

市井に於いても、専門学術書などの限られた人しか読まないような本には使われず、それらは全て写本されて残される。


フレイがそっと1冊の本を手にする。

ぱらぱらと捲るその中は土魔法に関する記述で埋め尽くされ、土魔法の種類やどういう想像でそれが発動するかなどが詳細に記されている。

ガンガジアが写本したものだ。

ガンガジアは武骨で乱暴な部分のある男だが、そんな彼の手が書き出す字はすっきりしていて美しい。

他の本もそうであり、騎士は魔獣の討伐と共に、過去の記録を後世へ伝える為に写本をするので読みやすい字を書く技能が求められる。

事実、やたらと字の汚い記録も幾つか存在し、何が書きたかったのか判らないほどのそれはとてもではないが読む気になれない。

その為に、代々騎士は文字の書き方はかなり正確に教えるようだ。

騎士とは武人であり文人であり、そして過去の文献を新しくし直す職人でもある。

フレイは元々あまり字が綺麗ではなかったが、ここに来て写本をしなければならないことを知り、一枚の紙が墨で真っ黒になるまで徹底的に字の修正を行った。

今では誰が見ても読める字を書けるが、やはりガンガジアの字を一際美しく感じる。


「フレイ!これ読んで!」


絵本の挿絵に熱中していたスティクスが、本を掲げてフレイを呼ぶ。

お気に入りの絵の内容が知りたくなったのだろう。

自分と同じ王様が悪を退治するお話はお気に入りだ。


「おいで。ここで読んだらガンガジアの邪魔になるから」

「うん!」


スティクスの手を引いて図書館から出て、中庭にある昔は花壇だったのだろう石組みの上に腰を下ろし、スティクスを膝の上に座らせて絵本を開く。


「むかしむかし、ダンデという名前の王様がいました」


その王様はとてもやさしい王様で みんしゅうのことを大切にしていました

わるい魔獣がやってきたら勇敢にたたかい みんなのことを守ってくれるのです

みんなも王様のことがだい好きで 王様がわるい魔獣をたいじしてくれると

よろこんで食べ物や着る物を王様へおくっていました

王様のおかげで国はへいわでした

ところがある日 とてもおそろしい魔獣があらわれました

王様のようにつよい魔獣・魔王です

みんなはこわくてこわくて震えていましたが 勇敢な王様は魔王とたたかいました


「わあ!王様、まおーとたたかう!!」


スティクスが興奮して小さな腕を振り、キラキラした目でフレイを見上げる。


「うん。王様は勇敢だからね。強い魔獣とも戦うよ」


楽しそうな少年をフレイは微笑ましく見つめる。

スティクスは話の途中であるにも関わらず、フレイの膝からぴょんと飛び降りると何かを押すようにして構えた。

その姿勢を見てフレイはぎょっとし、慌てて少年の周囲に障壁を張る。


「ガアラみたいにどーん!って魔獣をたおすんだ!カッコイー!!」


少年が小さな手を前方へぐっと押し出すが、何も起きない。

どうやらただ構えただけで、言い付け通り魔力は出していないようだ。

毎日口を酸っぱくして「魔力は出すな」と教えた甲斐があった。

一応念の為、少年の周囲に障壁は張り続けておく。

そこへ少年が不思議そうな顔をしてフレイを見た。


「どうやってたおすの?」


ガンガジアが日頃魔獣討伐に出ていることは知っているが、それは遥か先の国境を超えたところでの話だ。

ここは丘陵とはいえ、広い国土の端が見えるわけでもなく、スティクスは魔獣の討伐がどういうものか知らない。


「魔法を使って倒すんだよ」

「まほー!俺もまほーつかう!!」

「うん。お前も使えるようになるよ。

 でも、その前に本が読めるようにならないとね」

「俺、絵本よめる!」

「もっと難しい本だよ」

「えー、何で!?」

「本が読めるようになったら魔法が使えるようになるんだよ。

 ガンガジアも俺も、本を読めるだろ?

 でも、まだスティクスは本を読めないから使えないよ」

「ええ~~~……なんでぇ…?」

「魔法は難しいんだよ~~」


不貞腐れるスティクスのふくふくとした頬を指でつつき、少年に笑って諭してやる。

勿論嘘だ。

本を読めずともコツさえ掴めば魔法は使える。

だが、フレイはスティクスがたくさん勉強し、賢く立派な王になってほしい。

少年の嫌がることをあまり強要したくはないが、こればかりは頑張ってもらいたい。


そこへ。


異常を感知した。

立ち上がりそちらの方角を見る。


「フレイ?どうしたの?」

「ごめん、スティクス。ちょっと待ってね」

「うん」


そうこうしていると、すぐ目の前の図書館からガンガジアが出てきた。


「あっ、ガンガジア!」


咄嗟に彼を呼び止めるが、ガンガジアは僅かばかり顔をフレイの方へと向けて一言残し


「後だ。いってくる」

「そのことでっ 」


そしてそのまま空へ舞い上がると、どんっ!と音を立てて飛んで行った。


「あぁ…いっちゃった……」

「すごい音した!!どおん!!!」


ガンガジアが、魔獣の討伐に出た。


フレイがずっとスティクスの面倒をみているため、ガンガジアが国防を一手に担っている。

歴代騎士の中でも最強格の魔力を持つ彼にとって、遥か格下ともいえる魔獣の討伐は苦でもないのだろうが、そろそろスティクスも手が離れてきたことだし、フレイとしてもいい加減騎士としての役目を果たすべきだと考える。

たった2人の騎士。

ただ彼の側に居るだけでは駄目なのだ。

自分も騎士なのだから、彼の役に立ちたい。



フレイが騎士になるまで、ガンガジアはずっと一人きりの騎士だった。



その事実を知った時、フレイは驚いた。

騎士とは、複数人居る集団だと思っていたからだ。

事実、フレイのその認識は間違ってはいなかったが、偶然にもこの時代、先の王も先の騎士たちも皆逝去し、ガンガジアはたった一人残った唯一の国を守る者だった。

彼はずっと、この広い宮殿で一人生きてきた。

誰とも触れ合うことの無いまま。


フレイは元平民だ。

元々魔力を持って生まれたがそれが発現せず、当時まだ存命であった前の王やガンガジアでさえその存在に気付かず、フレイは辺境の田舎で普通の人間として暮らしていた。

それがある日突然覚醒し、魔力を感知したガンガジアに迎えられて宮殿に入った。

そして、彼が一人であることを知った。


彼の助けになりたいと思った。


元平民で、元々大勢の人々と関わって生きてきたフレイにとって、自分を含めても2人しか居ない宮殿はとてつもなく広く、まるで世界に2人だけ取り残されたかのような寂しさを感じた。

それでもフレイにはガンガジアが居た。一人ではなかった。

しかしガンガジアには、フレイが来るまで誰も居なかったのだ。

何と寂しい人なのかと思った。

魔力が覚醒した今、最早故郷には戻れないという悲しさはあったが、同時にこの寂しい人の助けになりたいと思った。

今思えば、ガンガジア自身もフレイを逃がすまいとしていたように思う。



騎士はその強大な魔力故に、同じ騎士としか触れ合えない。



自分だけが彼に体温を分け与えられる存在なのだ。

自分だけが唯一彼にとって触れることの出来る相手なのだ。

そして逆もまた然り。

人として生きる、最後の砦のような存在。


ただ傍に居ればいいのではない。

彼と共に騎士として国を守りたい。

故郷に残してきた大切な人たちを守る為に。

たった一人で生きてきた、彼の為に。


ガンガジアが戻ってきたらきちんと言おう。

「次は俺が討伐に出るね」と。

何も言わずにただふっと思い立っただけだったので、彼は普段通りに魔獣襲来の気配を感じたら出て行った。


「ガアラ、どこいったの?」

「魔獣を倒しに行ったんだよ」

「まじゅう!!出たな!悪いやつ!!」

「うん。この国の人を殺そうとする悪い獣だよ」

「俺も悪いやつたおす!!」

「うん。大きくなったら、スティクスも悪いやつを倒してね」

「まかせろー!!」

「お願いします、俺たちの王様」


ガンガジアは歴代最強格の騎士。

そして王であるスティクスも生まれた。


国の未来は明るい。




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