東の森で.2
「のわー!!」
派手に吹き飛ばされる、俺。魔物は俺よりちょっと大きい程度で、ダンジョンのオーガと比べると体格は劣っている。それでも、仮にオーガであるなら、体質として硬い皮膚をしているはず。
ライムと融合した時なら速さには自信があるが、剣を持たない状態での火力があるのか? と聞かれると、首をかしげてしまう。
このオーガに俺の攻撃が通るか分からない。そもそも拳だし。それでも、ライム単体なら。この鬼とも渡り合えているに違いない。ライムの能力を完全に引き出せていない、足を引っ張っているのは俺だ。
そもそもな話、攻撃を当てさせてもらえない。どの方向から攻撃を仕掛けても、綺麗に受けられるか捌かれてしまう。そこに反撃を返され、地面を転がったり近くの樹まで吹っ飛ばされたり。何度繰り返したか分からない。
それでも、分かった事もある。何故か、この鬼は追撃をしてこない。俺が立ち上がるのをじっと待っている。ーー遊ばれている、と俺は考えた。だがこちらとしても好都合だ、時間は掛かる程良い。まぁ、追撃されたとしても、ライムと融合して物理的な攻撃に耐性を得ている俺には効かないんだけど。効かないだけでめっちゃ痛いからね?
この状態が続くなら。アメルが応援を呼んでくれていれば、風向きも変わるはずだ。最悪、あの鬼が痺れを切らして俺をしこたま殴り出すことがあったとしよう。気を失ったとしても死ぬことはない。……ない、よな? ないはず!
問題はあの鬼が攻勢に転じた時、何か魔法系統の様なスキルを持っていたとしたら……いや、持ってないと願うしかない。逃げられないこの状況で、相手は俺より遥かに格上。融合解除してライムに戦ってもらうのもありだが、俺は殆ど無力になってしまう。
それに鬼も余裕が無くなって、なりふり構わず攻めてくる可能性がある。それが一番マズい。現状、吹き飛ばされ続けてるのが一番良いと判断していた。必殺、時間稼ぎだ。頼んだぞ、アメル!
「我ながら情ねぇ……が、最善だ! 行くぞライム!」
(おー!)
そこからも吹き飛ばされ続け、地面には俺の滑った跡。辺りの木々はぶつかった衝撃で、へこんでいる部分がハッキリと映し出されていた。
いつまでも続くこの状況に、唐突な終わりを告げたのは知らない声だった。
「お止め、イッカク。もういい」
「……? 誰だ?」
それは、先程視界に入った古家から出て来た。腰は曲がり、ローブの様な物を着用しており顔全体を見ることが出来ない。細い樹の棒を杖代わりにしており、曲がった身体を支えている。俺は声質から老婆と判断した。老婆はゆっくりとした所作で、あろうことか鬼へ近付きーー頭を棒で小突いた。な、何やってんの!?
「馬鹿者、私は手加減しろと言ったはずだ」
「コレデモ、目一杯ダ」
「彼の者はボロボロじゃないか……まぁいい。さっさとその丸太を片付けるんだ」
それを聞いた鬼は、従順に持っていた樹を邪魔にならない所へ放り投げた。あの魔物を……従えてる? なんなんだ、あの人は?
俺は起き上がり、警戒をしながらも老婆へ尋ねる事にした。
「アンタ、誰だ? その魔物は、どうしてアンタに従っている?」
「……聞きたいこともあるだろう、私もお前と話がしたかったんだ。【従魔士】カイル」
「……っ!? なんで、俺の名前を?」
老婆は笑う。
「お前さんは中央都市で有名なんだろう? ここまで噂が届いただけさ」
冗談はさておき、と老婆は前置きし俺へ告げる。
「【従魔士】カイル、お前さんと話がしたい。来てくれるかい?」
「選択肢は、ないだろ? ただ、外に仲間がいるんだ。仲間に無事を知らせたい」
老婆は少し考え、了承の意を示した。
「賢明な判断だ、構わないよ。だが、イッカクを付ける。逃げられちゃ困るからね」
逃がすんじゃないよ、とイッカクと呼んだ鬼へ言いつける。鬼は俺の近くまで来てじっと見つめてくる。ち、近いって。
「……攻撃して来ないんだろうな?」
「お前さんが逃げる素振りをしなきゃあね?」
全て見透かされているように感じる老婆の発言。どことなく楽しそうだった。俺は諦めて両手を上げる。
「……分かったよ。そもそも何か膜みたいなのがあって、ここから出れないしな」
とりあえずアメルが居たら、仕草で大丈夫な事を伝えてみようと思った。いけるかな? 可能なら逃げる気でいたが、それは叶わないらしい。
「あぁ、お前さんが話をしてくれるなら外してやろう。実力行使は本意じゃないしね」
「なんだって……外す?」
「あの結界は、私が展開しているんだ」
お前さんを呼ぶためにね、そう言って老婆は手を宙へかざした。何も変わった様子は感じなかったが、少しして精霊化しているアメルが、猛スピードでこちらへ向かってきた。
「カイルさんっ! 無事ですかっ!?」
アメルは俺の近くに居た鬼を見た瞬間、鬼へ向けてセロシキを構えた。老婆は少し険しい表情を見せる。俺は慌てて間に入る。
「ちょ、アメル! ストップだ! 詳しいことは分からないけど、今から話し合いだ。一緒に来てくれ。えっと、お婆さん。この女性がさっき言っていた俺の仲間なんだが、一緒に話を聞いても良いか?」
「は、話し合い? な、何故ですか? それにこの状況、どういう事なんですか?」
アメルは俺の言葉に、一気にどうしていいか分からなくなった様子だった。
「ふむ……水の精霊化か。適応する者は水の巫女くらいと思っていたが……時代だね。構わないよ、付いておいで」
アメルの状態を一目で見抜き、それでも何の気無しに老婆は告げ、古家へ向かってゆっくりと歩き始めた。アメルは小さな声で、俺へ話し掛けてきた。
「カ、カイルさん。逃げないんですか? その、危険なんじゃ……」
「多分、無理だ。俺達……いや、ライムやアプサラスだけなら分からないけど、太刀打ち出来る相手じゃない。話を聞いて危険な感じだったら、アメルだけはなんとしても逃がすから」
合流した時余程焦っていたし、応援を呼んではいなかったんだろう。もしもの時は応援を呼んできて、とアメルに伝えたらこれまた困惑した表情を見せた。
希少種のオーガと思われる魔物。その魔物を従え見えない膜、本人は結界と言っていたものを広範囲に展開していた老婆。かけ離れた実力を持っている者の住処へ、俺達は足を踏み入れた。




