話し合い.2
「アンタ、盛大に地雷踏んだわね。ちょっと力があるからって調子に乗ってるからよ」
「何の話だい?」
アニエスの古家、対面で座る二人。リリは足を組みふんぞり返っていた。
「カイルの髪の話よ。禁句も禁句、知らなかったの? これでアンタの好感度もだだ滑りだわ。ざまぁみなさいっての」
「本当の事を言ったまでだ。それに好みでいうなら、私より強い雄にしか興味はない。いまや、人族にその対象は居ないのでな」
「……アンタ、やっぱりつまんないわね」
で? 何を話すのよ、アンタと話すことなんて無いわよ? 私、早く帰りたいんだけど、とリリが面倒くさそうに告げる。
「いや、大した話ではない。サキュバスよ、お前さんがどの程度の実力か知りたくてね」
「はぁ? 私そもそも喧嘩って嫌いなの、面倒だし。一人でやってれば?」
「……主様が知っているかは不明だが、【従魔士】には契約解除、というスキルがある」
「なに……契約解除?」
リリはその言葉を聞き、眉間に皺を寄せアニエスを睨みつける。
「私とイッカク、それにライムが居れば一先ず事足りる故な。今相応の実力を見せないならば、こちらも考えがある、という事だ」
「アンタ……殺すわよ?」
「少しはやる気になってくれたかい?」
フン、と鼻を鳴らしリリは立ち上がり大声でこう告げた。
【外にいる奴! ちょっとアンタこっち来なさい!】
すると、イッカクが扉を開け中へと入ってきた。
「お前、馬鹿正直に……何をしている、外を見張っていろと言っただろう?」
【このババアを殺せ】
リリがそう言った次の瞬間、イッカクが加速しアニエスへ拳を振るう。樹を軽々とへし折るイッカクの拳だが、アニエスの眼前で何かに阻まれるかの如く、それ以上進まなくなっていた。無表情で、イッカクを見つめるアニエス。
「イッカク……お前、正気かい?」
「スマナイ、アニエス。身体ガ言ウ事ヲキカナイ」
「……何?」
更に拳を振るい続けるイッカク。それらは全て、アニエスの眼前より前には進まなかった。その光景を見たリリは、高笑いを見せる。
「キャハハハ! いい気味だわ! アンタ達仲良さそうだったから、あえて意識を残しておいてあげたわよ! ずっと二人で遊んでなさい!!」
じゃあね、とリリは古家から立ち去ろうとする。
「サキュバスよ、これはお前さんがやったんだね?」
「今更謝っても遅いわよ? 知恵のある雄は、全部私の餌よ」
「ふむ……主様は耐性があったと」
「な!? う、うっさいわね! 何呑気に分析してんのよ!」
もっと気合い入れて殴りなさいよ! 届いてないじゃない! とイッカクへ声を上げるリリ。
「リリ、といったね。実力は確かだ、認めよう。よもやイッカクを操るとは思わなんだ。自我を残しておき、それでいて自在に操れるとは。……だが」
そう言って、アニエスはイッカクへ向けて手をかざす。
「ーー今のこやつに負ける気はせんがな」
瞬間凄まじい衝撃と共に、イッカクが古家を破壊しながら、明後日の方向へ吹き飛んでいった。余りの轟音で、リリは何があったのか瞬時に判断できず身体を固まらせる。
「は……? な、何……なんなのよ、アンタ……」
「ババア、とは言い得て妙よな。改めて、【東の魔女】アニエスだ。よろしく、リリ」
リリはあり得ない光景を眼の前にして、アニエスを見ながら動けなくなってしまっていた。そんなアニエスは、リリを見つめ満足気な笑みを浮かべていた。
「アンタ……なに平然と化物を仲間に加えてんのよ!」
「何の話?」
宿へ戻ってくるなり、リリはカイルへ詰め寄った。
「とぼけんじゃない! あんな危ないババア見たことないわよ!」
「ババアって」
カイルが苦笑する中、リリは、アニエスを指差しながらまくし立てる。
「主様、リリの実力は分かった。大したものだったよ。では、イッカクの番だな」
行ってくるよ、そう告げてアニエスは宿から転移していった。
「自分で吹き飛ばしたの忘れてんの? やっぱりババアね……」
周りが不思議そうに見つめる中、リリは一人納得した様子で頷いた。
ーーアニエスの古家。転移してきたアニエスは、半壊した我が家を見つめ呟いた。
「我ながら……少しばかり派手にやりすぎたか。修理はしないと雨にさらされる、か。はぁ……面倒だ。その辺はペトリアークに任せるか。……イッカクよ、居るんだろう?」
アニエスの声に応えるように、森の中から一体の鬼が現れた。
「エルフガ驚イテイタ」
「飛ばしすぎて、帰ってくるのに時間が掛かっても困る。そちらへ飛ばすのが合理的と判断した」
さて、こっちだ。アニエスは半壊した古家で、無事に鎮座していた椅子へ腰掛ける。そして、イッカクを見据えこう告げた。
「イッカク、力を隠すのは構わん。が、いざという時に引き出せないのは違う」
「……」
「その結果が今だ。始めからあの状態だったならば、リリのスキルを受けることも無かっただろうに」
「ダガ、アレハ……」
イッカクの様子に、アニエスは頑固者めと溜息を吐き、言葉を続ける。
「お前の中では違うのだろう? だが、頭に入れておけ。主様を護る時、そんな体たらくでは困るのだ」
「……ッ! 分カッタ、スマナイ」
では説教はここまでだ、アニエスはそう告げて話題を切り替えた。
「イッカク、主様からの恩恵はなんだったんだい?」
イッカクが手を前に出す。すると、何もない所から球体が現れた。その球体には光沢があり、触り心地も良さそうだった。
「それは?」
「千変万化、トイウスキルダ」
イッカクの持っている球体が、形を変えていく。それは、一本の棒へと変化した。
「俺ノ望ム武具ヘ、変化スルヨウダ」
「千変万化、か。強くなりたいという、お前の願いを万遍なく叶えてくれそうなスキルだね。だが、恩恵としては少し弱いか?」
アニエスは口に指を当てて思案する。イッカクはそんな事もない、と球体に戻ったものを机に置き、手をかざす。球体はイッカクの思いに応え、形をどんどんと変えていきーーーー現れたのは、一冊の分厚い本だった。
それを見たアニエスは、眼を見開く。
「イッカクお前、これは……!」
「ソノ状態ニ俺ハ触レナイ。オ前ノ本ダ、アニエス」
アニエスが本を手に取り、ページをパラパラと捲っていく。次第に、アニエスの顔には笑みが浮かんでいた。本を閉じ、イッカクへ視線を向ける。
「ーー訂正しよう。これは、紛れもない恩恵だ」
「俺モ、ソウ思ウ」
球体へ戻ったものを手に取り、イッカクは力強く頷いた。




