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従魔契約.4

 ちょっと長いです。

 夜。俺はどこからか聞こえる、クスクスという笑っている様な声に起こされ眼を開けた。周りには誰も居ない、お腹にはライムが乗っている。


「ライム、聞こえたか?」


「なにー?」


 ……気のせいか? 俺は身体を起こし、窓から外を眺めた。すると、またしてもクスクス……と小さく笑う声が。その声は外から聞こえている。なんだ?


「ライム、一緒に来てくれ」


「おー」


 外へ出て中央に向かうと、ペトリアークさん、イッカク、そしてイッカクに担がれているアニエスさん。領地前で警備をしていた二人のエルフが、既にその場に来ていた。寝ているアニエスさん以外、皆の視線は空へと向けられている。他の住民も、次第に集まってきた。


 アニエスさん、あれって寝てるだけだよな? 身体びよーんて伸びてるけど。


「アニエスハ、一度寝ルトソウソウ起キナイ」


 俺の視線を感じ取ったであろうイッカクが教えてくれた。俺も皆にならって空を見上げる。月が上っており、辺りを照らしている。その月に時折影が映り込んでいた。あれは……。


「カイルさん、ウィッチです。いつもより数が多い」


 真剣な顔で、ペトリアークさんが教えてくれた。ーーウィッチ。人型の魔物で、一番の特徴ともいえるのは魔法を扱えること。木の棒みたいな物に座り、上空を漂っている。数えるだけで十は超えていた。クスクス……と笑っているだけなのが、不気味さを引き立たせている。


「自分達に被害はもう無い、と確信したのかもしれませんな。いやはや、カイルさんが来てくれて助かりました。ささ! お願いします!」


「え」


 どうぞ我々の事は気にせず存分に! というペトリアークさん。いや、え? 届かないよ? 愛剣も折れてるし。


「ラ、ライム。何とかなるか?」


「やってみるかー!」


 そう言ってライムは決めポーズを取り、スキルを発動する。発動したのは、擬態。眩い光を発した後、現れたのはーーリリだった。おぉ! と周囲からも驚きの声があがる。


「いくぞー!」


 そして、勢い良く跳び上がり、そのまま地面へ着地した。


「……ライム?」


「とべないー!」


 リリの姿でしょんぼりとした顔をするライム。いや、可愛いなおい。その後も何度かおりゃー! とりゃー! と気合を入れていたが、結局飛べることはなかった。ウィッチ達も、こちらの様子を見てクスクスと笑っているだけで、何もしてこなかった。


「カ、カイルさん?」


 ペトリアークさんも、流石に困惑の表情を浮かべている。


「ライム、今度リリに飛び方教わろう、な?」


「わかったー」


 そう言って、ライムは擬態を解除して肩へ乗ってきた。……さて、どうするか。現状、地上まで降りてきてくれないと話にならない。悩んでいると、こちらへ駆けてくる人達が。アメルとカドリィだった。


「カ、カイルさん! すみません、お待たせしました!」


「いや、大丈夫。向こうから今の所攻撃は無いんだ。でも、こっちも攻撃手段がなくて困ってる」


「じゃあさ、じゃあさ! アメル、私達でやっつけちゃおうよ!」


 そう言ってカドリィが弓を取り出した。アメルも、カドリィから弓を受け取る。


「アメル、いけるの?」


「教えて頂いたんで、多少は。……やってみます!」


 他の弓を持ってる人も一緒にー! カドリィの声で、弓を扱える人が各々構えを見せた。カドリィが先手を切っていく。


「えーい!」


 放った矢は、ウィッチに届くこと無く地面へ降り戻ってきた。あ、危ないぞ……! 他のエルフ達の矢も同様の結果だった。


 制空権を取られると、ここまでどうにもならないかと思ってしまった。そうだ、魔法は?


「魔法は大抵の者が使えますが、森を傷付ける訳にはいかず撃つことが出来ないのです」


 俺の心を読んだかのように、ペトリアークさんが先んじて話してくれた。それじゃ、仕方ないのか。やはり、地上に降りてくるのを地道に待つしか……考えながら周囲を見渡すと、アメルはまだ矢を引き絞っていた。あれ……弓ってあんなにしなるんだっけ? そう思う程、弦と握っている柄の部分がこれでもかと曲がっていた。


「……っ!」


 アメルが指を離し、矢が勢いよく飛んでいった。勢いそのままに、見事ウィッチの一体へ命中してみせた。矢を受けたウィッチは、乗っていた樹ごと地面へ落下していく。


「アメル……すごい、すごーい! やったやった!!」


 喜びをあらわにしたカドリィが、アメルへ抱きつく。アメルも笑顔を見せていた。だが、上空にいるウィッチ達の様子が一変するのを感じた。


 ーー不気味な笑い声が、消えた。その代わりウィッチ各々が、言語の分からない言葉らしきものを紡ぎ始めていく。あれは?


「まずい、詠唱だ!」


 エルフの一人が告げた。ウィッチ達は片手を上げ始めた。その手には火や風の様なもの、それらを丸く圧縮した球体が浮かび上がっている。ま、まずくないか?


「戦闘が出来ぬ者は避難だ! 急げ!」


 ペトリアークさんが慌てて告げ、エルフ達は避難を始めた。それと同時に、地面へ向かって一斉に投げられる魔法の弾。それらはここへ、なんならアメルへ目掛けて一直線に飛んできた。


「……なんだい、騒がしいね」


 ガリッという音と共に、こちらへ飛んできていた魔法が空中でなにかにぶつかった様に弾け飛んだ。声のした方を向くと、アニエスさんが起き上がっていた。ガリッと聞こえたのは魔石を齧った音か。


 俺と眼が合うと鼻で嗤った様な気がした、なにさ。イッカクに降ろしなと告げ、地面へ降り立ったアニエスさんはゆっくりとこちらへ歩いてくる。そして、どこか楽しそうに俺へ話し掛けてきた。


「カイル、お困りの様だね?」


「正直、めっちゃ困ってます」


 ウィッチ達は次弾を放つべく、上空で詠唱を再開していた。


「ーー従魔契約、今ここで出来るかい?」


「え? も、勿論することは可能ですけど。良いんですか?」


 アニエスさんの頭上は『従魔契約可能』の文字が健在している。


「私の望みが叶うなら……いや、そうなってもらわないと困るんだが。この状況を打開することは出来る。だが」


「なんです?」


「カイル、いや……これからは主様と呼ばなければいけないね。一つだけ質問させておくれ。主様はーーーー従魔となった私に何を望む?」


 真剣な表情で俺を見据えるアニエスさん。チラリと上を見ると、どんどんと完成していく魔法の弾が。俺は慌てる心情を抑え、こう告げた。


「--望むべき力を手に入れても、理由無く人に危害を加えるのは駄目だ。他に何か強いるつもりはありません。約束、してもらえますか?」


 アニエスさんが言っていた恩恵と誓約。それに則って提案した。アニエスさんは眼を見開き、ゆっくりと口を開いた。


「……いいだろう、お安い御用さ」


 フッと笑い、アニエスさんは眼を閉じた。【東の魔女】なんてギルドの文献にも記載があった、異名が付いている人の実力なんて……どんなもんか分かったもんじゃない。それでも、最低限の制限は掛けることが出来たし良しとしよう。


 俺はアニエスさんに近付く。


「じゃあ、いきますよ?」


「あぁ、いつでも」


 甘いね、とアニエスさんが言った気がした。


「ーー従魔契約!」


 アニエスさんの身体が眩く光りだす。やはり周知の様で、アニエスさんは微動だにしなかった。光が収まりアニエスさんの頭上には『従魔契約成立。従魔不死の魔女』の文字が。


 うん、魔女は分かる。不死? 不死ってなんだ。アニエスさんは眼を開け、一度身体を見回し今までにない笑みを見せた。そして、手に持っていた魔石をもう必要ないと言わんばかりに投げ捨てる。上空からは、既に放たれた魔法弾が降り注ぎこちらへ迫ってきていた。


「……フン」


 アニエスさんが手をかざすと、魔法弾はまたも空中でなにかに衝突したように弾け飛ぶ。どうなってるんだ?


「このままでも良いが……折角なら戻ろうかね」


 次の瞬間、アニエスさんの姿がどんどん変化していく。それは老婆の姿から、大人の女性へとみるみる変貌を遂げていく。


 若々しくなったアニエスさんは、猫背だった背は真っ直ぐに、白かった髪は艶のある黒髪になっていた。内側は赤く色づいている。綺麗だったけど、その……布面積が足りていなかった。今まで、ローブの様な物を一枚だけしか着てなかったの? 風邪引いちゃうよ? 俺は思わず顔を背けてしまう。それを見たアニエスさんは苦笑していた。


「ハハハ、主様よ。私は服を作ることは出来ないからね。みすぼらしい格好だが許しておくれ」


「そ、それは別に良いんですけど!」


 し、刺激がっ! 俺も男の子なんです! 後ろからの圧も凄いんです! お構いなしに、アニエスさんは話を進めていく。どこか、気分が高揚している様だった。


「久方ぶりの感覚……フフ、やはりこうでなくてはな。さて……と」


 そう言って、アニエスさんは空にいるウィッチを凝視した。


「お前達、私が何も出来ないのを良いことに、随分と調子に乗っていた様だね? 別に悪いとは言わない。が、限度がある」


 アニエスさんは、手をウィッチへと向ける。そして、こう告げた。


「爆ぜろ」


 ーーーーその言葉と同時に、上空が光に包まれた。昼間かと錯覚するほど周囲が明るくなったと思った瞬間、広範囲の爆発が起き、あまりの音に俺達は慌てて耳を塞いだ。


「ハハハハハハハ!!」


 周囲が唖然とする中、アニエスさんだけがそれは楽しそうに笑っていた。


 爆発が収まり景色が開けてきた中で、ウィッチの姿は一体も残っておらず、月が何事も無かったかの様に顔を覗かせていた。

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