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15-1 黒魔女とダンジョン探索

 


 四人分の靴音が、暗い通路に響く。

 狭かったのは階段だけで、降りてみると中は存外広かった。石畳の床に、灰色の石材で舗装された壁。壁には所々凝った彫刻が施されていて、見るところだけ見れば何かの宗教施設に見えなくもない。地中、ということもあり中は存外綺麗なままだ。


 ……それこそ、不気味なくらいに。


「敵もトラップもないんだね〜? つまんなーい」


 リズが、ジャックにくっ付きながら不満げに言う。道が広かったので、隊列はもうバラバラになった。リズもジャックも、どうやらこういう探索には慣れているようで、物怖じせずにどんどん進んでいく。


「ねぇ、ここ本当にお宝あるの〜?変じゃない?ダンジョンのくせにこんなに何も無いなんてさ〜?」


「……確かにな。ここは少し変だ……」


 ……どうやら、異様な空気を二人も感じているらしい。私はダンジョンなんて入ったことがないから分からないけれど、でも嫌な感じはビンビン伝わってくる。気味が悪い程の静寂に、なぜか背筋がぶるりと震えた。


「ねぇオルガ。貴方、何か気づかない?」


 何気なく、そうオルガに話を振った。

 しかしオルガは小さく肩を竦めるだけだ。


「ま、変だとは思いますがねぇ。特に何も……。私も何分、魔力はほとんど封じられているので、お嬢様達より少し夜目が効くくらいですし……まぁ、聞こえるのは鼠の足音程度でしょうか」


「そう……」


 本当に、このまま何も起こらないといいんだけど。


 不安な気持ちをかき消すように、きゅう、とドレスの裾を握りしめる。すると前方から、小さくため息が聞こえてきた。


「……おい、エレナ」


「な、なに?」


 いきなり声を掛けられ、つい顔が引きつってしまう。ジャックはなんだか少し迷うような表情を浮かべ……それから、そっとこちらに手を伸ばした。


「……え?」


 ぽすん。


 彼の大きな手が、私の頭に柔らかく着地する。突然の事に思わず足を止めれば、ジャックはそのままわしゃわしゃと私の髪をかき乱し始めた。


「ち、ちょっとジャック?!やっ……何するの?!」


 パンっと彼の手を弾き、キッと睨みつける。何なんだ、いきなり。レディの頭に触って撫で回すなんて、紳士としてあまり褒められたことではない。

 しかしジャックは、ゆるりと柔らかい微笑を浮かべていた。


「……そう不安げな顔をするな。お前は俺が守る」


「……っ!」


 芯の通った瞳が、真っ直ぐ私を見つめている。……緊張を、解そうとしてくれていたのか。お優しい彼の事だ。私の不安心に、きっと気がついてしまったのだろう。仲間として、その気遣いがなんだか少しくすぐったくて、私はふいと彼の瞳から目を逸らした。


「ど、どうも……ありがとう……」


 消え入りそうな小さな声でお礼を言えば、ジャックが視界の端で、また微笑んだような気がした。なんだか心がぽわぽわする。顔も多分、少し赤い。

 それを誤魔化すように私はまた、顔を前に向け、歩みを進める。

「ヒュウ」とこちらを冷やかすようなオルガの口笛と、リズの呪詛がこもった視線は、とりあえず無視しておくことにした。




 カツカツ。カツカツ。


 暗い通路を、ランプの光が照らす。

 鼠も、植物も、命の気配は一つも感じられない。あ、でもオルガが鼠の足音が聞こえるって言ってたから、いる事には居るんだろうか。ずっと入口が閉じられてた割に、酸素はあるみたいだし……。案外どこかの洞穴に通じていたりするのかもしれない。

 そんなことを考えながら、しばらくの間会話もなく、ただただ進み続ける。

 するとようやく、長かった一本道が終わり、二又の分かれ道が現れた。


「……別れ道、か」


 目の前の二つの道に視線を這わせながら、ジャックが言う。二つの道に、特段変わったところはない。ランプが照らす限りを見れば、同じような道が二つ、ずっと先まで続いている。


「お前ならどうする?リズ」


 ジャックは隣にピタリとくっついていたリズに、硬い声音でそう問いかけた。……よく見れば、リズはもうジャックの腕から手を離している。彼女の双眸は、ただじぃっと目の前の二つの通路を見据えていた。


「……そう、だなぁ」


 至極真剣な顔つきでブツブツと何かを呟くリズ。そこに、あの普段のぶりっ子の面影はない。……確か。リズは盗みが専門分野なんだったっけ。馬車の中で聞いた話を、なんとなくぼんやり思い出す。泥棒としては中々の腕前で、これまでこっそり何回もダンジョン破りとしてきたそうだ。押しかけるような形で付いてきた彼女だったけれど、こうして考えてみると、来てくれて良かったのかもしれないなんて思う。

 ……いや、トラブルメーカーには変わりないので、そこはちょっと考える余地がありそうだが。


「……だからね、ここは、二手に別れるのがベストだと思うよ」


 私が隅っこでぼやぼやしているうちに、どうやら方針が決まったらしい。

 リズの提案に、ジャックと少しだけ考えてから、コクリと頷いた。


「なら、そうしよう。お前が言うなら、きっとそうなんだろうから」


「……えへへ」


 ジャックの言葉に、リズはへらりと微笑んで見せる。……ああいう笑顔は、年相応の無邪気な女の子に見えるのになぁ。


「で?分かれるのは良いとして。組み合わせはどうするんです?」


 小さく手を挙げ、オルガがそう言う。

 またもここで組み合わせ問題の発生だ。しかし、今回は別にそう困るようなこともない。ここはやっぱり宿屋での組み合わせがベストで……


「はーい、私、エレナちゃんと組みま〜す」


「……え?」


 突然、リズにパシリと手を取られる。意外な言葉に、思わず目を見開く。

 ……いや、え、本気?

 あのリズが??私と一緒に???……正直、背後から刺されるとしか思えないんだけど。


 どうやら他の二人も考えることは一緒のようで、なんだか呆気に取られたような表情を浮かべている。当のリズ本人はといえば、まるで仲の良い友達同士みたいに私の手に指を絡ませ、ブンブンと振っている。


「お、おい、リズ……?お前、何企んでる……?」


 ジャックが途切れ途切れにそう尋ねる。リズ以外の全員の気持ちを代弁したかのような言葉に、私もオルガも無言でコクコクと頷いた。すると、リズは大層心外だとでも言わんばかりに


「ちょっと何それ!どーいう意味よ〜!?」


 と顔を真っ赤に染めた。いやどういう意味も何もそのままの意味なのだが。だって、あんまりにも気味が悪すぎる。こんな手のひら返しみたいな事をされて、素直にはいそうですかと頷く方がおかしい。


「私だって、好きでエレナちゃんと行く訳じゃないもん!ジャックと一緒に居たい!けど……流石に、ダンジョン素人二人をくっつける訳にもいかないでしょ〜?!」


「あっ、そうね……」


 言われて、納得した。

 確かに、私もオルガもダンジョンについての知識も経験もない。それに、二人とも戦力にもならないし。それなら、この二人が分かれてどちらかに着くのが妥当と言えるだろう。


「私は、エレナちゃんとジャックを二人きりにするのが嫌だからエレナちゃんと組むの!なんか文句あるー?!」


 キンキンするような甲高い声で、リズは一気にまくし立てる。

 言っていることは間違っていない。むしろ正しい。まぁ……私もリズと組むのはごめんだけど、でも後から要らぬ嫉妬を向けられるのもごめんだ。これ以上は刺されかねない。


「いいわ、私はリズと行きましょう」


 ブンブン振り回されまくっていた手をパシンと払い、私はそう言った。オルガの唇が、面白いことなったと言わんばかりに歪む。


「お、お前本当にいいのか……?リズだぞ……?」


「しつこいわよ、ジャック。私がいいと言っているの。……それに、色々考えもこれがベストだわ」


 きっぱりと、私はそう言い切って彼らに背を向ける。ジャックはまだ多分納得していない。……これ以上話したって、きっと無駄だろう。


「じゃ、決まりだね!はいはーいそれじゃ、二手に分かれてレッツラゴ〜!!」


「あっ、ちょ……!やめてよ、リズ!」


 リズがニコニコしながら、グイグイと私の背を押す。細腕の割にかなり力が強くて、気をぬくとコケてしまいそうだ。リズの腕を鬱陶しげに払いつつ、私は後ろを振り返る。そこには、ニコニコと変に機嫌がいいオルガと、対照的に心配そうな表情でこちらを見つめるジャックがいた。


「じゃ、なんかあったら連絡してね!一通り探索終わったらまたここに集合って感じで〜!」


 ニコニコ元気よく笑いながら、リズは後ろを向いて手を振る。


「お嬢様、リズ様。……どうぞ、お気をつけて」


「え、ええ……」


 パタパタと手を振り返すオルガにそう頷いて、私はまた前に向かって足を一歩踏み出す。ジャックが何か言いかけたような気がしたが、聞こえなかったので無視しておくことにした。どうせまた「でもだって」のアレだろう。

 ……少し過保護だよな、あの人。


 目の前は真っ暗だ。全部全部、飲み込んでしまいそうなほどに。……秘密を、隠そうとするように。


「……ばいばい、ジャック」


 リズの声も、きっと闇に飲まれて、ジャックには届かなかったのだろう、と思う。




 ……ポツリと灯るランプの光は、少し先を、心もとなく照らしていた。





お久しぶりです……遅くなってすみません……。

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