スタンド・アット・スタートライン
「さて、座学をしても仕方ないんでな。朝一から体を動かしてもらうぞ」
「ウッス」
「高田くんは私と見学ね」
次の日のこと。
日が昇った直後に叩き起されたボクと藤高は広めの庭へと通された。なんでも、魔力の素質は藤高の方が高いらしく、組長は戦闘のいろはを藤高に叩き込むつもりらしい。
藤高は眠そうに目を擦りながら、片手にエアガンを構えた。
「ま、見学って言っても資料には目を通してもらうけどね! 作戦に穴がないか私と確認するのさ君は! しんどいぞぉ頭脳労働は!」
作戦名は後々確認するとして、パラパラと目を通した紙切れを記憶する。
「……超法規的措置とか取らないのかこれ」
「何言ってんの! 私たちテロリストじゃないんだよ?」
「似たようなもんでしょ……」これから戦争しようって連中だろうに。「それに、お縄にかかった仲間って、大丈夫なのかよ」
ちらりと訓練の方を見た。
離れた的の中心を何度も射抜く藤高に、組長が感嘆の声を漏らしている。
的三つ程度なら、藤高は注視して無くても当てられるだろうな。
「ウチの方がよっぽど使えるんじゃない?」
「ところがそうでもないんだな、これが。元は私と同期だった人なんだけどねえ、私、その人に魔力のことを手解きしてもらったの」
言われてから、確認も兼ねてもう一度資料を見る。
「名前……のところ、まともじゃないんだけど」
「ま、この人も異世界人だからね」
「なんでもかんでもそれで納得するわけじゃないからな?」
とんでもなく物騒な作戦書だ。脱獄の手助け……というか、捕らえられた仲間の解放か。
「罪状はなんだったんです?」
「表向きには激発物破裂罪ってやつだね。やったのは本人じゃなくてNSだけど」
「内乱罪じゃないんだ」
「そこはほら、ね? まだやってないからさ」
濡れ衣を着せられて逮捕というか、そうかなるほど。NSの仕業ということは、証拠隠滅のために監禁されていると。
「…………一応言っとくけど、この人も表向き、死んだことになってるから」
「スサノオみたいに?」
「そうなるね。死刑になったことになってるだけで、実際は監禁されてるわけだけど」
重要な情報を握っているから殺さないか、単純に殺せないほど強いのか、そのどちらかだろうな。
ボクらの手助けなどいるのだろうか、この作戦に。
「ま、君らは今回見学さ。いきなり実戦投入なんて出来るわけないし」
分かっていたことだけど、不満だ。
基礎からじっくりやってもらうと春原は言うが、それだと使い物になるのは何年後になるか。
ボクだけで生き残る自信はないし、スサノオがそれまで生きている保証はない。
なんだかおかしな話だ。ボクが何かに固執するなんて初めてのことだ。それも何かを成し遂げたいだとかの、前向きな感情とも違う。後暗い組織と関係を築き、後ろめたいことに手を貸そうとしている。
良心が欠片でもあるのなら、止めるべきなんだろう。でも、誰を? どうやって? 時代は既に動き出していて、ボクはその渦中にいる。スサノオはあれだけ派手なことをやったのだから、きっとそのうち誰もが気付く。
人ならざる何かの存在。
背後に渦巻く大きな何か。
支配されてきた歴史に。
「母さんがよく言ってたよ、人間というのは支配を嫌うんだって」
「…………母さん、ね」
「何かおかしなことでも?」
「高田くん、私はこれでも探偵なんだよ。君のバックボーンは調査済み」
ちらりと藤高の方を見た。組長との組手に移るらしい。あいつ殴り合いは苦手だけど、どうするんだろう。
「高田広希。16歳。この春から高校二年生になったばかり。性格は冷静沈着で成績優秀。運動は苦手。見たものを全て記憶出来るというのは本人の言葉。家族は母が一人いるのみ。血液型はAで、遺伝子検査をしてみたところ――」
「母さんとは血縁関係が見られなかった。それが何か?」
春原はギョッとした顔をする。
「血の繋がりなんて、そんなに重要なものじゃないから」
あーあ、藤高のやつ派手に吹っ飛ばされてんな。ダメージ明日まで残るぞ。しかし大したもんだ、全身痛いはずなのに諦めずに向かっていくなんて。ボクにはとても――
「ドライすぎない!?」
「何」うるさいなぁ。「今いいとこなんだけど」
「いやさ、いやいや……普通、わかった時にこう……」
「落ち込んだり、精神を病んだり?」
「ラジバンダリ……そう、そういうのあるはずでしょ」
「慣れてるんで、そういう裏切りには」
なんせ、ボクは一度見たものを――というより、五感を通して感じたものを忘れることができないから。
だから、全部覚えている。
「一々落胆してたらキリがない」
「強靭すぎる。狂人すぎる」
散々な言い草だ。
「スサノオよりマシだ」
「比較しちゃダメなやつでしょそれ」
他人は簡単に他人を裏切るものだ。
言葉や行動。心の内。態度。性格。
何もかもが合致していて、決して裏切らない人間なんて作れるわけが無い。
「いいよ。なんだかそんな気はしてたんだ。母さんはボクに似てないって思ってたし、無いなら無いで、何も変わらない」
むしろ、それくらいの方がいい。血も繋がっていない、腹を痛めて産んでくれたわけでもない、そんなボクを育ててくれたのだから。
滅多に帰ってこない人だけど、それでも母と呼ぶに足る人だ。
「ところでさ、この計画書のここ、もうちょっと練った方がいいんじゃないか?」
「はぁ、高田くんは本当に……」
「ほら、作戦には口出ししてもいいんだろう?」
「はいはい、ちゃんとお聞きしますよ――」
◆ ◆ ◆ ◆
「随分絞られたね藤高」
「うるせぇ、こんなもん屁でもねぇよ」
「やる気満々じゃん」
「見てろって、即戦力と呼ばれてやるぜ」
昼飯の後、藤高の体に湿布を貼りながら傷の具合を見た。
たった半日で、まぁよくこんなに青タン作ったもんだな。
「午後からは時間取って瞑想だっけなぁ」
「ニュース見る時間あるのかな」
「なに高田。ニュースとか今更見て意味あんの?」
「スサノオのことさ。どう報道されてるのか知りたい」
藤高にはあまり無茶はさせられないな。
方舟で負ったダメージも、まだ回復しきっていないだろうし。
「ま、ご飯の時くらい落ち着こうよ」
「ありがてぇ、飯はゆっくり食いてぇよ」
弁当の蓋を取る藤高を脇目に、テレビをつける。
世界機構がNSのものというのなら、当然スサノオの動きは大きく報道されないだろう。テレビとネットの反応を比べるしかない。
案の定、テレビのニュースで報じられたのは一瞬で、なんだか期待外れだった。半端な隠蔽だと思ったが、そうか、完全に隠すのは無理がある。
それに、その裏で動いていたマステマ達のことには触れていない。下手なことは言っていないようだ。上手いやり方だな。
スサノオは見事に、視線を集めたようだった。




