レディー
好奇心がジクジクと疼く。
知りたい、と思ってしまう。
スサノオは知っているのだろうか。この世界の真実を。
共通言語よりも前のことを、世界大戦より前のことを。この世界の成り立ちすら。
おそらく何かを知ったのだろう。だからこそあいつは変わってしまったのだ。
「ずるいな、あいつは」
「高田、悪いことは言わねぇ。やめとこう」
「いーや、これは譲れないね。譲らないよ。ボクよりアイツの方が物知りなんていうのは我慢ならない」
好奇心か、この厄介者め。どれだけボクを振り回せば気が済むんだ。
まぁ、しっぽ振ってついて行くのはボクなんだけど。
「それで、紅葉組の目的は?」
「無論、日本を取り返す」
口調は強く、確信に満ちている。出来ると信じて疑っていない。
同い年くらいに見える女性なのに、なんと強気なことか。
はだけた着物を直し、組長はしっかりとボクらを見据える。
「さて、ここまで話してしまった後で申し訳ないが、改めて聞こう」
その瞳がギラリと光る。
「我々に協力してくれるな?」
さて、どう出よう。
こう来ることは薄々分かっていたというか、事情聴取からこっち、こうなるだろうなとは思っていた。ユダに出会ってから全てが変だ。
世界はまるで変わってしまった。
今まで通り、平和に、何も知らずに生きていられたかもしれない。けれど、それはもうできない事だ。
ボクと藤高は、世界の真実の、その一端に触れてしまった。世界を支配しているのが人間でないなんて、一体誰が想像するだろう。ボクだって想像しなかったことを。一体誰が。
ちらりと藤高のことを見た。いつも通り、そこにいる藤高は何も変わらない。安心でも不安でも、期待でも失望でもない。ただ、ボクに判断を委ねた顔だ。
信頼して、答えを待っている。きっとどうなっても、藤高はちゃんと着いてきてくれるだろう。
それだけで気分が楽になる。
何を恐れる必要があるんだ。誰が相手でも、どんな結果になったとしても、ボクは後悔しないでいられる。
地獄の果まで、方舟の果てまで。藤高となら歩いて行けるだろう。
もう一度、藤高を見た。彼は黙って、組長へ応えるように手を向けた。
「協力します」
答えは最初から決まっていたんだ。
ボクは好奇心に逆らえない。
スサノオのことを知りたくなった。
方舟のことを知りたくなった。
一体どこまで深く世界を解き明かせるか、知りたくなった。
自分自身の限界を。
知りたくなってしまった。
なんだか、スサノオの――武神のようなことを言っていると思う。結局は似た者同士なのかもしれない。
けれど、決定的に違っている点がある。
アイツは方舟に乗ることを選んだ。
ボクは方舟に乗らないことを選んだ。
それだけのことなんだ。
「その意気やよし」
復讐でも報復でもない。
これは戦いなんだろうな。世界を解き明かし、日本を取り戻し、NS二その力を知らしめて。
ボクたちの存在で威嚇する。
それが目的なんだろう。
我々はこれだけの戦力を持っているぞ。いつでもかかってこい。返り討ちにしてやる。
そういうことなんだ。
穏便なやり方があるはずだと言いたかったけど、相手は元警察組織だ。そのやり方がどれだけ変質したかは分からないけれど、ボクのような――さっきまで一般人だった物すら引き入れようとするのはきっと、最終手段だ。
「なら数日は泊まっていくと良い。訓練を付けよう」
帰す気がないあたり、その覚悟が見て取れる。
まぁ、育ての親はほとんど家にいないから、別にいいか。
◆ ◆ ◆ ◆
「藤高、家に連絡した?」
「高田んとこに泊まるって言っといた」
「あーね」
今日は色々あったな、なんて言いながら、二人して軒下で涼む。
本当に色々あった。
方舟からの脱出、ユダの筋肉、トビラの存在、スサノオのこと。
世界の真実。
人とNS。
「覚えきれねぇよ、オレ」
「大丈夫だ。そこはボクが負担する」
沢山のことがあった。
何に巻き込まれてしまったのか、なんとなく見えてきた。
誰もそうは言わないだけで、これは、紅葉組と方舟の戦争なのだろう。
組長の紅葉 楓は、これにどれだけの覚悟を持って挑んでいるのだろう。まだ若いはずなのに。
NSと戦うこと。きっとその中で、スサノオとも出会うはずだ。
目を閉じて、今日の記憶ゆっくり反芻する。
しばらく待っていたのか、藤高が言う。
「あのさ」
「なに、藤高」
「お前、そんなに武神のこと好きだった?」
「…………いや、むしろ気味が悪いと思ってた」
スサノオが一番荒れていた時期に、話に付き合ったことはある。でもそれだけだ。ボクとスサノオはそれ以上の関係がない。
「まぁ、確かに下手に刺激しないように手を回したり、擁護したりはしたけどさ」
「それよ、それ。不思議なんだよな。高田さ、なんであいつ庇ったわけ?」
「ああ……」
そこか、確かに言ったことがなかった。
「兵隊が欲しかったんだ」
「はぁ?」
「ボクは戦えないから。だから少しでも戦力が欲しくて、恩を売ったんだ」
「いや、いやいやちょっと待てよ。じゃあオレも?」
「そうだよ。何か不満?」
「…………今が違うならいい。なんで欲しかったわけ?」
「戦えないからだよ。今は戦争がない時代だけど、そんなのきっと一時的なもんだと思ってたから」
だから、生き残る術が欲しかった。
ボク一人ではどうもならない。筋力も体力もないし、拳法なんて触れたことすらない。カリスマもないし、人と相対した時に、どうにもならない未来しか考えられなかったから。
そんな風に思っていた時、藤高に出会ったんだ。中学一年の時のこと。
「なんだか懐かしいって気分になったよ。お前に初めて話しかけたの、たった三年前のことなのにさ」
「結構前だぞそんなの」
「ボクにとっては昨日と同じさ」
全部覚えている。一つも忘れたことがない。
また目を閉じて、かつての日にピントを合わせて眺めていく。
遠くから足音が聞こえてきた。これは記憶の中にある音じゃないな。
「ま、正解だったかな。ホントに戦争になるっぽいし」
「あーあ、まんまと乗せられちまったよな」
「悪い気はしないけどね。ボクも藤高も評価されてる」
「いーや、少なくとも評価はされてないッスねぇ!」
隣にどっかりと座ったのは春原だ。
なんだかいやに距離が近い。
「まんまと乗せられたな少年たち。地獄へようこそ!」
力強く肩を組んで、睨みつけるようにボクを見る。
地獄か。方舟を知ったボクらにとっては皮肉だな。
「なぁ二人ともさ。これで良かったとホントに思ってるの? 期待されてるって、本気で思ってる?」
真剣な表情で聞いてくるものだから、こちらも考え込んでしまう。
答えあぐねていると、藤高が言った。
「オレは思ってない」
意外な言葉だった。
「期待されてるかどうかってのは後から分かるもんだろ。今はどうでもいいことだ。それに――」藤高がボクのことを見て。「コイツはやるって言った。だから着いていく。それだけだ」
春原が「頼もしいことッス」と囃し立て、どこか遠くを見つめた。
「なんで、関わろうって思ったの?」と、ふとした疑問を口にして。「私、ちゃんと止めたと思うけど」
彼女はどうしても知りたいらしかった。
「ホントにさ、いい事ないよ。そりゃ組長は美人だし、もしかすると色々知れるかも。でも、それってそんなにいいことかな?」
呆れた人だと思った。
ボクらは人間だ。だから知りたいと思う。それは、そんなにおかしなことだろうか。
ボクには理解できない。一度は支配したこの世界を手放して、人でない何かの手に委ね、それで良しとするその心理が。
その意味で言うと、スサノオは利口な方なんだろう。自ら支配者の側に回ったから。きっかけがなんであれ、どういう思惑があるにせよ、やつには「支配したい」という願望があったことになる。
色々腑に落ちたのは確かだ。
「良いに決まってるでしょう」
羨ましいと思った。
スサノオの立つ場所が。
方舟というフィールドに憧れるわけではない。
でも、いわゆるそう言う、世界の裏側を知れることに、少なくない羨望があった。
「知りたいんです。この世界のこと。死んだ後のこと。人間がどういう生き物で、じゃあNSはどんな生き物なのかって」
あの日。
ユダと出会ってから。
歯車は回ったままだ。
「好奇心には誰も勝てないから」
でも、中心にある歯車はボクじゃない。ボクはただ、どこか端の方で、誰かと噛み合って上手く回っているだけだ。
辛うじて回っているだけ。
「春原には言っておくけど、正直、日本を取り戻すとか言うのはどうでもいいことだよ。少なくともボクにとっては。重要なのは、ボクは不可欠な駒になるかも知れないってことなんだ」
自分の能力を疑ったことは、一度だってない。
「支配がどうとか、そういうことじゃなくて」
だからこそ、だからこそ。
「ボクはただ、試してみたいんだ」
自分がどこまで通用するのか。
それを試したい――いや、これも、違うかな。
不満なんだ。
スサノオを従えていたはずだった。
アイツの心を掴めていたはずだ。きっと今もそう。だからこそまだ生きている。
なのにアイツは別の誰かの下につき、その暴力を、違った方向へ発揮し始めた。
ボクに被害は無かったけれど。
でも、ボクならもっと、アイツを上手く使ってやれた。
そうなれば、選ばれたのはスサノオではなくて、ボクだったはずだ。
世界にその存在を知られていたのは、ボクだったはずだ。
「そのためなら何だってやってやりますよ。仲間もいる。後ろ盾もある。情報だって揃い始めた」
自信はある。
「次は負けない」
今度こそ、スサノオに勝ちたい。




