アンノウン・ヒストリー
来週からもちゃんとやりまーす
煙管をたっぷりと吸い、組長は余裕のある仕草でゆっくりと吐く。
煙をくゆらせてからしばらく、ボクらは黙って話を待った。
「なに、くだらない事さ。君たちの考えを聞きたかった」
灰皿に煙管を置いて。
「もし復讐を、と思っているなら始末する。その為にこの部屋を用意しておいた。君らは気付いていないだろうが、畳を返せば罠が沢山仕込んであるものでね」
組長の目は落ち着いていて、今まさに殺人の手前にいる人とはとても思えない。
「しかし、そうか。君は――少なくとも高田。君は――あのスサノオとやらを助けたいんだな」
助ける、か。少しだけ違う。
「罪は裁かれるべきです」
「その意気や良し」
手を揉んで、今度は視線を藤高に移す。
「さて、次は君だよ藤高くん。君は何か新しい情報を持っているかね?」
「いや、何も」
「自信満々じゃないか」
「無くていいんだ。オレは高田の決定に従う。そう決めてあるから」
満足気に頷いて、組長は姿勢を正した。
「いいだろう。ならばこちらも知っていることを話す」
「ちょっと組長」
「いいんだ春原。今は少しでも戦力がいる」
「この二人を引き入れるって!? 無理ッスよ、いや、というかダメッス! さすがに止めますって!」
言い争う気がないらしい組長に、春原が噛み付いた。
「確かに色々動いてる時期ッスよ、でも子供を戦わせるなんてどうかしてまス! そんなのは大人になってからでいいし、こんな世界は関わる必要も無い!」
「どの口が言う。君は子供の時から私とズブズブの関係じゃないか」
「私は事情があったでしょうが!」
鬱陶しそうに手を振って、なんとか春原を抑えようとする。しかし春原は止まらなかった。
「そうやって呑気に人を増やすから、無駄に死んだりするんですよ! 何人仲間を与えられたって、ろくに訓練も積んでなきゃ意味無いでしょう!」
「なら、訓練を付ければいいわけだ」
その言葉を待っていたとでも言うように、組長が柏手を打つ。
「戦力という意味なら、藤高くんはすぐ物になると思うがね。高田くんより余程動けそうだし」
「組長!」
「それに、彼は高田くんの決定には逆らわないと来てる。タッグを組ませれば効果は望めるさ」
蚊帳の外に追い出されたまま話が進んでいく。
出来る、出来ない、戦える、戦わせない。なんだかずいぶん物騒だ。
時計の針を追うのにも飽きた。話し合いはいつ終わるんだろうか。
「とにかくだ、春原。二人の意思が重要だろう。そこを確認してみないことには何も始まらない」
「そうだぞ春原、ボクの話もちゃんと聞け」
自分は敬意なんてあまり持たない人間だけど、止めようとしてくれたことには感謝しないと。ボクの意志を聞かずに吠えていたことは少し気に食わないけど、それはそれだ。
「さて、では少し話そうか。春原、君は席を外して……そうだ、次の作戦について把握しておいてくれ」
「…………高田くん、乗せられちゃダメだかんね」
春原は渋々引き下がり、部屋を出ていった。
ドスは襖に刺さったままだった。
「よし。……何から話そうか? 聞きたいことがあるなら答えよう」
「聞きたいことばかりです。方舟のことに、NSのこと。彼らの目的や、スサノオについても」
「残念ながら、スサノオについては何も知らないな。そこは自分で調べてもらうしかない」
お手上げだと言い、残りの三つに答え始める。
「方舟については幾つか説があるが、あれは死後の世界とするのが一般的だな」
「……天国みたいなものですか」
「君がそういうのを信じているかどうかは分からないが、そうだな。天国、地獄、その両方の役割を持つ特殊な場所さ」
輪廻転生という言葉を持ち出して、如何にも胡散臭い話を続ける。
「どういう原理かは分からないが、我々は方舟を通って産まれてくるという。その際に――いわゆる転生の時――トビラと呼ばれるものをくぐり、記憶を失うらしい」
随分と曖昧な話だ。死ななければ証明できないというならまだ分かるが、ボクらは確かに生きたまま方舟に乗って、そのまま帰ってきている。
「NSというのは向こうで神様が創る人モドキの総称さ。それ以上のことは分からない。どう人間と違うのかも、まだはっきりとは言えない。サンプルが少ないもので」
こちらの世界で生まれないことが、言うなれば明確な違いだろうか。
「さて、最後に彼らの目的だが……」
ちらり、とボクらを見て。
「……簡潔に言えば、世界征服だ」
「随分話が飛びましたね」
「いや、これが、困ったことに本当なのさ。実際、奴らの手はもうほとんど、この世界を握っていると言ってもいい」
ちょいちょいと手招いて、近くに寄るように言う組長。小さな机の上に、場違いなタブレットを置いた。
「これが『旧日本国』の組織図だ」
「なんで今更そんなものを?」
「学校では習わないことだからさ」
ゴチャゴチャとした組織図。細々とした字で、組織の名前が書かれている。
「ここに公安委員会、というのがあるだろう」
「昔の警察でしたっけ。というか、公安は今もありますよ」
「そう、公安は今もある。だが、先の大戦――第三次世界大戦が終結してから、トップが全てすげ代わったんだ」
今の世界とは比べ物にならないくらい、日本の組織図はややこしい。一つの地域を治めるのに、果たしてこんなに人が居るのだろうか?
「第三次大戦のあと、何が起こったかは習っているよな?」
「はい。全国境の撤廃と、それに伴っての共通言語の導入でしたよね」
「まだ日本語で話している人はいるがな。だがそうだ、君は優秀な学生らしい」
「家の爺ちゃんがまだ日本語だな。なんでも、マタギ同士の会話だと共通言語が使えないんだと」
「専門用語とか多いしな……」
「ともかくだ」
映った画像を指でズームして、公安のところをタップする。
「旧日本国公安委員会。つまりは旧日本国警察本部。これが、我々紅葉組の前身となる組織だった」
「えっ」
「待てよ。警察が今じゃヤクザだって? 冗談キツいぜ」
「さっき言ったろ。トップが入れ替わったんだ。国境の撤廃。新たな言語の急激な普及。そして新たな政府――世界機構の樹立。私たちは『日本』という国を失うだけでなく、2000年以上続けてきた天皇制も、連綿と続く内閣の制度も、そして自治権までも失ったのだよ」
出来すぎた話だ。
学校では、第三次大戦を終わらせたのは誰でもなく、神の導きと習――
「あっ」
神の導き。
死後の世界。
NSの存在。
なるほどそういうことか、言わんとすることが分かった。
「世界機構はNSの組織だと、そう言いたいんですか?」
「高田くん、君はやはり優秀な学生だな。是非欲しい」
授業で習ったことには確かに違和感があった。ずっと同じように歴史を習ってきたから誰も疑問を持たなかったが、確かにおかしい。
ボクらは1961年以前――つまり、第三次世界大戦よりも前――の歴史資料に関して、閲覧を禁じられている。大人たちは口を揃えて戦争の存在を葬るためだと宣うが、なるほどそうか。
「合点が行く。いってしまう。奴らは遥か昔から、こっちの世界に干渉してきたとすればあるいは、ですが」
「証明する手段はいくつかある」
タブレットの画面をいくつかスワイプする。
「これは今年の写真だ」
「えーっと……これ、東京の……」
「オタクの祭典と呼ばれるイベントでの写真だよ」
そこに写っているのは規則正しく薄い本の並ぶ机と、その向こう側にいる、一人の女――一人の――
「なんで、ミカエルがここに」
「おっと、驚くのはもう一枚の写真を見てからにしてもらおう」
組長が、後ろに並ぶアルバムから一冊選んで、ボクらの前に開く。
「日付を見たまえ。1972年の12月21日。これは、第一回『オタクの祭典』の記念写真だ」
そこに写っているのは、やはり一人の――
「……どうして歳を取っていないんですか」
――一人の女。
ミカエルその人だ。
「これは仮定だが、おそらくNSは歳をとらない」
だから世界機構の中身は変わらない、と組長。
「彼らは少しずつ私たちの世界を侵略してきている。ここにいる我々三人と、それから春原はおそらく人間だ。しかし、組員以外は信頼できないのが現状」
不味いな。
ワクワクしてきた。
「NSを追えば、世界の真理にたどり着けるかもしれない」
「それどころではないよ。死ですら解明できるかもしれない」




