やっぱりもう書き溜めがない
『首謀者の足取り未だ掴めず
〇月◇日、極東日本地区K県某高等学校で、生徒全員が殺害される事件が発生。首謀者と見られる男女は警察の包囲から脱出した。
世界警察本部は二人の行方を追っているが、未だに足取りは掴めず事件に進展はない。某高等学校周辺では、事件から数日経った今も警戒を怠らず、近隣住民に大事不審人物への注意を呼びかけている』――――
「アッハー、コレ見てよこれ、私新聞乗っちゃった!」
「……」
「いやー即売会での記念撮影は数あれど、こんなに写真映り悪いのは初めて! 文句言ってやろ!」
「……」
「ほら、スサノオもばっちり写ってるよ。ヘルメットで顔見えないけどさ」
「ミカエル」
「なーに?」
「なぜ俺の部屋に菓子を持ってくる」
僕の部屋で僕よりくつろぐミカエルを傍目に、広めにとったスペースで素振りを行う。二時間ほど続けたあたりで、ミカエルも見るのに飽きたのか、持参したらしいスナック菓子を貪り始めた。
そこまではまだいい。
「いいじゃーん。スサノオってばトレーニングばっかりでつまんないんだもん」
「菓子食った手で新聞見るな!!」
ゼウスから渡された新聞を、ミカエルはあろうことか油まみれの手で捲っているのだ。しばらくは我慢したが、もはや限界というもの。
「表へ出ろ! 喝入れてやる!」
しかもこの女、自分で出したゴミを片付ける気配すらないのだ。
部屋にくるや否や、数枚置いていた座布団を全て占拠し、だらけた格好で寝そべって……しかも下着同然で。だらしないったらない。
「おっ! またボコボコにされたいわけね!」
「調子に乗るなよ……!」
とにかく服を着ろと言いたかった。
言って聞かないから困っているのだが。
ノアから部屋を宛てがわれてからこっち、ミカエルはよく僕の部屋を散らかしに来ていた。皺の寄ったセーラー服を直すのはだいたい僕だし、来訪の度持ってくる、食べもしない菓子や飲みたくもないジュースで冷蔵庫を占領され始めている。良くない傾向だった。
「というか貴様、俺のプロテインをどこにやった! まだ残ってただろう!」
「ああ、あの金ピカの袋の奴? あんま美味しくなかったんだよね」
「食ったのか……!? 俺以外の奴が……!」
なんとしてでもミカエルを追い出さなければ修練もままならない。ここ数日集中できていないのは確実に、ミカエルが原因だった。
「スサノオさぁせっかく部屋貰ったのにトレーニングと食べて寝るだけじゃ勿体ないって」
「風呂とトイレもある」
「そうじゃなくってさ」
呆れたように言って、ミカエルが寝返りを打った。
「こんなんじゃ疲れちゃうよ」
「人によるだろ」
「いや、これはさすがにおかしいって。布団もないし」
「寝ないからいらない」
「マジで言ってんの?」
「ああとも」
眠れないのだ。
後悔など微塵もないはずなのに。
目を瞑って眠りに落ちると、あの日殺した人の影が夢に出て、足元に絡みついてくる。
どこか暗くて深い場所に引きずり込まれそうになって、決まって汗だくで目を覚ます。
眠れない。
けど、別に問題は無かった。眠れないなら寝なければいい。その分刀を握る時間が増えたから。
充実はしている。そのはずだ。
「目の下」
「なに」
「クマだよ。濃いと思ってた」
相変わらずよく見ている。
部屋には鏡を置いていないから気付かなかった。……そういえば、大きめの鏡がいるな。フォームの矯正も必要だろう。
「いや、だからさ。トレーニングもいいけど、遊ぼって言いたいの」
「いらん」
「ゲームとかさー、漫画とかさー」
「いらんと言ったら、いらん」
不満げな表情をしても無駄だ。遊びなどしている暇はない。
今は少しでも強くならなければ。
「しばらく大きな作戦もないし楽しもうよスサノオ」
「楽しんでるさ」
せっかく広めの部屋を貰ったのに、客人がいてはろくに鍛錬も出来ない。
大きくため息をついた。
なんだか今日は、ミカエルと試合いたい気分でもない。
「少し見回りに行ってくる」
「りょーかーい」
「さっさと帰れと言ってるんだ」
◆ ◆ ◆ ◆
方舟には時たま人間が『渡って』来ることがある。
ドクトル曰く死に際にしか発揮されない才能と、ゼウス曰く鬱陶しい侵入者と、人によって意見は分かれるが、とにかく。
最初、ここに来た時の僕のように、人間は決して方舟で歓迎されない。ノアが神官も含めたNSに命じる通常業務の中に警邏がある理由は、人間を方舟に存在させないため、ただそれだけだ。
方舟に入った人間の末路は決まっている。
問題はどう死ぬかだ。
「……いるな」
そんなわけで、今日も今日とて警邏中。
人間の気配を一人掴んだ。
魔力に触れ、扱いになれていく内、なんとなくだがNSと人間の気配を感じ取れる様になってきた。おかげで仕事も捗るというもの。
特に人間は分かりやすい。性別まで分かる。
いい感じの気配は男。それ以外は女だ。
今感じている気配は男。
珍しい事もあるものだ。警邏中、渡ってきた人間に出くわすのは初めてになる。
しかも男とは。運がいいのか悪いのか。
意志力で一気に距離を縮める。
その小さな影が見えてきた。
朧気だが分かる。
囲まれているな。前の僕のように、異形に囲われている。
仕方ない。放って置いてもいいが、どんな人間か見ておきたい。場合によっては方舟に引き入れるのもいい。
何度でも言うが、気配は男だ。
助けるに越したことはない。
さてどうするか。異形は三体。こちらに意識は向いていない。殺すのは簡単な事だが、一人庇いながらと考えると……
うむ、面倒だな。処理しよう。
刀を振るって異形の堅い肉体を切り裂く。サトリを使えば傷一つもつかない。
頬についた返り血を拭って、血振りした刀を鞘に収めた。
さて、侵入者のご尊顔を拝むとしよう。
表情を崩さないよう力を入れて。
「大丈夫か――」
「あ……ありがとう……」
ふむ、小さいな。
へたりこんでいるから正確な身長は分からないが、僕より小さいかもしれない。
華奢な体格になで肩。大きな目に、目の下のクマ。深緑の髪の毛は、先端でくすんだ赤に変わっている。
肉付きのよくない脚に、筋肉ではない膨らみ方をした、不自然な胸――
「お前女かよ!?」
「ぼくは男だ!!」
――方舟での拾い物は、女の体をした男だった。




