ハロー・ワールド
知ってる人は知っている。知らない人は覚えてね。
「じゃあ、もう一回確認するよ? 君はさっきまで方舟ってところにいて、筋骨隆々の男に助けられて、あのテロを止めようとして学校まで来た。すると首謀者は君の後輩で、意味深な――ええっと、つまり君の分はないって言って去っていったと」
「合ってます」
「いや、合ってないでしょう。そんな落ち着いて答えられても、君の証言はおかしすぎるよ」
バン、と強く机を叩く音。
目の前には狭いテーブルと、カツ丼。向かい側に座っているのは警察だ。
藤高も別の部屋で尋問されてるのかな、なんてことをぼんやりと考えた。
スサノオ達が撤退した後、ボクらに待っていたのは美味しいご飯に柔らかな布団ではなく、冷えた飯に硬い椅子の聴取室だった。
聴取開始からもう随分経ったと思うけど、開放される気配はない。
それにしても、この警官はボクの記憶力をまだ疑っているらしい。何分何秒にどんなことを聞かれて、いつカツ丼が出てきて、どんな風に答えたか、全部そっくりそのまま返すことができたのに。
ついでに言うと、学校に来ていた野次馬の、その一人一人の見た目まで全部答えられたというのに、まだボクを疑っているらしかった。
そりゃそうか、方舟なんて突飛な話、いきなり信じろと言う方が無理だ。事実、僕も未だに整理がついていないもの。
でも確かに方舟は実在していて、スサノオがそこにいたのも真実なんだ。
どれだけ嘘だと言われても、真実を曲げることは出来ない。
信じたくないものでも、今は信じなければ。
「埒が明かない」
「ええ全く」
「君が嘘をつかなきゃいいんだって!」
「ついてませんよ。全部本当ですから」
警官はウンザリした表情で、こめかみをトントンと叩いた。
「……本当に嘘をついてないとして。君と容疑者、えーっと――」
「スサノオ」
「そう、スサノオ。彼との関係は否定できないんだろ?」
「はい。それも、全く以てその通りです」
そう、ボクとスサノオの関係は否定できない。方舟でもう少しちゃんと話していれば、止められていたかもしれないからだ。
それに、去り際にあんなことを言われては、疑われるのも仕方がない。
だから、正直に話せば話すほど、不利になるのはボクの方だった。
釈放までしばらくかかりそうだ。うんざりしてきてため息をつく。
結局あの後どうなったのか、ろくに知ることもできない。事情聴取なんて初めて受けるからワクワクもしたけれど、なんのことはない。
方舟に比べれば刺激のない思い出になりそうだった。
退屈だと思うけれど、それを見せては相手の逆鱗に触れるだろう。必死に欠伸を噛み殺す。さてボクに話せることは全て話したけれど、そろそろ方向転換して釈放されるような話を捏造してみようかな……
なんて良くない考えを巡らしていると、聴衆室にノックの音が転がり込んだ。
警官は交代の人員と思ったのか、いそいそと扉の方へ歩いていく。
救いを求めるような表情で開くと――
「チワーッ交代の時間でーっす!」
紙切れ一枚持った小さな女性が、そこに立っていた。
「なんだお前!? どこから入った!?」
「免状があるのに裏口から入らねばならない理由があるのかね? いやーそんなわけでお兄さん、お疲れ様でした。こっからは私が話聞くんで」
女性は早口に捲し立てて歩いてくるが、景観がすかさず肩を掴む。
小声で何かを話した。
読唇術でもやってみるか、なになに……?
あ、か、ば、ぐ、み……免状……こ、ま、る……や、か、い……ふむ。
どうやらボクはこれから厄介なことに巻き込まれるらしい。
警官の顔色はみるみるうちに青くなって、さっさと聴衆室を出ていった。
残されたのはボクと、女性だけだ。
何者なのか分からないが、マトモな筋ではないだろう。
警戒を解くかのように、女性が両手を前に出して話し始めた。
「ウェイヨー! 調子はどうだい少年! 私の名前は春原 新芽! はるばる来たぜ手口は荒目!」
「もうちょっとマトモな韻を踏んでください」
春原と名乗った女は恥ずかしそうに頭を掻いて帽子を脱いだ。
「いやぁ、悪いッスね。昨日始めたばっかなもんで、初心者B-Boyなんスよ、私」
下手な敬語で話しかけ、春原はボクの前に座った。
「ところでさ、カツ丼食べないんスか? 冷えちゃったら美味しくないよ?」
「食欲がないので」
「あー、それ食べても調査への協力に合意したことにはなんないスよ。私警察じゃないんで」
「ほぉ……ならいただきます」
春原が声を上げて笑った。
「面白いッスねぇ! 現金というか現実主義っつーか! これならいい話が聞けそうだ!」
「嘘はつきませんよ。覚えてることを話すだけです」
冷えたカツ丼を頬張る。肉は硬くなっていた。
音を立てないよう気を付けて咀嚼して、春原が資料に目を通す様子を眺める。
「高田 広希、16歳。品行方正、成績優秀……いやぁ随分頭がいいんスね。去年の全国模試一位? 私でもとったことないよそんなの」
「……別に難しくありませんけど」
ニンマリとした笑顔を向けて、春原が机の上に名刺を滑らす。
「それじゃ、ちゃんとした自己紹介を」
「まだ食べてます」
「いいのいいの気にしないって。急ぎの話だからね」
「はぁ……?」
目の前に来た名刺を一瞥する。
春原探偵事務所、所長。電話番号と住所、それから名前が書かれた簡素な名刺。それだけなら普通だが、一際目を引く部分が一つ。
下地に薄くプリントされた、紅葉の代紋。
「名前は春原 新芽。歳は23。大学の頃立ち上げた探偵事務所で活躍中ッス。以後お見知り置きを」
「…………で、ヤクザと関わりがある?」
「おお! そこに気付くとはさすが模試一位だね。どこの組か分かる?」
さて、組、と来たか。
さっき読み取った情報から想像してみよう。
「紅葉組ですか?」
「ご名答! もしかしてそっちに詳しい?」
いや、自分で話していたじゃないか。確かに紅葉組と……そうか、本人は耳打ちで済ませていたっけ。
「すみません。口を読みました」
「そりゃ趣味の悪いこってス」
相変わらずニマニマとして、春原は僕がカツ丼を食べるのを見て尚も話す。
「ま、そういうことだよ。探偵を続けてるとそっちと関わる機会が多くって」
指に引っ掛けた帽子をくるくる回しながら、春原は言う。
「私が取り扱う事件は主に迷子の猫探し。それから『異世界』に関することなんスわ」
異世界、と来たか。
どうやら、やっとまともに話を聞いてくれそうだ。
春原 新芽はその昔、「メーデー、こちら、猫の群れ」という作品で書いたキャラなのですが、まぁパラレルワールドみたいなもんで、同姓同名の別人かもしれない存在です。
同じ人かもしれないし、違う人かもしれません。




