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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
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狂気へ/ゴーイン・ゴーイング・マッド

 電車を降りて学校へ走った。

 駅のトイレでなんとか着替えは済ませて、軍服は証拠として拝借しておいた。

 体力のないボクはすぐに息が切れたけど、呼吸が鉄臭くなっても走り続けた。

 ボクは直感というものをあまり信じていない。

 だけどこの時ばかりは、なんだかとても嫌な予感がした。


「高田、大丈夫か?」

「きに、すんな……は、やく……」


 藤高の後を必死に着いていく。藤高は普段から鍛えているだけあって、余裕すら感じた。

 大丈夫だ。ボクの役目は暴れることじゃない。そういう手荒なことは、藤高に任せよう。

 今すべきことは、酸素の足りない頭でスサノオの逃走ルートを絞ることだ。学校なのだから出入口こそ多くないが、今のあいつならある程度の高さは超えてしまうだろう。

 加えて、協力者の数。

 学校へ近付くにつれて徐々にパトカーの数が増え、サイレンの音が響いてくる。これだけの大事だ、スサノオ一人でやったとは考えにくい。少なくともあと二人は居るはず。

 犯行現場の想像なんてしたくもないけれど、常に最悪のパターンを脳みそに刻んでおくべきだろう。


「まずは正門の様子を見る。パッと見でいなければ抜け道から中に入るしかないな」


 警察がどこまで包囲を広げているか分からないが、ここまでNSの手が回るのは時間の問題だろう。何せ数がいた。スサノオがあちら側だということを考えると、援軍を頼む可能性は高い。


「すげぇ数だ、門が見えねぇ。以上だ」

「随分と物々しいな……」


 進入禁止のテープと、その前方に武装した警官の塊。正門に向けて盾を構えてバリケードにし、誰かに対して投降を呼びかけている。

 その先に、誰かいるのか。

 その先に、アイツがいるのか。

 その先に、答えがあるのか。


「肩貸して」

「え?」

「いいから!」


 藤高をかがませ、肩の上に乗る。頭を叩いてそのまま立ち上がるよう指示した。

 門の向こう、昇降口を見る。離れていてよく分からないが、二人――


「いた!」

「なんだって!」

「ミカエルと一緒、二人だけだ! まだチャンスはある!」


 ヘルメットをしている上、近付かないと正確なことは言えない。だがあの姿、身長、立ち振る舞い。それに、あの刀――血塗れの刀。

 考えた中で最悪のパターンだ、二人はこれから突入するのではなく、脱出しようとしている。なんとかして今ここで捕えないといけない。頭をフル回転させて、すぐ出来ることを整理して。

 とにかく行動しなければ。藤高に下ろすよう言って、再び人だかりに視界が閉ざされる直前。


「あのバカ! 正面から!」


 スサノオが、歩き出すのが見えた。

 撃たれたらどうするつもりだ。猟銃の時とは訳が違うんだぞ。もし装填されているのが殺傷力の高いホローポイント弾だったら誤魔化しきれるダメージじゃすまない。


「止めないと!」

「ああクソ、結局こうなんのか!」


 撃たせてはいけない。当ててしまっては正に手負いの獣だ、何をしでかすか想像できない。

 この包囲を向けられるとは到底思えないが、無事で済むことは絶対に無いだろう。どんな力を持っていたとしても、スサノオは僕よりも年下で、まだ学生だ。訓練された大人にはとても、敵うはずもない。


 人だかりを掻き分けながら、前に進む。

 あと一歩、もう少しで警官の背に手が届く――



 一発、銃声が鳴り響いた。



◆ ◆ ◆ ◆



「…………くだらん」


 こんなものか。

 魔力の循環を早め、内側から治癒していく。

 傷が塞がる頃には、銃弾が体内から排出されていた。

 なるほど特殊な弾らしい。先端が爆ぜたように広がっている。

 痛みも残らなかったが、こんなものを向けてきたんだな。


 悲しくはなかった。

 むしろ望むところだ。

 このまま前線を突破すれば、めでたく世界の敵だ。


 復讐してやるぞ。

 この腐った世界を壊してやる。

 もう一度やり直すんだ、新しくなった世界で。

 家族も友もいないけど、そこでならもう一度、全てをやり直せる気がするから。


「止めてみろ! そのチンケな鉛玉で!」


 両手を広げ、ゆっくりと歩く。盾を構えるミカエルとは対照的に、堂々と迫っていく。


 恐怖は無かった。

 むしろ快楽に近い。

 誰にも止められないという快楽。誰も止めはしないという快楽。戦いの中、確かに立っていられる快楽。

 こうして皆が敵意を向けて、僕を討ち取ろうと憎悪を向ける。

 どこを向いても敵しかいない。

 味方などミカエル一人で充分だ。

 なんという充実感。


 これが、僕が世界に求めたもの。



◆ ◆ ◆ ◆



「嘘だろ……」


 スサノオはゆったりと歩いてくる。

 幾度撃たれても、全く歩調を緩めない。

 銃撃も、刺すような視線も、向けられる敵意も殺意も全部受け止めて、当たり前のように歩いてくる。

 ヘルメットに隠されて表情は見えないけれど、なぜだか笑っているような気がした。


 辛く苦しいはずなのに。

 痛くてたまらないはずなのに。

 そこには、溢れんばかりの悦びが、確かにあった。


 怖い。

 はっきりとそう感じた。


 スサノオを止めようとした。それは事実だ。けど、甘くも見ていた。

 返り血を浴びた服のまま、血に塗れた鞘を提げてゆっくりと、悠然と歩いてくる。

 そんな……そんなバケモノを、僕はどうやって止めるつもりだったんだろう?

 あの満足げな表情。堂々とした立ち振る舞い。その中に眠る、確かな狂気。


 ボクは初めて理解した。

 スサノオはもう、連れ戻せないほど遠くに行ってしまったのだと。


 気付いた途端、恐怖とは違った感情が胸の内に湧いてくる。

 油のように粘っこく、泥の匂いよりも苦い、そんな感情。


 その感情を知っていた。

 これは悔しいという感情だ。


 止められなかったこと。むざむざ捕虜になったこと。ユダを頼らねばならなかったこと。それは最早どうでもいい。


 ボクには手駒があったんだ。藤高が近くにいて、部屋の主であるミカエルとも面識があったし、何度も話しかけられた。

 下らないプライドで当たり障りのない話をして、脱出のために動かなかった。

 もっと出来ることがあったはずだ。死力を尽くすことは出来たはずだ。そうすれば、今スサノオが対峙しているのは警官ではなく――

「なんでボクじゃなかったんだ」

 ――ボクたち二人だったはず。


 今あの場所にいるのが自分ではないこと。

 それが悔しかった。

 当事者ですらない。

 それが悔しかった。


 今のままでは届かない。もっと力が必要だ。人を集め、情報を集め、入念な計画を立て。

 その上でやっと「阻止」が成り立つことを、初めて思い知らされた。


 スサノオはゆっくりと歩いてくる。

 気圧されたように道が開いた。

 マステマが声を上げた時のように、いや、あの時よりももっとはっきり、強い強い意思を感じた。

 同時に、決して小さくない落胆も。


 ヘルメットがボクを見る。

 歩調が早まることは無い。

 スサノオはゆっくりと歩いてくる。


「随分と遅いご到着ですね」


 くぐもった声で、スサノオは言った。


「もう終わりました。アンタの取り分はないよ」


 剣よりも鋭い言葉を投げつけて、それきり。

 スサノオはまた、ゆっくりと歩いていった。


 それが全て。

 これが全てだ。


 ボクは何も出来ず、指を咥えて見ていることさえ許されなかった。

 終わったんだ。


 止められたはずの事件を、ボクは止められないまま、全ては過ぎていってしまった。


 斯くして歯車は回っていく。

 止まることなく。

 だってそうだろう?



 これはアフターファンタジー。


 終わった後の物語だから。


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