弱き者、汝の名は
正直、そろそろ一ヶ月くらいの休載をしたい。
「誰にも止められないんだよ。この行いは」
パイプ椅子に座って、赤く濡れた床を見る。
「こうなると思わなかったお前たちに非がある」
二本ある木刀の内一本を、震えたままの生徒に投げた。
「かかって来るんだ。そろそろ疲れてるかもしれないだろ、勝機はあるんじゃないか?」
恐怖に染まった目を僕に向けて、最後に残った一人――剣道部主将の……名前は忘れた――が何か喋った。
たぶんどうでもいい内容だろう。
自分は反対したとか、本当に悪いと思っているとか。なんとか言って、逃げ出したいのが見えている。
「悪いと思うなら俺の挑戦を受けて立て。それが、俺の強さを否定したことへの礼儀だ」
刀は抜かないでおいてやる、と、何度目かになる台詞を吐いた。
言っても分からないだろうから、魔力は使わないことを心に誓う。別に痛ぶりたいわけではないが、コイツがどこまで強くなったのか最期に知っておきたかったから。
昔から良く言われた。人に期待し過ぎだと。
僕に出来たからと言って、他の人間にもできるわけではないと。
日に一万竹刀を振り、気を失うまで体を鍛え続けるようなことは出来ないと。
動きの予測を、予知の域まで高めることは出来ないと。
心底理解できない話だ。コイツらには勝利への渇望が欠けている。
やろうと思えばなんだって出来るだろう。そこにたどり着くために鍛錬がある。一つの尾根に登り着けば、今度は頂上が見たくなる。山など登ったことがないけれど、たぶん人というのはそういうものだ。
そうに決まっている。
そうでなければ僕はなんなんだ。
人でないと散々言われてきた。その度に傷付き悩んできた。
バケモノだと蔑まれてきた。だからせめて人であろうとした。
人間らしく、年相応に。
「弱い」
ただその一言で、虚しく散ってしまう命と、同じで在ろうと努力した。馬鹿馬鹿しい話だ。こんなものと同じになって、なんの意味があるのか。
魔力も使えず、戦うこともできず、剣もまともに振るえない、こんなものになんの意味が。
あまつさえ人の生き方を否定して、その身内を穢しておいて、未だのうのうと生きているこの人間とやらに何の意味を見い出せという。
間違ってるんだ。こんな世界は間違っている。争いもなく競いもしない、ただ生きていることに固執し続ける、こんな世界は壊さねばならない。
「俺がいなくなってから、まともに竹刀を握ったか? 基礎は一日どれくらいやってる? 答えろ。俺が怖いなら、どうして恐怖を振り払う努力をしなかった?」
妹を愛していたんだ。
妹と組手をするのが好きだった。
一緒に乗る電車が好きだった。
共に歩いた道が好きだった。
一緒に食べたケーキの味は、今でも覚えている。
他愛もない会話をする時間が、何より好きだった。
あの日から全て失われてしまった。この強さの向かう先を無くしてから、何もかもが狂ったんだ。
この怒りは正当だ。
僕は強い、誰より強い。妹を守るための強さが今、その穢れを雪ぐために使われたって、僕はやはり誰よりも強い。
間違ってなどいなかった。ずっと疑問を抱き続けたこの剣の道は、兄を手に入れ、ここまで歩んで、やっと意味を手に入れたんだ。
『復讐』という意味を。
「鍛錬を積めばいずれは追いつけるんだ。しようともせずなぜ怖がる。お前のそれは、俺への恐怖ではなく弱さへの言い訳だろう」
それに比べてコイツらはなんだ?
意味もなく剣を振るい、仲間とも呼べない雑魚とつるみ、自分の弱さに目を瞑り、他人の強さに嫉妬して。
「やれるだけやってみればいいんだ。環境のせいにしたいなら、まず自分の限界を見つければいい。全てはそこからだろう。限界を越えられるような環境を見つければ、そんな苦しい言い訳はしないで済む」
挙句の果てには強さを否定し、僕と戦うこともせず。
逃げて逃げて、やっと捕まえたと思ったら、できることは命乞いだけか!
「それでも俺の才能のせいにしたいなら、持って産まれなかった自分自身を恨むんだな」
下らない。全く以て下らない。こんな奴らさっさと手を下せば良かったんだ。何も迷うことなんてなかった。
後悔ばかりしていた日々とはもうおさらばだ。
混ぜこぜになった感情は、全部ここで吐き出していこう。
そして前に進むんだ。この道の先に、さらなる強さがあるはずだから。
「最期に一つ聞いておこうか」
もはや身動きすら取れなくなった人間を見下ろして、ずっと気になっていたことを口にする。
「死が迎えに来たことに、感想はあるか?」
気分がいい。
ひたすらにいい気分だ。
溜まっていた宿題が全部終わった時のような、そんな気持ち。
復讐が何も産まないなんて誰が言った?
しっかり爽快感を産んでるじゃないか。
◆ ◆ ◆ ◆
「あ、終わったんだ」
「待たせたか?」
「うんにゃ、そうでもないよ。もう行っちゃう?」
「ああ。用はない。マステマ達もうまくやってるだろ」
ミカエルは昇降口で外を睨めつけていた。
大したバリゲードも立てず、しかし誰の侵入も許していない。おかげでやりやすかった。
「ヘルメットする前にさ、よく見せてよ」
「なに?」
「君の目。気になるんだ」
仕方ないから言われた通り、ミカエルを見た。
茶色い眸が僕を見る。
「……変なの」
「なにが」
「もう悩んでないんだ?」
はて。何に悩むというのだろう。
僕は既に復讐を果たした。ここから先は、機会をくれたその恩義をノア様に返すだけだ。
ミカエルはなんだか不満そうで、口先を尖らせながらこんなことを言う。
「君ならもっと、悩むと思ってたんだけどな」
「悩んださ。散々悩んだ。復讐の前に」
良いのか悪いのかではなく、これにどんな意味があるのかを。
「だから、もう考えるのはやめだ」
物事は単純である程良い。
今は気分がいいんだ。どうか害さないでくれ。
「ま、いいや。それでここからはどうするの?」
「決まってるだろ、正面から抜ける」
「えー……撃たれない?」
「撃たせてやれ。どうせ治せるんだ」
いくら撃たれたって同じだ。
銃弾の雨礫が僕らを穿とうと、祝福となんら変わりはしない。むしろ両手を広げて迎え入れよう。
我が復讐の成就を。神による蹂躙、その始まりを。
「いつも言われてる事だろう。神のイシは我らと共に」
「あー……その文句、あんま好きくないんだよね……」
「そうなのか?」
「だってそれ、ゼウスが考えた営業用のセリフだしなぁ」
ミカエルは面倒そうに頭を搔いて、部屋にいる時のように背中を丸める。
「セーラー服が穴だらけじゃん」
やだなぁ、とため息を吐きながら、しかし彼女は盾を構えた。否定しながらも代案を考える方が面倒と見える。正面から抜けられる自信があるのだろう。
「お前の防御力は大したもんだよ。自信を持て」
「スサノオは紙みたいにペラッペラ」
「なんだと?」
「相変わらず、魔力の使い方がなってないよ。私が教えてあげよっか?」
「煽るなよ」それに、勝手に学ぶとも。「人間相手なら充分だろ」
ミカエルは欠伸をしながら伸びをする。
「それじゃ、行こっか」
散歩に誘うような軽い口調で、僕を誘った。
「お姉ちゃんの後にちゃんと着いてくるんだよ?」
「誰が姉だ」
「言ったじゃん。今日は私が、スサノオのお姉ちゃんになったげるって」
「…………妹でいいだろ」
でもそれはなんの救済にもならないので、このあとは週一ペースで続けます。




