アスク・ア・クエスチョン
「あ? 誰が誰の私兵だって?」
「この二人が、私の、です。新しく仕入れまして」
「ほーん……」
マステマと呼ばれた女は、ボクの顎から棒を離した。
それから、ユダとボクを交互に見る。
「物好きもいたもんだ。悪趣味な化粧じゃあないのさ」
「おやおや先輩、ノア様がお聞きになったらなんと仰るか」
「ふん。信仰心の薄いあんたに言われたって怖かぁない」
どうやら切り抜けたようだ。マステマは来た道を戻っていく。
「邪魔が入ったが、まぁ良いさね。時間が押してる。さっさと行くよ」
最後まで、藤高は変わらず青い顔で一言も話さなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「さて、それでは質問を一つだけ受けましょうか」
「なに?」
あの部屋を出てから、果てしない地平線を歩いた。依然変わらずユダの後を着いていくと、遠くに黒い穴が見えることに気が付いた。
おそらく、穴の正体を聞いてくると思ったのだろう。そんなわけにはいかない。
「この兵隊はなんなんだ。人間なのか?」
どうやら意外な質問ではなかったらしい。ユダは粛々と答える。
「彼らはNSと呼ばれています。人間ではありません。神の作った人間モドキと言ったところでしょうか」
要は人造人間です。とユダは付け加え。
「先頭に立つマステマも、この私ユダもNSということになります。製造元は違いますがね」
「違いは――」
「質問は一つです。あとは出てから聞きましょう」
どうやらボクらが穴を潜る番らしい。
目の前で渦巻く黒い穴。何も映るはずがないのに、まるで鏡のようだと思った。
姿見のように、空間にポッカリと穴が空いている。
「“トビラ”を抜けます。しっかりと着いてきてください」
そう言って、最初に暗闇の中へ踏み込んだのはユダだった。
後に続く。もちろん藤高の手を引いて。
暗闇の中で、朧気なユダの後ろ姿を追いかける。すると徐々に背中が近付いてくる。ボクの脚が突然速くなることはないから、ユダがペースを落としてくれたようだ。
暗闇だから何も見えないようなものだけど、どうやら足元はしっかりしている。歩く分には問題なかった。
「藤高、大丈夫か?」
「……ん、大丈夫だ」
「お前、喋んなかったけど。なんかあった?」
「そりゃ、何かあるだろ」
「大丈夫なら聞かないけどさ」
「あーもう。大丈夫だっつーの。心配すんな」
藤高の顔色が優れない。体調は万全とは言えないが、どうやら意識ははっきりしている。それだけ確かめると手を離して、また歩き出す。
不意に、藤高が言った。
「なんでアイツは殺せたんだろうな」
その言葉が、ボクの脳裏をざわめかす。
「分からない」
「へ? 高田くんでも分かんない?」
「からかうな。全知全能ってわけじゃないんだ、ただものを忘れないだけ」
分からないなりに、予測は出来るけど。
そうつけ加えてみたものの、実際は分からないというのが正解だった。
だってそうじゃないか。あいつは数ヶ月前まで、ボクらと同じ――とは、言えないかも知れないが――学生だったんだ。
一つ下の後輩。剣道で成果という成果を全て手に入れ、なのに段位という肩書きを持たなかった男。
不思議な奴だと、前から思ってはいた。
「でもそうだな。敢えて理由を付けるなら……」
「付けるなら?」
「十中八九、妹のことだ」
あれは嫌な事件だった。
例えこの記憶力が無い人間だとしても、中々忘れることはできないだろう。もしかしたら、一生ものの思い出かもしれない。
少し嫌な言い方をしたけれど、それくらいの事件だった。人によっては、記憶の奥底に鍵をかけ、永遠に開けないようにするような、そんな事件の記憶。
「スサノオは……武神は、その渦中にいた。……っていうか、原因を作った人間だから」
「私も興味ありますね。何せ彼は自分の身の上を語りたがりませんから」
「ユダ……」
まだ抜けるまで時間があるらしい。
前を歩く集団はもうすっかり見えなくなってしまったが、それは良いのか。
気にするなと言いたげだ。ボクが話してくれると信じきっているらしい。
……ほぼ見ず知らずのユダにこんなことを話すのは、正直どうかと思う。
でも、助けてくれた恩義がある。それに、これは恐らくだけど。
スサノオが何をやろうとしているかは分かる。このままだととんでもないことになる。
アイツは、もう二度と戻って来れないだろう。ボクらと同じ場所に。
「……分かった。知ってることだけな」
掻い摘んで、その事件を話すことに決めた。
「アイツ、スサノオには妹がいたんだ」
ボクが高校一年だった時のこと。
スサノオはまだ生きていて、ボクにやたらと絡んでくる、人懐こい印象の後輩だった。
でも、ボク以外だと妹と話しているところしか見たことがなかったから、きっと友達は少なかったんだろう。
後で聞いた話だけど、スサノオは剣道の推薦を受けて、中高一貫校の……つまり、ボクと同じ学校に来たらしい。
スサノオはボクの一つ下。とてつもない実力を持っているにも関わらず、アイツは剣道部の主将になれていなかった。
誰よりも強いのに、主将でも、副将でもない学生。いや、その強さは学生なんて言う枠に納まるものではなかった。
なんでも大人をボコボコにした経験があるとか、本気で戦えとか叫んでたとか。
スサノオには良くない噂がついて回っていた。
なのに、ボクはスサノオが喧嘩をしているところを一度も見たことがない。
おそらく誰も、彼と直接戦うほど無謀ではなかったんだろう。勝てないことは目に見えていたし、いじめだって出来ない。
やったらその分を必ず返すという気迫が、幼いながらに確かにあったのを覚えている。
でも、そんなギリギリの安寧も長くは――いや、三年も保ったんだから長いか――持たなかった。
きっかけがなんだったのか、ボクは知らない。なんでも、主将の練習に口を出したとか、後輩への指導が厳しすぎるのが問題になったとか。みんなスサノオを怒らせるのが怖かったから、顧問へ報告できずにいる中。
皆が気付き始めたことが一つあって、そして皆思春期で、だから。
やりすぎることを、決して悪いと思っていなかった。
確かにスサノオは厳しいやつだったのかもしれないし、あまりに強すぎたのかもしれない。
でも、やつは一度だって、本当に一度だって、誰かに喧嘩を売ることも、誰かに怪我をさせることも、何かを壊すこともなかったんだ。
皆が嫉妬していたんだろう。
スサノオには才能があって、存分に特訓できる環境があって、その上可愛い妹までいる。
しかも、その妹は兄貴に首ったけときた。
スサノオに、その妹に関わったことのある男なら、誰しもが思うことらしい。
その妹、武神 櫛名を穢してみたいと。
正直言って、吐き気のする願望が、あの事件を引き起こした。




