復讐するは我にあり
僕には妹がいた。
名を武神 櫛名と言って、僕と同じ、黒に深い濃紺混じりの髪を肩まで伸ばして、切れ長の目と、通った鼻筋を持った、美人な子で……。
なぜか妹は僕を強く慕ってくれて、僕もそれが嬉しくて、期待に応えられるようひたすらに剣を振り続けた。
妹は優しく、また妹も、僕を優しい兄だと言ってくれた。
妹が他の学生から人気があったことは知っていたし、恋人が出来たとか、そういう華やかな話をいつまでも待っていたけれど、どうやら妹はそういうことに興味がないらしかった。学校ではいつも僕と昼休みを過ごし、帰りはいつも一緒。それが僕達兄妹の在り方。変わることはなく、いつまでも続くのだと思っていた。
それから中学生になって、剣道部に入部して練習をしていくうち、僕は人の呼吸を見て行動を読めるようになったのだと知った。
入学したばかりだと言うのに誰よりも強い。そんな歪な力関係を、妹は誇らしそうに学友に話していたらしい。
僕には薄暗い視線が集まり始めた。
なんでアイツが。なんであんなやつが。家が道場だから。恵まれてるから。才能があるから。
羨望は嫉妬になり、嫉妬は憎悪へ移り変わっていく。その最中にいて、僕はただ前を向いて剣を振っていた。
妹は、その姿を愛していると言ってくれた。
その期待に応えたかった。
いつしか、誰もが僕を避けるようになっていった。
中学二年の秋頃にはもう、僕が指導に回ることもなくなった。僕のやり方には誰も着いてこれず、また、ひたすらに鍛錬を積んでいられる僕は皆に恐れられた。
バケモノ。
何度も、面と向かって、その言葉を唾と共に吐かれた。
機械みたい。同じ人と思えない。
狂ってる。
剣道しか頭にない。
いつか人を殺す。
近付かない方がいい。
皆僕を避けた。
それでも僕は剣を振った。振るい続けた。
それで良かった。強くなり続けて、妹が僕を好きだと言ってくれるなら、誇りを胸に進んでいけた。
あくまで真剣に、あくまで真っ直ぐに、僕は剣という道を歩み続けた。
疑うべくもないけれど、僕が皆に好かれているはずがなかった。
僕には何も無かったから。
剣と妹以外、何もなく、誰もいない。剣を振るうことだけが、妹と僕の絆だった。
嫉妬の目は僕の強さではなく妹との関係に向いていたが、それでも構わなかった。
妹は僕を愛し、僕は妹を愛した。
兄妹としてではなく、気付けば一組の男女として。
別にそういうことに耽る訳ではなかったし、そういう関係だと証明することもできない。
歪な関係だったかもしれない。時たま二人で街に出かけ、決して多くない小遣いを出し合って、両親が買ってくることのない洋菓子を食べる。
そんな二人の在り方が、荒み始めた心をなんとかつなぎ止めてくれた。
中学三年の頃だ。
忘れもしない。
僕は主将になれなかった。
副将にも。
それはまだ、いい。許せる事だ。部に貢献出来るような学生ではないし、部員をまとめるなんてできそうもなかったから。
それはまだ良い。
部活を辞めろと言われた。
和を乱すからと。
僕の強さが部員のやる気を削いで、稽古にならない。
勝手な言い草だと、自分でも信じられないほど激昂したのを覚えている。
それは今までずっと秘めてきた感情だった。
怒り。
ずっと鎮めてきた感情だった。
僕の剣は、僕の今までは、人の身勝手なやる気とやらのせいで、すべて否定されてしまうのだ。
ただ僕が剣道を続けると言うだけで、その道を降りる人間が何人もいた。でもそいつらは勝手に降りていっただけだ。僕には一言も言わなかった。
僕も同じように降りろとは、一言も言わなかった。
当たり前のことだけど、僕は断った。
意味のわからない理由で追い出されるなど真っ平ごめんだ、それに――弱いのは環境や才能のせいではなく、それだけ鍛錬を怠っているからだ。
そう言ってしまったことが、彼らの背中を押したのだろう。
じゃあやり方は選ばない。
やってみろ。
後悔するぞ。
させてみろ。
帰り際に交わした言葉が、今でも脳裏に響いている。
その夜に事件が起きた。
妹が帰ってこない。
不安が過ぎって僕は家を飛び出す。
街中探し回った。
結局、妹がいたのは学校の――倉庫で。
乱雑に服を剥がれ。
液体に塗れ。
虚ろな目をして。
穢されたその姿。
今でも鮮明に覚えている。
今でも、鮮明に覚えている。
その後のことは何も覚えていないけど。
気付けば周囲にいた人間が血だらけで倒れていて、僕は一本の鉄パイプを握っていた。
この世界は腐っている。
糾弾されたのが僕で、許されたのがコイツらなんて間違ってる。
この世界は腐っている。
僕の強さを否定するために、妹を傷つけるなんて。
この世界は腐っている。
妹を守るために、コイツらの日常を壊してはいけないなんて。
この世界は腐っている。
こんな世界間違ってる。
だから正すんだ。膿で溢れたこの世界を。
僕の力で。僕の強さで。
血塗れになった剣を振るいながら、そんなことを考えた。
ヘルメットは返り血を浴びて、前がよく見えなくなってしまった。
煩わしいな。
脱ぎ捨ててしまおう。
鬱陶しい重荷は全部、脱ぎ捨ててしまおう。
「さて……こんなことに閉じ込めてどうする、だったか。大方予想は着くだろう?」
そんなことを思い出しながら、僕は鍵束をジャラジャラと鳴らした。
格技場の中に、目当ての学生を全て集めて数時間ほど経った。
電気は付けているものの、窓も扉も閉めてカーテンも閉じているからか、どこか薄暗い。
昼前だというのになんだか陰気だ。
原因は、分かりきっているけど。
目の前で震える男女数名。
僕の目を見て、更に青ざめていく。
「他の人間がどうなったか見たはずだ。貴様らもじきにそうなる」
元剣道部の部員たちを、じっくりと眺めた。
「が、貴様らに限って俺の顔見知りだ。どうしてもと言うなら死ぬ前にチャンスをやる」
帯びていた刀を外し、鞘と柄をキツく縛った。
職員室から拾ってきた木刀を放ってやる。
さぁ、復讐の時間だ。
「俺を殺してみろ。出来ればの話だが」




