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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
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カムダウン・ア・リトル

 しばらく歩き続けると、ユダがはたと足を止めた。

 何も無いはずの方舟をキョロキョロと見渡す。


「時間ですね」


 そんなことを言い出した。


「いいですか? 今からこの鍵を使って、あなた方をある部屋に送ります。そこでどんな事があっても、誰がいても、表情を崩さないでください」

「ユダ、お前はどうするんだ?」

「遅刻した体で、あなた方二人のすぐ後ろに着きます」


 急に不安になってきた。

 ボクの追及を他所に、ユダは胸ポケットから古ぼけた鍵を取り出した。


「“マド”が開きます。出来るだけ速やかに入ってください」


 空間に突き立てられた鍵が、独りでに回った。

 その鍵を中心にして、突然真っ黒い穴が目の前に開く。

 ドアの先に見えた暗闇が、また目の前に広がっていた。

 ユダの方を見てみると、早く入るように手で促している。質問は後でする約束だ。言うことを聞けと言いたげな顔。


 藤高の手首を引っ張って、二人一緒に穴の中へ飛び込んだ。



◆ ◆ ◆ ◆



 そういえばユダは常に周囲に気を配っていたな。まるで誰かを探しているかのような――いや、逆か。


 まるで誰かの尾行を警戒するように。


 どうやらボクらを逃がしたことは、バレたくないようだった。

 アイツが方舟でどんな立場なのかは知らないけれど、どうやらそこまで立派な人間でないことは伺い知れる。遅刻しても平気とは、普段からよほど適当なのだろう。

 そんなやつだからこそ、あの時スサノオの家で佇んでいたのかもしれない。

 そういえばあの日、スサノオは人払いをユダに頼んだ様子だった。敢えて言うことを聞かなかったのか、それともわざとボクだけを通したのか。答えは分からないけれど、おそらく後者が正しいのだろう。でなければ、ボクを煽るような言葉を的確に吐くわけがないからだ。


 さて、そんなこんな、穴の中でようやく目を開けて見ると、そこには簡素な扉が一つだけ立っていた。

 ミカエルの部屋にあったドアとは少し違う。こちらの方が年季が入っている。

 意を決して開いて、その先へ足を踏み入れた。


 敷居を超えるとそこは広い会議室だった。

 ぎっしり、と形容してもいいくらい、人が詰め込まれている。これでは話し合いどころではない。

 そんな中、遅れて入ってきたボクら二人に視線が集まる。

 ボクは思わず藤高の手を離して顔を伏せさせた。

 ユダに言われたことを実行する。


 どんな事があっても。


 ――こんなことがあってたまるか。


 そこに誰がいても。


 ――みんな、同じ顔だ。


 吐き気を抑えて、必死に平静を取り繕う。

 何十人といる人間がみな、同じ顔、同じ表情、同じ服装で部屋に黙って立っている。

 よく社会人をそんな風に揶揄するが――少なくとも、これはものの例えじゃないし、見たままに感じたことだ。


 黒い髪に黒い目。

 短く切り揃えられた髪。


 そして最後に、絶句するほど、ボクと似た顔立ち。


 藤高の顔を伏せた理由がそれだ。


 自分はまだいい、奇妙な事態だけど、この顔ならまだ誤魔化せる。

 ただ藤高は良くない。コイツは似ても似つかないから。

 逃亡者だとすぐにバレてしまう。

 出来るだけ違和感を出さないように、静かに黙ってそこに立つ。服の下で脂汗がじとりと広がって不快だ。

 早く来てくれとユダに念じても、どうせ届かない。今はただ時が過ぎ去るのを――


「よし始めるよ。アンタら準備はいいね」


 ――部屋の前方から声がした。


「一人来てない神官がいるが、まぁいい。なんてこたぁ無い任務さ。ぽっと出の助力なんていらないさね」


 女性の声だ。少し嗄れた、年季と気合いの入った声。

 全員が前を向く。

 ただそれだけで、厳しい人なのだろうと容易に想像出来る。そんな声だ。


「魔導石の方はアタシが持って帰る。アンタらは周囲の警戒、もし邪魔立てがあるようなら――そうさねぇ――殺っちまって構わないよ。どうせ足はつかないんだ」


 その言葉と共に、ゆらりと立ち上がった女性が一人。声の主だ。


 ノースリーブの白いシャツに、不釣り合いなほどゴテゴテしたボトムス。それが長い脚に収まって、スッキリとした出で立ちに見える。

 目は鋭く、濁った赤色をして、少しやつれている。

 短く整えられた髪は黒く、疲れ切った顔立ちとは正反対に艶めかしい。

 それだけならまだ、ただの女性、歳若い大人の女性だ。


 その右手に持つ、突っ立てられた六尺程の棒が、やたらと馴染んでいなければ。


「作戦は以上だ、好きにやんな。警戒範囲は『どれだけ広げても』構わない」


 思わず息を飲んだ。

 邪魔者は殺してもいい――警戒範囲はどれだけでも良い――つまり――

「……」

 ――好きなように暴れろということ。


 恐怖が目に浮かんだのかもしれない。

 女性と目が合った。

 次の瞬間、何かがボクの内側に触れる。

 ヒヤリとした感触が背筋を走る。

 後ずさろうとして。


「変なのが二人混じってんね」


 女がボクらを睨みつけた。


「アンタら、道開けな」


 同じ顔の人間たちが、ざっと音を立てて一本の道を作った。女はゆっくりとそこを歩いてくる。


「そういやミカのアホが言ってたねぇ……男を二人ばかし捕まえて、その処理に困ってるって……まったくアイツの人好きも大したもんだ」


 目の前だ。

 今気付いたけど、女はタッパがあった。

 ボクを悠々と見下ろしながら、手に持った棒で顎をゆっくりと突き上げる。


「分からないでもないがね、中々の優男じゃないか」


 不気味な赤い瞳。


「嫌いじゃあないが、もうちっと頭は働かせた方がいい」


 装え。

 やつらと同じように。

 藤高に目を向けさせるな。


 頭の中で数字を思い浮かべる。

「方舟じゃあ人間の処理は二つに一つだ。楽しむだけ楽しんで捨てるか、さっさと消しちまうか」

 1,1,2,3,5,8……

「アタシゃあ断然後者が好きだがね」

 13,21,34……

「さて、見た目はよく似せたと褒めてやろう」

 数列を数えろ。

 55……。

 フィボナッチ数列は自然の数列。地球のあり方を教えてくれる。

 89――

「惜しかったよ、もうちっとだけ目に光がなきゃ――――あ?」

 全てはこの数列に帰依し、全てはこの法則に従う。最も美しく、最も普遍的な数列。頭の中で唱えて暗示をかけろ。

 周りとボクとは同じだ。目の色も、頭の中も心の中も。顔も服装も何もかも。

 心を動かすな。フィボナッチ数列のように冷静で美しく、均等で黄金比のように崩れない。


 ふっと上から見るような感覚があった。

 冷静に全体を見ることができている。

 そうだ、例えば目はこんな感じで、目尻をこうして、眉間に皺は寄せず――


「…………」

「お前、どっち(・・・)だ?」


 ――微笑んでも、無表情でもいるような、どこか完成された――幸せそうな顔。

 それが今この部屋に満ちていて、ボクが取るべき正解の表情だった。

 心のうちはもちろんそんな場合じゃない。すぐ見破られるだろう、こんなものは時間稼ぎだ。なんとかして打開策を見つけなければ。

 目の前の女は黙らせた。後は何かないか、何か納得させられるだけの材料は。

 何か、何か、何か。


 この部屋には、机も、椅子も、窓もない。どころか、皆個人的な荷物すら、持っていなかった。

 改めて、集団が孕む異常性に気が付いた。

 まるで、機械だ。

 いつまでもこんなことは続けていられない。ボクの方がおかしくなってしまう。マジマジと見られているだけで重圧なんだ、誰でもいいから助け舟を。


「いやー申し訳ない、筋トレをしていたらスーツが破けちゃいまして……おや?」


 ガチャっとわざとらしく音を立てて、それからユダの声――なんだお前筋トレでスーツ破けるってふざけてんのか――なんとかなりそうだ。


「おやおや、マステマ先輩。良くないですよ私兵に絡むのは」

ごめん、やっぱり感想欲しいわ

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