フォー・リアル
準備は全て整った。
あとは警察の巡回に気を付けるだけだ。
頻繁に夜の街をうろついているわけではないが、ボクはよく警察に絡まれる。補導というものにいい思い出はない。
何せ、保護者に連絡するとなると少々面倒くさいことに――ちょっと遅くないか、藤高のやつ。
端末のスクリーンに映された時間を眺める。駅で待ち合わせの予定だが、すでに数分遅れている。
明日も学校だし、早めに終わらせたいのだが。
過敏になりすぎて損ということは無い。今から向かう場所には何があるか分かったものではないのだから。
コンクリートの柱に背を預けて目を閉じる。
手順は完璧だ。完璧なはず。あとは、死体の山を前に二人して取り乱さないかどうかが肝心要。
世界は平和だ。退屈なくらい。
だからあんなもの、どれだけ望んでも見ることは出来ない。旧世代の遺恨とも呼ぶべき風景。
なぜそんなものに懐かしさを感じるのか理解に苦しむけれど、確かにあそこにはそれがあった。
故郷の空。帰巣本能とでも言うべき魅力。
確かにあったんだ。
だからボクは――
「ワリ、遅くなった」
「三分二十四秒の遅刻だな」
「細かいねぇ相変わらず」
ゆっくり目を開けた。
隣には藤高が居た。
見慣れない、黒く大きな布袋を肩から提げている。
「……逆に怪しい」
「ギリギリ大丈夫だって、薙刀とか弓とか言っときゃいい」
平和ボケここに極まれりって感じだ。
「行こう」
「了解!」
出来るなら本気で叱りたいと思う。
ボクの考えはどう考えても甘かった。
◆ ◆ ◆ ◆
駅から歩いて20分。5分だけ余分に掛けて、目的地に辿り着く。
鍵は、やはり開いていた。
「ワォ……マジか……」
「言ったろ藤高」
「まさかマジとは」
二人の表情が引き締まる。
手渡された懐中電灯を点け、なるだけ音を立てないようにして庭へと進む。
静かだ。人の往来もない。
暗くてよく分からないけれど、たぶん誰もいない。好都合だ。地下に彼がいたとして、今度はこっちにも武器がある。
後輩はあの時、僕を傷付けることはしなかった。
無傷で帰れたのだからそれは事実だ。誰が家まで運んだのかは謎だけど。
つまり、対峙することになっても距離さえ開けておけばいいことになる。手を出せない距離を保っているなら安全だし、扉を開けたらすぐに下がればいい。
こっちには実弾を込めた銃があるんだ。
藤高には頭が上がらないな。
「ここか」
「ああ、ちゃんと覚えてる」
「動かすぞ」
「頼む」
ハリボテの岩をどかし、穴の底を照らしながら梯子を下りる。
変だな、柄にもなくワクワクしてる。いや、ビビってるのかもしれない。また死体を見るのかと思うと、少しだけ吐き気がしてくる。
夕飯を軽く済ませてきた判断は間違っていなかったみたいだな。
そんなことを思う内、梯子を下りきったようだ。しっかりとした地面に足が着く。
地面から天井まで、ぐるりと一周ライトで照らす。
変わらず血の着いた洞穴だ。匂いも酷い。
「ひでぇなこりゃあ……」
「意外と平気そうだね」
「失礼だぞ高田、ちゃんと取り乱してる」
ライトを藤高に向けると、肩から抜き身の猟銃を提げている。準備は万端だ。
「行くか」
「おう」
扉の前。
記憶に間違いが無ければ、この先に昨日と同じ景色が広がっている。
この時ばかりは一度も違ったことの無い記憶を恨んだ。
藤高が固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと、重い扉を開けていく。
重いのは、はて、ボクの手足なのか、この鉄でできた扉なのか、いよいよ分からなくなってきた。
後ろには猟銃を構えた藤高がいる。
扉を開けきって、部屋の様子が顕になった時――
「……あれ?」
――そこに死体の山は無かった。
「おい、何も無ぇぞ」
「いや、確かにあったんだ。ここに」確かに見た、覚えている。「ここにあった。死体があったんだ! 一日で片付けられるはずが無い! いったいどうやって……」
おかしい、絶対におかしい。あれだけの量をたったの一日で処理するなんて不可能だ。近隣には山もない。見つからずにどうやって消したのか? 埋めた? あの広くはない庭に? 灰も無かった。そもそも焼いたのなら絶対に見つかるはずで、報道もされるはず。そもそもここにあれだけの死体を運び込めることからしておかしいが、つまり、問題なのはここに死体があったことでも、それが消えたことでも無く――
「ヤツめ、またサボったのか」
――銃声が響いた。
振り返る。
ボクと藤高の後ろ――つまり相手も同じように入ってきた――に、刀を持った男がいて。
飛び散った血と肉を足元に溜めながら、それでも平然と立ち上がった。
「おい、オイオイ、オイ……! おい! 当たったろ今の!」
「藤高! そいつから離れろ!」
あと一発撃ったら装填か、いや重要なのはそこじゃない。敵は確実に鉛の散弾を受けて身体中ぶち抜かれたはずだ。
なのに平然と立ち上がり、何かに苛立った様子で髪を乱していく。
「昨日も言ったはずだぞ!」
叫び声だけが木霊する。冷たい岩壁は数度音を跳ね返し、ボクの心を確実に、氷よりも冷たい冷気で満たす。
「ユダァ!!」
怒りに満ちた声。不思議なほどに敵意は感じられないが、しかしどうだ、その憎々しげな視線は藤高に向けられている。
「それにどうして貴様がいる……!」
「標的こっちかよ!」
空気に熱がこもった気がする。
猟銃を向けられているというのに、その怒りはまったく衰えない。
「まだ良かった……まだ良かったんです。貴方だけならまだ! だがこれはダメだ。これはダメだ!」
刃の切っ先を藤高に向け、その男は叫ぶ。
構えた猟銃に添えたライトがそいつを照らす。
落ち着けと言い聞かせた。
「こっちのセリフだよ、武神」
藤高に銃を下ろすようサインして、よく観察してみる。
血に塗れているが、昨日とさほど変わらない。暗い目をした、よく知る顔だ。
武神 勇志。
やはり間違いなく、ここにいるのは後輩だ。




