ウィル・ビギン・スーン
「昨日も今日も。こんなところで何してる?」
なんとなく。だけどほぼ確実に言える。あの山を築いたのはおそらくコイツだろうと。
刀を持っているし、振るうことに躊躇いが無い。その立ち姿はやけに刃が馴染んでいる。
それに何より、その薄暗い雰囲気――まるで別人に思えるような切迫した空気――澱んでいるような、そんな気配とでも言うべき、得体の知れない何かがあった。
やったのだろう、この男は。
死体の山なんて些細なことだったんだ。
本当に注目すべき問題は、それを処理できたことでも、誰にも見られず運べたことでもない。
「殺したのか、人を」
やつは人を殺せるんだ。
それこそ、何の躊躇もなく。
事務作業のように。
慣れ親しんだ仕事のように。
熟練の職人のように。
迅速に、正確に、簡単に、人を殺してしまえるんだ。
武神は猟銃の方を見て、それから藤高を見て。
ゆっくりボクのことを見て、なぜかふわりと笑った。
「何かおかしなことが?」
イカレている。疑うべくもなく。
彼だけでなく、ボクにも出来るはずだと言いたげだ。眼差しには期待すら感じた。
このうんざりするほど平和な世界で、ボクにそんなことが出来るわけもない。手段がどうのという話ではない。こればかりは理論ではなく感情の話だ。
「おかしいとも。目的がまったく読めないな」
「らしくもないです。先輩はもっと聡明な人だ。そうでしょ?」
「もう先輩でもないだろ、武神」
挑発などではなかった。なのにこの後輩と来たら、その暗い目に一層濃く影を落として、残念そうにボク見つめる。
「……ああ、そうでした」
天を仰いで、遠くを見つめていた。それでも一瞬の隙も見せず。
大きく息を吐いて、後輩がボクを見る。
「なら、もうここに武神 勇志なんて人間はいませんよ」
「なんだって?」
「スサノオ。……俺の新しい名前です。スサノオと呼んでください」
大層な名前だ。神を名乗るか。ただの人殺しが、神を。
胸を張れるというのなら、それなりの大義があるのだろう。コイツにとっての大義や正義、そういうものが。
想像出来ないし、するつもりもないけれど。
「で? ……なんであんな事をやったんだ?」
「魂が要るんですよ。石のために」
「イシ……?」
「ええ。どうしても必要なんです」
石のために、魂が要る。そのために殺した?
「……同郷の奴らを狙ってか?」
「別にいいでしょう。これからもっと死にますよ」
「そんなことは聞いてない」
ただそれだけの為に、同級生も、後輩も殺したって? ダメだ、理解出来ない。考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
「なぜ彼らを狙った」
はっきり感じ取れる。血を抜くためだけではない。魂がどうとか言うのは分からないけれど。
少なくとも、死体に向けられていた感情は、そんな綺麗な責務感だとか、崇高な信仰心だとか言うものではなかった。
もっと。もっとドブのように濁りきって、マグマよりも熱い――
「俺の妹のこと、忘れた訳じゃないでしょう」
――ドス黒い怨恨。
コイツは亡霊だ。神を騙る亡霊だ。復讐に取り憑かれた、居るはずのない亡霊なんだ。
あの事件はもう終わったことだ。誰も触れようとしない、言ってしまえば黒歴史のようなもの。
その渦中にいたのは間違いなく過去の武神で、ボクは傍から見ていただけだけど。
嫌な事件だった。それは確かだ。でもそれに罰を下したのはこの男だったはずだ。それをどうして今になってまた。
「丁度いい機会だったんだ。もう誰も、俺を咎めたりしない。だから」
目が合った。
ハンドサイン。
「藤高ッ!!」
再び銃声が響いた。マズルフラッシュ。合わせてシャッターを切る。
撮れただろうか。確認している暇はない。
「先行け、先ィ!」
タタタタッ、とスタンガンが鳴る。スサノオが怯んだ一瞬を突いたのか。
走る。入口へ。
外へ。
銃声がまた響く。
梯子へしがみついた。上へ上へと登っていく。
あと少し。あと一段登れば地上に――
「逃がせませんよ」
――驚く程の力でまた地下深くへ引っ張られ――強く頭を打った痛みだけが、記憶に残っている。
◆ ◆ ◆ ◆
…………。
………。
……。
……――夢だ。
また、あの夢。
温かな毛布――体の揺れ……黒い空――七色の光――
「ぐ……っ」
「よぉ、起きたな高田」
「あ……?」
手が動かない。
足も……縛られている。どこか狭い部屋にいるのか、薄暗い。頭上に灯りを感じて目を向ける。
誰か、いる。
声が――
「あのさぁホント……ねぇホント、どうすんの? マジで。シャレになんないよ? ゼウスになんて言い訳すんの?」
「追々考える」
「いやいやいやいや、いや! いやぁ……嫌だかんね私! スサノオの時とは違うじゃん!」
「うるさいぞミカエル。あの人の目覚めが悪くなる」
「なんですとォ!? 向こう優先とか信じらんないんですけど! 私ここ! ここ私! 私の客室!」
――騒がしいな。どこなんだここ。
えっと。確か、梯子を登りきる手前で下へ引きずり戻されて。頭を打って、意識を失ったはず。
その後、どこかへ連れ出されたらしい。
見慣れない部屋。周りを見ても、めぼしい手がかりはないらしい。
なんだか酷く気分が悪い。頭から落ちたんだから当然か、むしろ後遺症が無さそうなことを喜ぼう。
手足の感覚を確かめようとゴソゴソ動く音を聞きつけたらしい。
誰か近付いてきて。
「おはようございます。よく眠れたみたいですね」
「お前……」
「少し手荒になったことを許してください。こうするしかなかったんです」
――スサノオ。
亡霊はやはり、目の前にいる。思い切り睨むと、スサノオが悲しそうな表情を作る。
「あのまま帰す訳にはいきませんよ。だからここまで来てもらったんです」
「どこなんだ、ここは」
「ああ……紹介がまだでした」
照れ臭そうに頭を掻くと、ゆっくりと立ち上がり。
ボクに向かって、妙なくらい畏まって礼をして。
「歓迎しましょう。ようこそノアの方舟へ」
そして、知りもしない場所へ来たのだと、重い実感を叩きつけてきた。
ノアの方舟。
その響きには、どこか懐かしいものがあった。




