モスト・バッド・デイ
好奇心を厄介に思ったことがあるだろうか?
ボクはある。
まさに今とか。
自分の記憶力は本当に大したものだと思うけど、それが原因か、知らないことはどうしても知りたくなってしまう。
例えば後輩をこの世から消してしまったのは誰なのか、とか。
端的に言うと、ここに入るのは絶対的にヤバい。そんなことは火を見るよりも明らかだ。
結局どんな時だって、厄介なのは他人ではなく、自分自身の好奇心だ。知りたいという衝動。それに抗えた試しはないし、後悔することも少なくない。
零れそうなため息をぐっと堪え、なるだけ音を立てずに進んでいく。
ユダとか名乗った男は着いてこなかった。
全くふざけたやつだ。この地域に苗字もない人間などいるわけがない。だからあれは偽名で違いない。
なぜ外に一人で置いてきたというか、なぜ外の見張りを任せてしまったのかは謎だ。妙な説得力というか、まぁ、そういう物があった、ということにしておいてほしい。
家の中は電気が付いていないこともあって薄暗い。もう日は傾いていたから、真っ暗になるのも時間の問題か。早めに真相を突き止めなくては。
誰かいませんか、なんて言ったって仕方ないか。
まず答えるはずがない。いるかどうか分からない人に対して質問するなんて意味不明だ。
居たとして、そいつは確実に後ろめたいことをやってるんだ。
不法侵入に、おそらくは窃盗。そのまんま、殺人犯だっていう可能性もある。
気楽すぎたかも知れないと思い直すのに時間は掛からなかった。
好奇心というのは本当に厄介だ。
何かを引きずった跡なんて見つけたくなかった。
まぁいずれにせよ、違和感は隠しきれていないけど。畳張りの居間から出て、廊下に続き……決して広くはない庭まで。
少しの間放置されただけだと言うのに、立派な松の木やカシが、伸びた枝によって形を乱している。落ち葉が散らかり、それが逆に、一つのことを浮き彫りにしている。
不自然に綺麗な道ができていて、そこには足跡と、それから――飛び石の傍に引きずった跡。
しかも今度は掘り返した跡着き。
最悪だ。明確に何かがある。
重ね重ねになるけれど、好奇心というのは厄介だ。
少しワクワクしている自分がいる。
◆ ◆ ◆ ◆
動かされていた石はハリボテで、見た目ほど重くはなかった。なんでこんなに精密な物を作ったかは分からないけど。
あたりは少しずつ暗くなり、そろそろ月も出ようかという頃。
ハリボテの下に見つけたのは、地下へ掘られた穴だった。
ご丁寧に梯子までかけてあって、よく見れば土が付着している。そんなに錆びていないことを考えると……使ったやつがいることになる。
最悪だ。マジで。
明確に、この中に誰かいる。
武器になるものは何も無い。ボクは丸腰だ。こうも暗くなってくると逃げるのも難しいかも――それは相手も同じか。
確かめるだけ。そう、確認するだけだ。梯子を降りて、その先に何も無いと証明するだけ。
行くぞ。
行くんだ。
証明してやる。
なるべく音を立てないようにゆっくりと降りていく。数段下がったところで影に塗れて、空気すらも重くなった気がした。
足で探りながら降りきった。
鼓動がうるさい、耳が脈打ってる。それに――ひどい匂いだ。
降りてくるまで全く気付かなかったけれど、何かが腐っているような、どうしようもなく不快な匂いがする。
天井を見上げて、穴の底から空を覗いた。
暮れた空は紫で、時間が無いことを物語っている。
ポケットをまさぐり端末を取り出す。
背面のライトを付けた。
血と足跡。
短く息を吐く。今顔色悪いかもしれない。匂いの正体はこれか。酷く気分が悪い。
また引きずった跡だ。
穴の奥まで続いている。
辿っていく。
その先に、扉があった。重い鉄の扉が。
空気の流れ。風の音。隙間から漏れる僅かな光。間違いない――。
居る。
誰かが居る。
住んでいるのか、一時的に使っているのかは分からないが、確かに居る。
そこまで分かれば充分だ。もうこれ以上は追わない。その「誰か」が出てくるより早くこの場を去って、警察にでも伝えなければ。ああそういえばユダの連絡先でも掴んでおけば良かったな。証拠の写真も撮らないと。ともあれ脱出を優先して僕はすぐ家に帰ってこのことを誰かに話していつも通りの日常に――――
「そこに誰かいるのか?」
――扉の奥から、知っている声がした。
背筋が凍って、全身に広がっていく。扉の前で身動きすら取れず。誰もいないと装った。息を殺し。鼓動すら煩わしく。
けれど、漏れる光は、徐々に大きくなっていく。
扉が開く。光に目が眩んだ。
その一瞬前に見えた――夥しく積み上げられた何かの山――血に塗れた、相手の顔貌。
「……どうして貴方がここに」
その声に。
ボクは思わず後退る。
「ボクのセリフだ……」
僕はこの男を知っている。
だって、こいつを悼むために通ってきたのだから。
「武神。お前、ここで何してる?」
死んだはずの後輩は、ご覧の通り生きていた。
驚いた顔。多分互いにそうだろう。
先に相手が口を開く。
「ユダめ……人払いはしたと言った割に……」
「ユダ?」ユダ、だって?「あの男と知り合いなのか?」
「貴方には関係の無いことですから」
「そうはいくか。もう一度聞くぞ。何してるんだ。その血は誰のものだ。今までどこで、何してた?」
聞きたいことは山ほどある。あるが。しかしそれらを差し置いて。
聞くべきは一つだけ。
「その後ろ。――死体の山は、なんだ」
じとっとした視線。
後輩の、武神 勇志の目。
ボクはその目を知っていた。
羨望の目だ、こいつがいつも、ボクにそれを向けていたことを、よく知っている。
だからこそ信じたくない。自分を尊敬していたかもしれない後輩が、死体の山を背に立って、見る見るうちに、刺すほどに冷たい目へ変わっていくことなんて。
「アンタが知るにはまだ早いよ」
ヒュッと空気を切るような音がして、僕の記憶はそこで途切れた。




