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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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僕の名前は

エピローグが一話に入り切らなかったので初投稿です。

 二人の呼吸だけが響き、徐々に静まっていく。

 どちらかが合わせるでもなく。

 ルシフェルは、今にも泣きだしそうな声で言う。

「殺してくれ……」

 剣を収める。

「お前の手で、終わらせてくれ」

 ゆっくりと、歩み寄る。

 ルシフェルの言葉を反芻する。

「ああ……終わらせてやる」

 血が止まらない。放っておけば、ルシフェルの命はここで途切れる。

 その前に、僕の手で、奪ってしまうのは簡単だ。

 ただ振り下ろせばいい。

 収めた刃を抜き、首を撥ねれば。きっとルシフェルは抵抗などしない。彼はもう全てを諦め、ただ終わる時を待っている。


 待っていた、という方が正しいかもしれない。

 ルシフェルはきっと、諦めがつくのを待っていた。暴走した自分を止めて欲しかった。どうにもならない願望を、終わらせて欲しかった。

 見た目に反して、なんというか稚気のような……なんという我侭だろうか。そして、なんてささやかな破滅の思いだろう。

 ルシフェルはずっと背負ってきたんだ、どうにもならない自分自身を。


 何度だって思う。

 終わらせることは簡単だ。


「だが、それは今じゃない」


 ルシフェルに触れ、魔力を流す。

 ずっと考えていたことが、ルシフェルとの戦いで確信に変わる。

 魔力は戦うためのものだとずっと思っていた。

 けど、違う。魔力を他人に与えられるということは――

「お前の命は、今俺の手に渡った」

 ――他人の傷をも癒せるということ。

 今それをすれば、自分の回復には回せないのだが。

 まぁ、いいか。助けられるなら。自分の命など、どうでも。

 ドクトルは僕に興味があると言ったんだ。どうせ、死なせてはくれない。

 そんな、一種の諦観の中、ミカエルにも魔力を分けて血を止める。

 ルシフェルと目が合った。

 驚いているな。当然か。


 ルシフェルは、僕が手を下すと思っていたのだろう。

 僕自身そうしようと決めていた。

 それも、少し前の話だが。

 ゼウスの言葉を思い出す。

「お前、本気出してなかっただろ」

 ルシフェルの心は乱れたまま。魔力も碌に扱えず、あの赤いオーラだって、本領は発揮できていない。

 治癒も遅く、強化も半端。加えて銀剣だって使えなかった。


 そんな時に勝ったって、僕はやはり、とても納得できそうにない。


 大きく、大きく息を吐いた。

「敗けたと思うならそれでもいい。けど俺は納得していない。だから――」


 これは、もう、決めたことだ。

 自分の命を捨てるのではなく。

 相手の命を奪うのではなく。


「だから、今度は、本気のお前に、戦って勝つ」


 僕は優しくないんだ。

 相手が望んだ通りの最期など与えてやらない。

 僕はいつだって奪う側だ。

 だったら、相手の命の権利だって、勝手に奪ってみようと思う。

「簡単に終わらせてなんかやるか。生きるんだよ。俺が殺すその日まで」

 傷を塞いでいく。

 ゆっくりと。時間を掛けて。


 ルシフェルの傷を癒していく。


「生きろ。俺の家族として」


 足に力が入らない。

 なんて言い訳をして。

 崩れるように、ルシフェルを抱き締める。

「これが、俺の思う勝利だ」


 けれどもまぁ、意識が保てないのも事実だ。

 なんせお互いボロボロで、なのに自分のことは治していないのだから。

 ドクトルは見ているだろうか。

 見ているなら――悪いと思う。

 また、お前を頼ることになりそうだ。


 僕はポケットの中の鍵に触れた。



◆◆◆◆



 ……。

 …………。

 ………………。

 温かい感触だ。

 何か柔らかいものの上にいる。

 背中の感覚からそれが分かった。


 目を閉じていた。

 手がある。

 足がある。

 それだけ知ると、僕はゆっくりと目を開けた。


 その天井を、僕は知らない。

 だけど、そこにいるのが誰なのか、ここが誰の部屋なのか、僕はなんとなく分かった。

 いつもは騒がしく起きていたな、と思い返して、せめて今日くらいは静かにしようと思った。


「おはよう、ドクトル」


 体を起こして周囲を見渡す。

 すぐ近くに、そいつはいた。

「うん、おはよう。今日は随分静かだ」

 メガネをかけた、細身の、白衣の幽霊。

 僕を見つめながら、退屈そうに豆を挽く。

「ちょっと待っててよ。今コーヒー淹れるから」

 言って、ドクトルは作業に戻る。

 変わり映えのしない部屋だな、と呑気なことを思いながら僕は――「なんでまた、上を着てないんだよ俺は」――体に付いた新たな傷跡をなぞる。

「……夢じゃなかったんだな」

「あ、叫ばないでね。静かに噛み締めて」

「……」釘を刺すな、釘を。

 せっかくいい気分で雄叫びを上げようとしたのに。

 ため息をついて、仕方ないから確認しておく。

「俺は勝ったのか」

「それを決めるのは君だろ?」

「言われてみれば、そうか」

 まだ実感がない。生きているというだけで――いや、違うな。この晴れ晴れとした気分を前に、負けたと言うのは野暮が過ぎる。

「……勝ったんだな」

 勝ったんだ。僕は確かに勝利した。一歩に過ぎないが、しかし大きな一歩。

 ルシフェルはきっと、もう死のうとはしないだろう。

 それだけで良かったと思える。無駄ではなかったと。

「そう思えたようで何より」

「……ドクトル、約束の相手はちゃんと教えておけよ」

「あれ、言ってなかった? まぁ――もう知ってるんでしょ?」

「知るのに随分手間取ったんだがな」

 粉末になったコーヒーをフィルターにセットする。どこからともなく出現したケトルには既に熱湯が入っている。

 コーヒーのいい香りがした。

「じゃ……この一杯を飲んだら、もうお別れかな……」

 ドクトルは、寂しそうな顔をして。

「そうか? 少なくとも、お前はそんなつもりではないだろう」

「バレた?」

 もう一度、ため息をついた。

 結局、こいつから離れることはできないのだ。こいつ自身が興味を失うその日まで。

「君はやっぱり面白いね。俄然興味湧いてきたよ」

 言って、近くのテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。

「でも、しばらくこうして話せないっていうのは本当さ。君はこれから約束を果たしに行く。だろ?」

 ベッドの隣に立ち、着替えを渡してくれる。

「ああ、その通りだ」

 袖を通しながら、刀を見る。

 カップの横に置かれた刀。なんだか場違いだ。

 やはりあれは、僕が提げているのが一番似合う。

 熱いコーヒーを口に含む。

 随分と、美味くなったと思う。

 最初に飲んだあの泥水のような物とは随分な差だ。

 僕は成長できただろうか。

 見違える程とは言えないまでも、少しは。

 確かめに行こう。

 ゼウスに会って、確かめよう。

 あの男ならきっと、僕を納得させてくれるから。

「ま……僕が言うのもお門違いかも、だけどさ。お疲れ様。頑張ったね」

 否定はしない。ドクトルが生かそうとしなければ、きっとルシフェルは……ああ、そうそう。

「家族の魂は成仏させてくれ」

「あれ。生き返らせなくていいの?」

「いいんだ。皆死んだことになってる」

 僕も、死んだことになっているから、もういいんだ。

 死者は還って来ないのだから。

 人間としては還ってこないのだから。

 それに、家族は他にもいるから。


「……あのさ」

「なぁに」

「その…………ありがとう。お前のおかげでここまで来れた」


 改めて言うと、なんだか照れ臭い。

 ドクトルは目を閉じて。言葉の意味を考えてから、ゆったりとした調子で返した。


「君は、本当にいい子だな」


 それは、いつかの言葉。

 けれど、遥かに優しい声。

 柔らかく、温かで、包み込むような――僕の欲しかった声音。

「残念だけど、恨まれはすれど感謝されるようないわれはないんだよね。君を助けたのだって興味本位だし、その分の対価もきっちり貰ってる」

「ゼウスから?」

「おや、今日はなんとも察しがいいね」

 コーヒーを飲む。

 相変わらず、今日は美味いと思った。

「あれだけのことがあったんだ。少しは察しも良くなるとも」

 そして、今日が最後か、とも。

 願わくば、いつか落ち着いて、全てのことを聞きながら、ゆっくりと飲んでみたいものだ。


 僕はいつの間にか、ドクトルの珈琲が好きになっていたらしい。


「さて、それじゃ……そろそろ行くよ」

 名残惜しいが、もう時間だ。

 行かなくては。

「鍵は持っておいて」

「いいのか?」

「もちろんだよ。それは君にあげたものだからね。大事にしてくれよ、一個しかないんだから」

 もう一度感謝を述べると、ドクトルは「いいって」と受け流し。

「うん。出口はそこの扉だよ」

 僕の背中を、ふわりと押す。

 言葉だけで、僕はもう、戻ろうという気にはならない。ドクトルはそれを知っていたし、僕も、どこかでそれを期待していた。

 扉に向かって歩いていく。

 一歩ずつ。

 たくさんのことがあった。

 ルシフェルに勝てた。

 家族を得た。

 夢を見つけた。

 やりたいことがなんなのか、教わった。

 歩むべき道があると知った。

 強き人と出会い。

 仲間を知り。

 復讐を越えて。

 目覚めた時と同じようでいて。


 ほんの少しだけ前に進んだ景色へと、僕は踏み出そうとしている。

 誰も知らない世界へ、僕は行こうとしている。

 怖いかと聞かれれば、それは怖いに決まっている。

 僕は、僕のままでいられるのか。

 それが、不意に怖くなるんだ。


「そうだ。そういえば君に一つ、聞き忘れてたことがあったよ」


  ノブに手を掛けた僕に、ドクトルは問い掛ける。


「最後にさ。君の名前を教えてよ」


 何を今更、と言いかけて、やめた。


 違うからだ。

 僕の思った答えとは違うものを、ドクトルは求めている。


 聞かれているのは『俺』ではない。

 聞かれているのは『僕』の名前だ。


「俺は……」


 もし。もし叶うなら。

 お前に呪いを掛けてもいいかな。

 僕の名前を忘れるなという呪いを、お前に掛けても。

 それだけで、どこまでも、歩いて行けると思うから。


「僕の名前は、武神 勇志(タケガミ ユウジ)


 ドクトルは満足そうに笑った。

「勇ましい志しか。……いい名前だよ。実に君らしい名前だ」

「ありがとう」

「じゃあ、ほら、行って。ゼウス様が待ってるから」


 僕はこの名前が嫌いだった。

 「勇」は兄の名前だから。その意志を継げと、その志しを持てと、言われている気がして。

 けれど、もう迷わない。

 僕の名前は武神 勇志(タケガミ ユウジ)だ。

 俺の名前は、スサノオだ。

 そこに、なんの矛盾もありはしないから。


「それじゃ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


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