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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
69/166

信念を越えて

 言葉に出来ない。

 歓喜ではなく、悲哀ではなく。

 ただただ真実だけが、胸を熱くする。

 その熱量は呼吸では抜けず、頭の中で何度も何度も繰り返される言葉だ。

 言葉にならない言葉だ。

 残心のように、ゆったりと構えへ。

 強く、剣を握りしめる。

 勝負あったと、一人思う。

 致命傷だと、一人舞い上がる。

 これで終わったと――一人、安堵して。

「俺の――」


「これで条件は揃った」


 そこがまだ、最終局面でないと思い知らされる。

 まだ、なのか。

 まだ先へ行こうと言うのか。

 背中を掴まれてなお、僕を下そうと。

 ルシフェルが不敵に、強気に笑う。

「条件その一。……相手が一人であること。これを満たすのが最優先にして最難関……戦場において、一対一の場面などまずないからな……」

 血をしとどに流しながら。

「条件、その二。相手の体内に俺の魔力を流すこと……こちらはそれほど難しくはない。経験を積み、知識を蓄え……幾度かの攻撃を受ければそのうち完了することだ」

 覚束無い足取りで、その傷を押さえ。

「条件、その三」

 しかしその声は、確かな自信に満ちていた。

「俺が致命傷を負うこと」

 待っていたというのか……否。違う。待ってはいない。ただこの状況で、どんなに追い詰められたとしても。

 こいつにはあるのだ。そこからなんとか巻き返せる、とっておきというものが。


「見せてやる。俺の切り札を」


 その言葉を引き金に、体の中で違和感が暴れる。

 ルシフェルが、僕の血液から刃を精製したその瞬間――あの僅かな隙に、ルシフェルの魔力は流れ込み――未だ体内に留まり流れ――今まさに、飛び出さんと暴れ回っている。

 思わず膝を着いたその時。

 ルシフェルの魔力は僕の体を突き破り、この体に、ルシフェルと同じ傷を刻む。


痛みの鎖(ペインチェーン)


 痛みに叫ぶ。

 治癒が遅い。

 魔力の巡りが極端に遅くなっている。

 二人して同じ傷を抱えながら、それでもなお前を向く。

 傷を治せずにいるのはルシフェルもだ。

 臓腑まで到る深い傷。命に届く重い傷。

 二人でそれを共有して、僕らはそれでも折れない。

「簡単なこそさ。魔力の循環がどこで途切れているか……それを意識すれば、お前にも同じ『流れ』を作り出せる」

「だが代償は大きいようだな」

「無論。だからこそ切り札なのさ」

 ゆっくりと。

 ゆったりと、立ち上がる。


 互いに構え。


「ここから先は一撃の下」

「ああ、ならばこそ」

 互いに傷と、思いを共有し。

 そして、言葉は重なる。


「「これが最後だ」」


 一撃の下。

 たったの一振りで。

 致命傷の上、更に命へ踏み込む愚行。

 まともな神経ならばここで引くだろう。

 普通の人間ならとっくに逃げているだろう。

 少し前の僕ならば、既に折れていただろう。

 だが、もう違う。


 心は刀。

 幾重にも、折り重なって叩かれた鋼。

 強かで(しな)やかな、一振の剣。


 単純にして明確な、二人の信念を懸けた一撃。


 求めるものは同じ。

 極めたものは違い。

 歩んだ道もまた遠く。

 それでもやっと、交わった。


 僕はルシフェルの隣に立ち。


 ルシフェルは僕を見ている。


 身体だけでなく、精神すらも。


 正々堂々、一刀に全てを。


 命運を分けるのは、ただひたすらに、剣を振るってきた場数だけ。


「……笑っているな」

「そうか?」

「ああ。……心底楽しそうだ。羨ましいよ」

「結局、俺はこういうのが好きなんだろうな」

「スサノオ。お前に一つ聞きたい」

「二つでも三つでも構わんぞ」


「………………後悔はないか?」


 その言葉に、僕は高ぶる気持ちを抑えられない。

 後悔か。


「微塵も」


 それは、一瞬の交錯。

 微笑みあったと見えた次の瞬間だ。


 ルシフェルは一気に距離を詰める。

 読んでいたその動きに合わせ、半歩引いて攻撃の後に刃を合わせようとし。

 中段から、大きな動作で面を狙い、振り下ろされる刃。

 躱した、と確信。

 あとは、隙だらけのルシフェルに、刃の切っ先を置いていくだけで――


 刹那。


 何かおかしいと勘づく。

 一秒。

  降り切った剣が。

 上がり。

 振り上がり。

 届かないはずの、刃が。


 体を袈裟に切り裂いた。


 見れば、そこには赤いオーラがある。

 見れば、それは切っ先と同じ様を象り。

 僅か、肉体に沈みこんだ刃が、致命傷の刻まれた我が満身創痍に、もう一つの致命傷を上塗りしていく。


「……これが、全ての決着だ」


 確信したのはルシフェルの方だった。

 足を引きずって、膝を着いた僕に背を向けて歩いていく。

 その向かう先は、ミカエル。

 その向かう様は、懺悔のよう。

 銀色に佇む十字架へ、一歩ずつ踏みしめるように歩いていく。

「家族というものが……」ルシフェルは、喜びを滲ませ。「やっと手に入るんだ……!」狂気を浮かばせ。

 僕はただ。

 ただひたすらに。


「違う……!!」


 その信念を否定する。

 違う、それだけは違う。

 お前の全てが正しいとしても、その信念だけは違う。

 家族のためにここまで来たと言うならば、なぜ。


 なぜ僕を、ちゃんと終わらせてくれない。


 せめてもの手向けの華が欲しい。

 せめてもの、ちゃんとした敗北が――死が欲しい。

 ここで終われるかもしれない。ここで歩まなくて済むかもしれない。もう何も。


 見えもしない幻想を追わなくても――


「お前は家族を……! 家族をなんだと――」

「決まっているだろ」

 ルシフェルの背中には、数えきれないほどの過去があって。

 その過去には、悲しみが、憎しみが、確かな歴史が刻まれていて。


「理想のように得難く。人生のように離し難く。――だからこそ、復讐のために立つに足る」


 それが。それこそが、お前にとって。


「お前も、ゼウスも、ミカエルも。……確かに、俺にとっては家族なんだ」


 僕にとって。


「さぁ……来い。一つになろう。永遠に……もう二度と離さない」


 復讐のため、刃を振るうに足りるもの。

 立てと足に命令する。

 それでも体は動かない。

 走れと意思が迸る。

 それでも体は応えない。

 少し遠くで、ミカエルの拘束が解かれていく。

 その姿はぐったりとしていて、とても生気が感じられない。

 命は僅か。残された時間は僅か。

 そして、僕の命も、あと僅か。

 終わるのか。ここで。ここまで来て。超えられないのか。ルシフェルという壁を。十五年という歳月を。ここまでして。ここまで来て。ここまで届いたのに。超えられないと。

 お前はそう言うのか。


 ルシフェル(兄さん)


「お前には」

 超えるべき壁。

 追うべき背中。

 僕の理想。

 僕の在るべき姿が。

 そんなものだと思いたくない。

 情けない姿を見せてくれるな。

 過去には何も無い。真実も嘘も。希望も絶望も。何も無い。何も無いんだ。

 僕の兄だとお前は言った。僕を家族とお前は呼んだ。

 今しかないんだ、僕達には、今しか。

 今この時、たったの一瞬、それしかない! 僕達は、誰も歩んだことの無い、荒野に! 足跡を残し続けてきたのだから!

 この方舟で!

 誰よりも得難く! 何よりも離し難く! そして何よりも――どんなことをしても! お前を得たいと僕自身が望んだのだから!


「お前には負けられないんだ!!」


 もう何も、残せるものはない。

 少しでも遅れれば、ミカエルも僕も死んでしまう。

 たったの一秒でいい……! 奴に肉薄し! 骨を裂き!


 抱き締めるだけの力が欲しい!


「あああアアアアアアああああッ」


 叫んだ。

 力の限り叫んだ。

 この瞬間に全てを投げ打つためだけに。

 この瞬間に全ての決着(ケリ)を付けるため。

 あらん限り。底無しに叫び。


 ルシフェルが見えた。

 目が合って。

 ミカエルを横にして。

 僕を振り返り。

 何か――何かを言った、口ずさんだ、呟いた、僕はそれを。


 静かに流れる、緩やかなスローモーションの中で聞いていた。


「……!!」


 言葉を返す間が惜しい。

 息を吐き出す時間が惜しい。

 そんな余裕があるのなら、前へ。

 一歩でも前へ、駆けろ。


 転がるようにして前へ。倒れ込むようにして近付く。


 全てがスローモーションに。


 僕はその、緩慢に流れる時の流れに、しっかりと自意識を保ち。

 叫ぶ代わり、ルシフェルの肩へ、刃を掛けて振り下ろす。


 ゆっくりと、血飛沫が舞った。


 それを浴びた途端、世界の速度が元に戻る。


 止めていた息が押し出され、目を大きく見開いて。

 崩れ落ちるルシフェルを前に。


 僕は、拳を突き上げた。



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