威風堂々
一歩。
ユダの気配が消え去って。
目の前に、装置が見えた。
踏み込む。
力一杯に。
魔力の循環を一気に早める。イメージを崩さず。心臓の鼓動――血液の躍動――筋肉の――魔力の潤滑、その流量を、一気に、爆発的に上げて足を瞬間的に強化する。
一息に装置へ。
駆けたその先に、今度はルシフェルの意志が足を引く。
いいだろうとほくそ笑み。
一度だけ、ルシフェルの前で立ち止まる。
「来たな」
ルシフェルは言い。
「ああとも」
僕は答える。
得物は抜かず、しばらく無言で目を合わせる。
悲しみを帯びた眸。
だけど、一歩の躊躇も覚えない。
時は残されておらず、二人の間に壁はなく。また、敗北を恐れてもいない。
負けない。
ただそれだけ。
短い言葉のやり取りは、互いの思いを伝えるには十分だ。
語るべきはここにはない。
嘆くべきはここにはない。
それに気づいた時、二人は得物を手に取った。
居合の構え。
奇しくも考えることは同じだ。
落ち着けと言い聞かせ、目を閉じた。
見詰めることに意味は無い。だとして、今はただ、正確に未来を知るべきだ。
その時を逃すな。チャンスは交錯の一瞬。
一秒。
二秒……。
三秒。
ここだ!
間合いが重なったまま、ルシフェルの剣が抜き放たれた。
それを一歩引いて躱す。
狐につままれたような、ギョッとした顔。
「その面が見たかった」
一歩踏み込む。
意識が外れた隙を逃さない。
一息に装置へ。姿をくらましたことに驚いたのか、ルシフェルはあたりを忙しなく見渡して。
僕はそれを、装置の上に立って見つめる。
ポケットから鍵を取り出して。
「これで……振り出しだ」
確かに装置へ突き立てた。
装置を覆うようにトビラが展開され、それに飲まれていく。
鍵にはこういう使い方もあると、あいつが確かに言っていたか。
ユダ。裏切りのユダ。常に役に立つ情報を持ち歩くが故に、あいつは裏切り者でいられるのだ。
ルシフェルの目が驚愕で見開かれる。
「お前……! 自分が何をしたか分かっているのか!」
「分かっているとも。装置は二つ。だがそのどちらかが無くなっても、お前の願いは果たされない」
だからこそ、こうする必要があった。
僕だけが何かを取り戻さねばならない。そんな勝負は公平じゃない。
揃えたかった。僕とルシフェル、お互いの想いを。
渇望が必要なのだ。何かを手に入れたいという渇望が。
家族だとか絆だとか人生だとか、そんな曖昧な物でなく。
今確かに目に見える、何かが。
「選べルシフェル。二つに一つ。ここでくだらん戦いを続けるか、それとも戦いを捨てて装置を追うか」
迷うことのない選択肢。僕から鍵を奪うことが最良だ。そんなことはルシフェルだって分かっている。
僕はミカエルを助けたい。
ルシフェルは装置を取り戻したい。
これで、条件は揃った。
「出来ないよな? 選ぶべくもないだろう? だからこそ。……お前は俺と戦うしかない」
さぁ今一度。
刮目すべきは僕だ。
ルシフェルを。ミカエルを。今ここにいる僕を。この場所は一体なんなのか。
その全てを、知る時が来た。
ああ、そうとも。ルシフェルの言った通り。
「来い。これで最後だ」
これが全て。これが最後。
僕が殺意を以て、家族に刃を向けるのは、これきりにしよう。
ルシフェルは、その長い髪を掻き乱す。
そしていつぞや叫んだ時と同じように、俯いて、唸るように言葉を零す。
「分からない……分からないぞ? なぜそこまで彼女にこだわる。お前にとって、彼女は敵だった……そのはずだろう?」
そして、続ける。
「命を狙うことに変わりはない。お前は戦いに縛られてる。そう仕向けたのはミカエルだ。なのになぜ……何故だ? 何がお前を突き動かす!」
バカバカしい問だ。
あまりにも、分かりきった問いかけだ。
目を閉じた。
未来を視るはずの僕の目が、その時だけは、過去を見ていた。
死の間際でなく、生の渇望の中、過去を見ていた。
それはミカエルと出会った記憶だ。
それはミカエルと戦った記憶だ。
それはミカエルと手を結んだ記憶だ。
それは、ミカエルに、支えられた記憶だ。
僕は知っている。
自分は勝てるということを。
死でなく。命でなく。
確かな勝利を掴めるということを。
僕は既に知っている。
勝利が、ルシフェルへの勝利が、なんなのかということを!
「…………初めてなんだ」
「なに?」
「初めてだった」
柄に手を掛け、鞘を遊ばせる。
「今までずっと、それは夢物語に過ぎなかった。ずっと、届かないものと思っていたんだ」
追いかけるだけ無駄なものだと。そこには存在しないものだと。
僕がずっと、憧れるだけだった夢。
「その夢を、笑わなかったのはミカエルだけだった。――俺の夢に……『出来るよ』と! 背中を押してくれたあいつのために、俺は今この刃を振るう!!」
理由なんて、それだけだ。
ミカエルは出来ると言ってくれた。途方もない僕の夢を、笑わず受け止めてくれた。
応えねばならない。
応えなくては。
その思いに。僕自身の夢に。
決して嘘はつきたくない。嘘であったと言いたくない。
僕はただ――ただ正直に。自分に嘘という泥を塗りたくないだけ。
それで充分なのだ。それだけでいい。それが、僕の中にある、最も……最も。
最も強き渇望だから。
「構えろルシフェル。どんなでもいい。ただひたすらに……情けない姿は見せてくれるな」
もちろん俺らは旅行をするで。
……なんで?
『車』で!!




