一撃
地面に赤黒い花が咲く。
魔力の放出は感じなかった。
ただの力でここまでダメージを負わされた。
体術でもあちらが上。剣の扱いは言わずもがな。
勝ちの目が無い。
今ある魔力を全て使って、残量はそれでお終いだ。
死を覚悟して戦うか。
死を恐れて傷を治すか。
二つに一つ、迷うことの無い選択肢。
「お前の……ことなど……認めない!」
口から血を流しながら、フラつく脚で立ち上がる。
治癒に回す余裕は無い。
かと言って、勝ち目も無い。
僕は何をしているんだろう……父さんが求め続けてきたものを、今自らの手で放そうとしている。
勝つことだけが全てではない。
その言葉が重く、伸し掛る。
だけど、他にどうしろって言うんだ。
僕にはこれしかない。
戦うこと以外、何も学んでこなかった。
だから、戦うこと以外、何も、要らない。
「おい……正気か?」
「さぁな……」苦しい。「自分にも分からない」
どうしても、勝ちたい。
今あるのはそれだけ。
頭に昇った血が吐き出され、スっと冷静になっていく。
足取りは覚束無いが、それでもいい。
剣を振ることさえできれば問題は無い。
最期の時は、戦うことに決めている。
それに今一度省みて、僕らの目的はお互いに、遠く離れてはいないと思った。
ルシフェルは僕の魂が欲しい。
僕は最期に勝利が欲しい。
ずっと二人はすれ違って来たのだろう。
ずっと同じものを求めてきた。
だからもういい。
こんな男と吐き捨てたいが、相手は確かな強者だ。
「怖いと言うなら、止めてみろ」
相手にとって不足はない。
これほどの相手に全てをぶつけられるなら、あるいは。
僕は満足して終われるだろうか?
口から滴る紅い筋を拭って、ルシフェルをねめつける。
随分と手足が重い。振るえたとして数発が限界だろう。確実に、無駄なく。急所に叩き込む。
「命知らずが」
「なんとでも言えば良い」
見極めろ。
もう魔力は使えない。
身に纏う鎧を解き、その分を攻撃に回す。
左腕を介して魔力の全てを刀身へ。
きっと、狙いなど最初からバレているのだから。
隠す必要など、どこにもない。
ルシフェルがため息を吐いた。
ゆらと、姿が沈む。
ここだ。
「シッ――」呼気。「ッダァアア!」
構えた刀を地面へ。抉り削った礫に魔力を纏わせ、勢いのまま投げ飛ばす。
この程度目くらましにもならない。
だが、まだやれることはある。
砕けた礫の魔力を接続。刀から伸びる魔力を糸のように細く整形し、一個ずつに宿る力を大きく。
伸びろ。
イメージは手。
ドクトルがそうしたものと比べるべくもないほど稚拙で構わない。
僕の魔力はそれで終わり。
一瞬でいい、やつの意識を逸らすことが出来れば充分。
倒れ込むようにして前へ。
掴むことなどできるわけが無い。その魔力にはなんら念など篭っていないのだから。だが匂わせるだけでいい。
こいつがそうしたように。
ドクトルがそうであるように。
魔力の手で動きを封じられると匂わせるだけで。
隙はできる。
「ぬ……!」
来た。
ルシフェルが下がる。その目は確実に魔力の方を向いていた。
僕のことを微かでも見逃したなら、それでいい。
勝てる。刀を大きく振りかぶる。
太鼓を強く打つように。
そんな言葉が脳裏を過ぎって、思わず口角が緩む。
父さんの言葉を思い出すなんて。
ああ僕はやはり、どうしようもなく。
家族に認めて欲しかったらしかった。
認めろ、僕を。
然と見よ。
これが、お前の弟だ。
すらりと。
鈍色が空を滑って登る。
狙いは心臓。袈裟に裂いて下ろす。
獲れる。確信に逸る気持ちを抑え、力を抜く。
振るうことに力など要らない、肩から腕を鞭のようにしならせる。
切っ先が天辺に届いて。
空を裂く音より早く。
命じてもいないのに、放った魔力が刀身に集まる。
これは予想だにしない僥倖。
そうか、と内心ほくそ笑む。
刀は魂を格納できる。
それはつまり、魔力を回収できるということ。
この刀に僕の魂が記憶されていたのか。
それとも自動で魔力を吸うのか。
それは分からないが些細なことだ。
重要ではない。
重要なのは。
要となるのは、今僕に、ルシフェルの命を獲るに足る、確かな刃が戻ったということ。
無数の手が切っ先を掴む。一つ一つが形を解いて刃に宿る。
手首のスナップを効かせ。
「これで……」
空を斬る、鋭い音。
「終わりだッ」
行ける。
届く!
僕の刃が、僕の刀が、僕の力が!
今こそこいつに、僕から全てを奪った者の、命に届く!
行け。
行け。
行け!
世界がスローモーションに。
刃がゆったりと滑って、ルシフェルの肉体を裂くのを視た。
銀剣は彼方。
刀だけでは魔力は消せない。
相手の鎧を貫けるか否か――ええい。
全ては当たったあとに考えろ。
今はただ、この瞬間に。
確かな手応えだけに意識を。
引き締まった肉の、少しだけ硬い感触。切っ先が数センチ内側に沈む。
骨には届いていないが構うものか、少しでも深く。
振り切れ。




