武神流
第40話です!長いなこの話は!
――メス。心電図のチェックを欠かすな。
誰かが話している。
――酷いな……よく腕一本で済んだよ。
誰かの声がする。
――出来るところまで修復しよう。
僕はそれを、ふわりと浮かぶ意識の中で聞いていた。
――元の形には戻してみせる。そこから先は……
どことなく、違和感のある左腕のことを思い出し、僕は思わずそれを抱える。
――この子の気力次第だ。
目を開けた。
そこは知らない場所だった。
記憶が正しければ、僕はドクトルの傍にいたはずだが。
それに、歩けもしないはずだ。
腕だって、両方共に動かすことは叶わないはず。
なのに、僕は歩いていたし、腕だって、なんの痛みも違和感もない。
いや、そもそもこれは自分の体なのか。
自分でも知らない場所を、自分でも不思議なくらい確信を持って歩んでいる。
もしかすると、これは誰かの記憶なのかもしれないと、そう気付いた時には既に、僕は歩みを止めていた。
「調子はどうだ」
聞き覚えのある声。
「ダメです、目を覚ましません。止血は施しましたが……」
目の前には背の低い女。
いや……違う。僕と同じ程度の高さに、その女の頭はあるはず。だとして、背が伸びたのは僕なのか。急激な成長などありえるのか。
そもそも、なぜ、「調子はどうだ」何ていう言葉が、僕の口から出るのだ――
「私に行かせてください。ルシフェル隊長」
――それは僕に向けられた言葉だった。
「許可できない」
僕の口から。否、ルシフェルの口からその言葉が漏れる。
「なぜです」
「やつらの居場所を突き止めるのなら、俺が一番適している。それに向こうも、尾行にはかなり警戒して拠点を移したはずだ。お前が見つけるのは骨の折れる作業だろう」
僕は今、ルシフェルの目を通して、方舟を見ていた。
視界がやけに狭くて場所を特定出来ない。だけど、方舟であることは理解出来た。
その部屋には窓が一つもなかったから。
「神官級のNSが一人。得体の知れない『何か』もいる。あとこれはついでだが……元々のターゲットは俺一人で片付ける予定だっただろう」
「しかし……隊長……」
「いいか、信じろ。そして仕事に戻れ」
ルシフェルが、その傷だらけの手を差し出した。
「アロベナの腕は必ず取り返すとも。こっちには、奴の刀という人質がある」
その手が、女の頭に置かれ、ゆっくりと撫でた。
「行ってくる。お前は何も心配せず、しっかり仲間のことを見ていろ」
僕の意識は、そこで途切れた――
「…………起きたね」
「どれくらい寝てた?」
体を起こせない。
というより、体を起こすのが怖かった。
左腕の痛みは最早ないが、それでも見るのは怖かったし、そもそもそれだけの体力がないのだ。
だが、動けなければ意味が無い。
「今日は静かな目覚めだ」
「そういう日もある」
手を握ってみる。
違和感が強い。針金でも通したのか、指が軋むような感覚があった。
「……どれくらい治ったんだ?」
「えっとね……二時間の手術で、とにかく原形に戻したって感じかな。あとは自分の力で治して」
言われてすぐに魔力を編む。
少しの痛み。続きそうだ。治すためなら致し方ないが、これを抱えて戦うというのは骨が折れそうだ。……物理的に折れているのだから関係ないか。
「つまり君は4時間近く寝てたわけだな。気分はどうだい?」
「良くはないが、悪くもない」
ベッドから降りて立ち上がる。
強烈な立ち眩み。血が足りていない証拠だ。
「食料の用意がまだ出来てなくてね。悪いけど、しばらくはそれで我慢してくれ」
「問題ない。動けるなら充分だ」
ユダがいない。食料調達にでも行ったか。
前の拠点は、捨てたのだろう。機械の箱はここに移されているのか、それとも捨てたのか。
今あるのは見知った椅子と机、それからすっかり馴染みとなったベッド。
今ここに無いものは、あの大きな機会の箱と、ユダが使っていた懸垂器。そして――
「俺の刀はどうなった?」
――自分の刀。
「ああー……それは…………」
「私から説明しましょう」
その声とともに、ドアが開いた。
立っているのはユダ。手にはいくつかの袋が提げられている。
「まずは、食べてください。そしてプロテインを飲むことです。あなたの故郷から調達してきましたから」
プラスチックで出来た袋から、見知ったパッケージの弁当が取り出される。
「…………いや、どれだけ買ってきたんだ」
「何も食べていないでしょう? 入るだけ入れてください」
「俺は今利き腕が使えないんだぞ……」
僕は左利きだ。
動かせないことはないが、激しくは難しい。それに、腕は温存しておきたい。
仕方がないから、右手で食べることにした。
「で……あなたの刀、ですが」
カレーの入った容器を開ける。
「腕は落としたんだろうな?」
「はい?」
「アロベナの、腕だ」突き刺さったのは見た。「落としたんだろう?」
「…………貴方という人は。まず聞くのがそこですか」
ユダが袋を探る。
握り飯か。具は――時雨煮か、いいな。
「関節に刺さってましたよ。アロベナから引き抜くついで、なんとか片腕はもらいましたが」
カレーを平らげる。
「ごちそうさま」僕もおにぎり食うか。「で、刀は?」
「早いですね……」梅握りを差し出された。「奪われました。そしてそのまま逃亡。これが現状です」
腕と刀を交換か。
状況は良くない。
「決まりだ。刀を奪い返す」
「手はありますか?」
「無いな。できれば刃のついた武器が欲しいところだ」
ゼリー状のプロテインを飲む。
「まだあるか?」
「おにぎりどうぞ」
「ありがとう」
昆布か。悪くない。
まぁ、生身でもなんとかなるのだが。
僕が学んだのは何も、剣術だけではない。母に師を頼んだ訳では無いが、暇があれば素振りをするか、母の稽古を見ていた。
妹の組手にもよく付き合ったものだ。
「徒手でやれないこともないが、一人では不安だ」
「ああそういえば、聞きたいことがありました」
唐揚げを頬張りながら、僕は首を傾げる。
「なんだ」
「武神流、貴方は言っていましたね。誰から習ったのですか」
「ああ……」習ったも何も。「母さんが納めていた柔術だよ。俺が使うのは、かなり改良を加えたが」
おかげで光明が見えたのだが。
「武神というのは?」
「……そこは聞くな」
あまり、話すべきでないことだ。
捨てたものの話などしたくはない。
そんなことより、今は食うことが先決だ。
「聞いてあげないで。たぶん名前とかそういう――」
「ドクトル!」
「んー、んっん、すまないねぇ」
ペットボトルを開ける。
当たるなら投げつけている。
余計なことは話すものじゃない。




