奔流
負傷した左手を魔力で覆う。
痛みが引く訳では無い。それでも、ないよりは遥かにマシだ。
ドクトルの言葉を思い出す。
魔力は全てにプラスの作用をもたらす力だ。傷を無理矢理治すことも出来る。
なら、体を、自然のまま治すことが出来るなら?
魔力を脳へ。
命じる。
もっと動け。
その為には痛みなど不要。
すっと痛みが引いていき、頭の中で暴れ回る轟音が小さくなる。
消えた訳では無いが、遥かにマシだろう。
右手で刀を――
「させるか!」
「クソがッ……!」
――アロベナが一歩早く、刀を遠方へ蹴った。その間に立ち塞がる。
腕の魔力にイメージを与える。
腕の形を。
ドクトルがそうしたように、腕の形に整える。
無理矢理でもいい、動かすことが出来るなら、戦えるはずだ。
立ち上がれ、と魔力に命じる。さほど力の籠らない脚で、ゆっくりと立ち上がり。
覚束無い足取りで、構えた。
「スサ――」
「ユダ。お前は」黙って見てろ。「まだ出るなよ」
勝つまでやめる気はない。それはユダも承知している。たとえここで力尽きても自業自得ユダが責められる謂れはない。
それに。
「俺の武器は刀だけじゃない」
僕を剣だけの男だと思うのは大きな間違いだ。
「言ってろ。満身創痍もいいとこじゃねえか」
右手を前に、左手を後に。
まだ敗けたわけではないし、諦めるつもりもない。満身創痍と言うなら言わせておけばいい。
油断と隙のその先に、確かな勝機はある。
だが軽口を叩く余裕が無いな。
左手を握ってみる。
思わず顔をしかめると、脂汗が滲むのが分かった。
長くはもたない。
だからこそいい機会だ。試したいことが、一つだけある。
「行くぞ」
「来いよ」
少しだけ、考えた。
次撃てる技で最後だ。
魔力の量が少なくなっているのが、なんとなく理解出来た。
どうやら限りがあるらしい。あたかも石清水のように、魔力が増えていくのは緩やかなスピードで。だからこそ、限りある魔力という燃料を如何にして効率よく使うのかが命運を分けていく。
フッと口元を綻ばそうとして、呻き声が出るのが予測できてやめた。
学ぶことがあまりにも多すぎて、沸き立つ好奇心を抑えきれない。
僅かというなら一撃で。
緩やかというなら一瞬で。
着けよう、勝敗の行方を。
駆け出すと同時、アロベナが居合の構えを取る。抜くのが速いとの判断だろう。だがしかし。
「フッ……!」
だがしかし。血を飛ばす方が速いのだ。
左腕を無理矢理横に凪ぐ。
赤い飛沫がアロベナの目を塞ぎ、その隙に距離を縮めた。
右腕を振りかぶる。
察したか。相手が頭部への殴打を嫌がるように、腕でガードする。
だから僕は敢えて空振りし。
「甘ァいッ!!」
回し蹴りをその鳩尾に突き刺した。
苦しげに喘ぐアロベナ。踞ろうとする動きに対し、僕は回転を止めず足払いを見舞う。
中段からの下段。体が自然に浮き上がりバランスを失う。
視界は血によって突然暗転し、体の平衡感覚も奪った。そうなれば、ガードが緩むのも道理。
すかさず胸倉を掴み引き寄せる。もちろん右手でだ。
肌と服、もしくはインナーか。引き寄せたことによって生じたその僅かな隙間。
勁を走らせるには、その距離だけで事足りる。
さて、実験開始だ。
一秒満たない時間の中で。
後に置いた左足で踏み込み。その運動量腰へ、肩へ。
肘へ伝わるその直前、超速斬の時のように、右手へ魔力を溜める。
ただ振るうのではダメだった。
原因は分からない、だけどたぶん、どこかの強化が足りなかったのだ。
ただ単に速くなっただけでは、腕の強度は付いてこない。
ならば、その力を。
それだけのエネルギーを、振るわず真っ直ぐ放てばどうか。
前々から考えてはいたのだ。
運動量と、その、円滑で効率的な作用。
つまりは発勁。
魔力というのは、勁に似ている。
「武神流――」
呼気。
「有楽勁ッ」
腕を稲妻が走る感覚。刹那に迸る雷撃にも似た勁が掌に。
そして、掌には、回転させて留めた魔力の塊を。
同時に、放つ。
魔力の残量が減っていくのが分かった。
あまりにも高速な回転に、身体中の魔力が吸い込まれていく。
左腕に激痛が――関係ない!
手首を走る。留めず流れる。水の如。光の如、雷の如。
勁と混ざりあった魔力は円錐状に尖り、そして――何かが引きちぎれる感覚――次に聞いたのは、壁に何かが激突する音。
脚がふらつく。
意識も怪しい。
でも確かに見た。
吹き飛んで、壁に背を打つアロベナを。
予定は変わらない。
走る。
刀へ。
半ば倒れ込むように掴んだ刀へ。
「……!」
残る魔力を注ぎ込み、アロベナの心臓目掛けて投げる。
空を切る音がして真っ直ぐに進んでいく。
左腕――痛みが戻り――意識がそれに引っ張られ――いや、まだ、見届けなければ――
「ユダ――」
し損ねた、と歯噛みして。
「――後は頼んだ」
相手の左肩へ深々と突き刺さった刀を目にし、僕は意識を失った。




