戦利品
「もう無いのか?」
「どれだけ食べるつもりですか」
「二週間近く何も食ってないんだぞ、俺は」
一度食べだしたら手が止まらなくなった。苛立ちやすくなったと思っていたが、どうやら空腹によるものだったらしい。
「それよりも、だ。……次の行動はどうする気だ?」
ドクトルが腕を組んで唸った。
「まずは拠点の安全確保。それからデータの復旧」
「そして、盗人への制裁。……で、よろしいですか、マスター」
「んー、どうだろう。もう興味無くなったかな」
明後日の方向を向いて、ドクトルが自分の考えを語った。
「まずね? 追いかけるのが得策じゃないってことだよ。スサノオは後を追けられたわけだし。ユダだって、四人同時とか、ルシフェルと一対一っていうのも厳しいし」
それに、と、ドクトルは付け加える。
「あんまり表舞台には出たくないんだよね僕ってやつは。神官にこれ以上着け回されたら、今度は神様にだって見つかっちゃうかもしれない」
「まずいのか」
「良くはないよね。僕はどこにも所属してないし、役割を押し付けられるのもまっぴらだよ」
ユダがなぜかドクトルを睨む。
なにか聞きたそうに口を開いたが、やめた。
ドクトルが手で制したためだろうか。
「話したくないことばかりだからね。あんまり仲良くないんだよ、僕と神様は」
「会ったことがある、と?」
「まぁね」
平然と。
「……どんな人だった?」
「その質問は良くないな。思い出したくもないし。それに、神様の姿は一定じゃないから」
宛にならないな。
「それに、もうあの装置はいいや。無くなったんなら別のを拵えるよ」
ユダの置いた袋を漁る。「おやめなさい」とかなんとか言われたが、関係ないな。
「パンあるじゃないか」
「それは私の……」
「ケチケチするな、先輩命令だ」
「職権濫用反対!」
「うるさいな! お腹空いてるんだよほっとけ!」
「話聞いてる?」
「ん、ああ、聞いてるぞ。もう追うのは止めるんだな?」
「うん。そういうことだけど、いい?」
パンを頬張って。
目を閉じてみる。
「個人的に追うと言ったら?」
諦めきれない、というのが正直なところだ。
アロベナとの勝負は、引き分けだ。どちらも戦える状況にない。それはいい。試したいことを全て試し、やれることは全てやった。
その上で、相手の肉体の一部を持ち帰ったのだ。
結果は上々と言えるだろう。
だからこそ、まだ追いかけたい。もっと強くなれるとしたら、ルシフェルの背はもうすぐそこだ。
「……ま、そうなるよねぇ」
ユダに目配せをして、ドクトルはニコリと笑った。
「それじゃあそっち方面で行こう。君は剣を取り返さなきゃいけないからね」
ユダの手に鍵。
それを空中動かすとそこ小さなトビラが出現する。
「鍵には物を出し入れする機能もある。覚えておいて」
「便利なもんだな」
トビラが渦巻き――何かが出てくる。
「ああ、それ、アロベナの腕か?」
「めちゃくちゃ落ち着いてるじゃん」
「そろそろ慣れてきたんだ」
よく見てみる。
太い腕だ。
奇妙な程に太い。それに、この膨らみ方。
「筋肉じゃないな、これは」
「流石だ筋肉の民」
「褒めるな、調子に乗るぞ?」
「褒めてないんだけどな……」
冷たくなったそれに触れてみる。
硬直しているのか、やけに硬い。筋肉で覆われているはずの部分に触れてみても、その硬度は変わらない。
この感触。
「骨か」
「ご名答。はいレントゲンね」
言われて、ドクトルから渡された写真を見る。
「これは」人間の腕か?「どうなってるんだ」
レントゲンに写っていたのは、撥条状に変形した骨。
明らかに改造の跡が残っている。
少なくとも、健常者の骨格とは言えなかった。
「撥条骨ってやつだね……昔こういう研究もしてたなぁ。懐かしいや」
「なに?」
「戦世にいたことあるんだよ、僕。その時に残した研究データだね、これは」
ということは、ドクトルはアロベナを知っているのか。
「ああ、彼のことは知らないよ。僕が行方をくらましたあとの検体みたいだし」
「なんだ……」宛にならない。「じゃあ、ああいう使い方は想定してなかったのか?」
「少なくとも、使えないデータとして残したはずなんだよね。無理くり形にしたみたいだ」
興味深そうに覗き込むドクトル。
思うところがあるようだ。
「しかし、魔力との併用か……相当訓練したみたいだね」
「難しいのか?」
「まぁね。各部位ごとに強化具合を変えるなんて芸当、訓練無しじゃ難しいよ」
ドクトルの魔力がアロベナの腕に触れた。
中にまで浸透した魔力。何かを探るように、腕の中をまさぐる。
「遺伝子構造が一致しないな……」
「何?」
「他人の骨を使ってる。いや……正確には他人の骨も、か」
いや、そういうことではなく。
「遺伝子構造……? とやらまで分かるのか」
「ああ。真似しようとしないでね。これ僕にしか出来ないから」
魔力で出来る範疇を超えている気がした。何をどう強化すればそうなるのだろう。
真似してみたくもあった。止められたにも関わらず、ドクトルの魔力を注意深く観察する。
管が複雑に入り組んでいる。血管……のような構造。それを太いパイプで幾重にも覆い、先端でさらに細かく分岐。先端の方を見てみると……。
「スサノオ」
「……どれくらい見てた?」
「五分くらいかな」
「…………悪い。もう見ないようにする」
吸い込まれるような感覚があった。
細かく細かく、微細に、そして広大に広がっていく魔力。その全てを一度に制御する。
アロベナの魔力も簡単に模倣はできないだろう。
だが、それを言うならドクトルもだ。今まで見てきた誰よりも、その魔力は繊細で、そして難解だった。
「よし、分析は完了だ。んじゃあ処分しようか」
「何!?」
「ぶっちゃけ要らないんだよね。もう一本作る材料も検体も居ないしさ。それに、これ目当てにまた追いかけられたら面倒じゃない?」
言っていることは最もだ。
最もだ、が。
僕の中で何かが渦巻く。
欲しい――とは、また違う感情。なんだろう。
どちらかと言うと。
「返してくれ」
不意に、誰かと繋がった気がした。
ぐんと意識がそちらに惹かれる。
この感覚。
いる。
近くに。
やつが、ルシフェルがいる。
「――返せ、とは……随分じゃないか。戦利品のつもりかい?」
「あ……いや……ちが――」
ドアノブが回った。
その音を聞いた。
「違わないとも。それは確かな戦利品と呼べる」
逞しい腕が僕を放り投げた。
急に視界が動転して、目を白黒させるうち、また別の腕が僕を捉える。
傷だらけの手が見えた。
「さて、返してもらおうか」いつの間に。「そいつの腕は替えが効かない」
否、どうやって。
嗅ぎ付けたのは何時だ。
「貴重品なんでな」
神官ルシフェルが、僕の首に、刀を押し付け立っていた。
「スサノオ!」
「騒ぐなよ……手が滑るかも知れないだろう?」
ルシフェルは平然と答える。
脅しか、本気か、首に刃を食い込ませながら。
「さて……お初にお目にかかるかな。ドクトル……とかいう奴に挨拶をば」
僕を抑える手。籠る力が強くなる。
「初めまして。俺の名はルシフェル。お前達に預けていたものを二つほど――返してもらいに来た」




