興味津々なのさ
ドクトルが指を鳴らす。
一瞬で椅子が消えた。
再び指を鳴らすと、元あった場所に椅子が出現する。
「簡単に言えば、魔力に宿る特殊効果……って感じかな。人間の場合、無自覚に使ってる子が多いね」
なるほど、自覚していないこともあるのか。ならばいったいどういう場合に自覚が生れる――
「…………追い詰められたら分かるのか」
「よく分かったね! 褒めたげるよ」
ユダの方を見る。
いや責めるべきはこいつではない。追い詰められるような状況に飛び込ませたのはおそらくドクトルだし、そこに嬉々として飛び込んだのは自分だ。つまりユダは何も悪くないし、僕も少なからず楽しんでいた。だから――
「そういうことは早く言え……頼むから……」
――悪いのは僕自身だ。
ユダが怒るのも無理はない。本当は、もっとゆっくり知って欲しかったのだろう。
瀕死の傷からも蘇るようなやつだ。ルシフェルを任せても良かった。……それが出来ないからこそ意見が食い違うのだが。
そして分かることはもう一つ。僕には能力が無いということ。
いや、よしんばあったとしても、必要としないということか。
サトリという技術自体が一個の能力として機能しているのだ。これは物質には適用されないし、目に見えての強化もできない。僕自身の観察力を強化することで、今も尚強くはっきりと未来を見せているのだろう。
目を閉じてみる。
ゆっくりと循環を速める。
未来の世界にドクトルの姿はなかった。
呼吸がないから見えないのだろう、だからこれは魔力に纏わる「能力」ではない。経験を積んで、魔力の動きをある程度覚えれば、話は別かもしれないが。
「でもそれは人間の話ね。神官ともなれば話は違ってくるよ」
「……」言われなくても分かること。「最初から自覚があるんだな?」
「その通り」満足げに頷いて。「能力持ちのNSは神官に選ばれる。一部例外もあるけど、役職は生まれ変わった時に定められることが多いね」
産まれながらの神官か。赤子の時からそう育てられ――「ちょっと待て」
「なぁに?」
「NSは生まれた時……えっと……どんな姿で生まれてくるんだ」
「ああ」ドクトルがメガネを正す。「生まれた時から同じ姿。彼らは成長しないんだ」
ユダもそう。なのだろうか? それだと筋トレに意味が無い気がするのだが。
僕の疑問を感じ取ったか、ドクトルは質問が飛ぶより早く答えた。
「ユダは特別製。言ったろ、アイツは僕が作ったNS。従来のものとは作りが違うんだよ」
ユダがドクトルをマスターと呼ぶ所以か。考えてはいなかったが、そういえば、ほかのNSとユダに面識は無かった。
産まれて間もないということもあるだろうが、そもそも製造元が違うのだ。起こるべくして起こった問題だった。
「ルシフェルの相手は気をつけなね。アイツにはまだ得体の知れないことが多い。本当にNSなのかも怪しいし」
「なに?」NSじゃない?「じゃあなんなんだ」
「それが分からないから興味津々なのさ」
ドクトルは再びビーカーで湯を沸かしながら。
「みんながみんな注目してる。言ったでしょ、アイツは『有名人』だって」
腑に落ちた。
だからこそ注目するのだろう。
自分たちと似て非なる存在で、産まれてたったの十数年。どこまで行けるか、どんな風に生きるか、皆が皆興味をそそられているのだ。
「神の創ったヒトモドキ、か……」
確か、ユダがそう言っていた。
そして、方舟の果てで出会ったあの人も。
神、とは、いったい誰のことを指しているのだろう。
無性に……その神様とやらに会いたくなった。
だが、それは叶わないのだろう。少なくとも今しばらくは。
ルシフェルを倒すまで、僕はアイツの元へしか歩いていけない。それしか頭に無いのだから。
「さて……質問はそれで終わりかな?」
「ああ、聞きたいことは大体聞けた。後は――」自分で確かめる。
「んじゃあ僕からの質問」
そう言いかけて、刀を手にした。
「尾行には気付いてた?」
「…………なに?」
それはいったい――言うより早く。
「困るなぁ全く」部屋の中に、コロンと何かが投げ入れられた。「ここには資料がいっぱいなんだぞ」
楕円形――凹凸――果物――
「爆弾!?」
「焦らない焦らない」
爆発し――
ドクトルの魔力が手榴弾に伸びた。
手のような形状が伝わってくる。掌全体で包み込むようにして爆弾――そう、手榴弾と言うんだったか――を握り込んだ。
途端、爆発が始まったかと思うと、それごと一気に圧縮されて消えていく。
「おーっとストップ。すぐ飛び出そうとする癖は治した方がいいね」
立ち上がろうとした僕を手で制す。
ドクトルは相も変わらず笑顔のまま。ぐっと睨め付けると、それでもドクトルは、笑いながら答えた。
「さーて、と。まずは質問しなくちゃあ! どっちを尾行て来たのかな?」
ドクトルが軽快に指を鳴らす。
瞬く間、ドクトルの姿が遠く――否、遠退いているのは、自分か。
この部屋はこれ程までに広かったのかと自問する。
そして、そんなはずはないと自答した。
ドクトルが隠していたのだ。
この広い広い、一つの実験場とでも言うべき部屋を。
持てる魔力で部屋全体を包み込み、圧縮し、あの広さに見せていた。
だとしても、三倍以上広くなったのだから、度肝を抜かれたのだが。
「広すぎ……」
僕がポツリと呟くと、いつの間にか横に来たユダが頷いた。
「さすがの私もオドロキです」
シャツに袖を通すユダ。
ついでに謝っておくか。
「さっきは悪いな、ほんの少し言いすぎた」
「ほんの……?」眉をひそめて。「まぁ、いいです。貴方を止めることはもうしません」
そっちからの謝罪は無いのかと内心思うが、それより遥かに切羽詰まった状況を思い出す。
部屋の内装が見る間に変化して行く。
使われていた懸垂器も、僕がさっきまで腰掛けていたベッドも、圧縮されて消えている。
それだけでなく、部屋の中にあった物という物がすべて。
そうして床と壁だけになった時、ドクトルの嬉しそうな声がした。
「準備オーケー。存分に暴れておくれ」




