ルシフェルのことを
「ああ、そうだった。いやはや残念」
ムカつく男だ。
「それじゃあ話の続きを。ルシフェルが出てきたのは本当に最近のことでね。ゼウスが教育係に任命されたのは記憶に新しいよ」
「ゼウスを師に?」
「そうだね。今までも、ゼウスの弟子は何人かいたけど。でも、ゼウスに認められてるのはルシフェルだけかな」
強いわけだ。
ゼウス。あの男とは一度会ったきり。しかし、隠し切れないその強さが見えた。
本気で習うなら、ゼウスしかいない。そう思えるほど。
ルシフェルは彼に認められている。
それだけ知ると、自然、僕の口元は綻んだ。
相手にとって、不足はないか。僕ももっと、進まなければ。
「魔力の扱いと、剣術に関してはピカイチだ。正面から挑むのは得策じゃないかな」
僕の方を見て、ドクトルは片眉を吊り上げる。
「でも正面から行く気でしょ?」
「もちろん」むしろ、それ以外のやり方は知らない。「他にはどうだ」
「部下は四人。人間を育ててる」
「人間をか」
「そう。孤児が好きみたいだね。扱いやすくていいんだろう」
「そいつらは――」
「方舟への出入りは分からないね。少なくとも、君以外に人間の気配は感じないし」
ただ、とドクトルは付け加え。
「部屋の外――深層にいるなら、可能性はあるよ。何せ気配が探りにくい場所だから」
だからこそ、深層を塒にしているのだろう。賢しい男だ。
「気をつけな。ルシフェルの首を狙うなら、確実に部下の相手もしなきゃならない」
ルシフェルと遭遇した時は一人だった。
盗んだ装置に近付けば、部下にも遭うのだろうか。
おそらく部下も出来る人間だ。
魔力を使えることは前提として、やはり、戦世とやらの出身なのだろう。そうなると気になるのは――
「そう言えば、能力……とはなんだ」
――能力の有無か。
「ルシフェルにも、ミカエルにも、ユダにも。神官は皆能力を持っているんだろう? それは一体なんなんだ」
ドクトルは思い出したように「ああ」と零して、カップに目を落とした。
「凄く簡単に言うと、魂のカタチのことだよ」
「それは、肉体に反映されるはずだろ」
前の説明ではそうだったはず。
まだ何か話していないことがあるとすれば、それが能力だ。
「魂のカタチは肉体のカタチ。それがお前の説明だった」
「じゃ、そこからプラスってことで、話そうか」僕に手を差出し。「おかわりいるかい」
そういえば、カップはもう空だ。
「今度は水が欲しい」ここのところ珈琲しか飲めていないから。「口の中が粘ついてる」
不思議なくらい疲れないのは、きっと魔力のせいだろう。未だに巡らしているこの管が、僕を少しずつ治しているのだ。
「水、か」ドクトルは扉を指さして。「脱衣所に洗面台があったでしょ」
「まさかとは思うが……そこから汲めと?」
「仕方ないじゃん。そこ以外は飲料水じゃないし」
再び席を立つことになるとは。
まぁ良いかと言い聞かせ、僕はベッドから立ち上がる。
コップを渡された。
面倒だが、無いものは仕方がないな。
そういえば腹が減ったと思いながら、僕は蛇口を捻っていた。
魔力は一を産み出さない。体内から無くなったものは補えないようだ。
これからは、出血に気を付けた方がいい。血が造られる過程などよく分からないし、下手に強化してまた倒れるのも困る。
まだまだ、出来ないことばかり。
「おっ――ととと」
水が溢れた。
一旦コップを置いて手を――
「……タオルがない」
――そういえばドクトルはタオルを使わないのか。
ため息をついて、服で拭う。
コップに注がれた水を呷って、もう一度注いだ。
今度はゆっくりと。
ルシフェルのことを考える。
やつは一体なんなのだろう。皆が皆、僕が彼を知っていると言う。
事実、顔も見ていないのに、僕は何故か奴に懐かしさを感じている。
どこかで会ったことがある。
どこか、どこか。どこで?
蛇口を締めた。
考えても仕方が無い。
八分目で止まった水を少しだけ飲んで、僕はドクトルの元へ戻ることにした。
「53……5、4……55ォオオ!!」
ユダが盛り上がっている。
静かにして欲しいと思いながら、僕は聞き流すことに決めた。
「さて……」凄くうるさい。「何か食うものあるか?」そういえばドクトルは食わないのか。「……ないよな、悪かった」
返答を待たず勝手に自己完結した僕に、ドクトルのため息が返ってくる。
「そういえば君らは食べなきゃ駄目なんだったな。……面倒事が増えちゃったよ」
「迷惑をかける。できればあった方がいい」
「分かった。次までには用意しておこう」
ゴリゴリと音を響かせて豆を挽くドクトルを脇目に、僕はユダを見た。
惚れ惚れする筋肉だ。
一つ一つの隆起も然ることながら、何より美しいのは全体的なバランスだろう。
どの角度から見ても黄金比的に整った肉体。広背筋の動く様など何時間でも見ていられそうだ。
「…………ユダには戦い方を教えたのか」
「ん? まぁ、基本はね。触れないから訓練は碌に詰めてないよ」
「なら、アイツには拳法が合うだろう。あれだけの下地があるなら、勁が走る感覚もすぐ身に付く」
「すごく意味が分からないけど、分かったよ。今度教えておく」
机にコップを置いて。
「じゃあ、続きを話してくれ。能力のことを」
ドクトルの手が止まった。
器械を僕の近くに置く。
それから指を鳴らす――そこにはサイフォンが現れた。
「紹介しておこう。これが僕の能力」
「便利なポケットが?」
「政世の子はみんなそう言うな……厳密には全く違う者だよ」
「見てて」と言って、ドクトルの魔力が椅子に伸びた。
それが椅子全体を覆ったかと思うと、次の瞬間。
「……小さくなった」
「これが能力。僕は魔力が通ったものを圧縮できるのさ」




