この先は未知だ
「お前、自分から答えをベラベラと。俺がそれを出来ないとでも?」
「先程も言った。不可能です」
どうやら、それがルシフェルの怒りを買ったか。
急に気温がさがったように思えた。
纏うものが変わったように見える。
無色透明な魔力が、血のような赤黒い色を帯びる。
「決めた。貴様らのどちらかは殺す」
不味い。
この先は未知だ。何も見えない。未来が何も。
この男……
「ユダ!」
僕の知らない『何か』を持っている。
「かしこまりですとも! 逃げますよ!」
ルシフェルに背を向けたかと思うと次の瞬間、僕の体が宙に浮く。
相手の姿が驚くほどの速度で遠ざかる。
胴に感じる力強い感触――ユダが僕を脇に抱えて――
「やめろ恥ずかしいだろ!」
「四の五の言ってる暇などありません! 誰でもいいので誰か思い浮かべて!」
言われて、咄嗟。
僕はミカエルを思い浮かべた。
「待て――!」
ルシフェルの声が、その姿と共に遠ざかる。
回転するような感覚――またこれか――層が移る。
動き出せばあっという間だ。ルシフェルが追いつく暇もない。
僕達は、あの真っ黒な空の下にいた。
「逃げようと思えばいつでも出来たのか」
「ええまぁ。余裕のよっちゃんですよ」
「……」なんか絡みにくいな……。「目的は成せたのか?」
「半分ほどですがね」メガネを正しながら。「しかし……困りましたねぇ……相手が帝国の武神殿とは、最悪の予測が当たりましたよ」
帝国の武神、か。
「…………父さんみたいな渾名」
「意外ですね。現世が惜しいので?」
「それはない。ただ少し、懐かしくなっただけだ」
ほぅと息を吐く。
「…………進まないと」
「はい?」
「進まないと。アイツと闘えるところまで」
「感服しますよ。普通ならここで折れると思うのですが」
うだうだしている暇などない。
届かないのなら、届くまで足掻かなければ。
「驚かされてばかりだ。彼を前に、まだどうにかなるとお思いとは」
ユダがため息を吐く。
「神官、ルシフェル……か」
強かった。
なんと行ってもその攻めは見事だった。ほとんど見えることすら無かったが、それでも。
相手の呼吸を見ることが出来た。
相手の動きを見ることが出来た。
相手の心を覗いた気もした。
そして、それ故に、思う。
「あの男は、強いんだな」
ミカエルよりも更に。
ゼウスに拮抗するほどに。
僕等足元にも及ばぬほど。
あの闘いに思いを馳せるだけで――
「大丈夫ですか」
「あ……あぁ」
不意に脚から力が抜ける。
どうしようもなく立ち上がれない。
情けないとは、なぜか思わない。
「実際、よく生き残りましたよ。最後の一撃は見事だった」
「ありがとう」自分としては、あまりにへなちょこだったと思うが。「お前も凄かったぞユダ」
僕に肩を貸して、ユダはまたため息を吐いた。
「私は意外と熱い性格をしているのですね」
「知らないのか? 試合というのはより熱い方が勝つんだ」
いつだってそうだ。
熱くなりすぎるのは良くない。だが、冷静な思考のまま、心を燃やすのは良い。その方が勝てる、なんて言われても、ピンと来ないかもしれないが。
「お前のおかげで助かった。ありがとう」
「照れますな。そうストレートに言われると」
ユダの肩から離れる。
どうやら、話し合っている時間は無さそうだ。
「で、ユダ」
「なんでしょう」
「提案が一つある」
「私からも一つあります」
奇遇だな。ユダと目を合わせる。
……おそらく正反対のことを考えてるな。
「一人でやらせてくれ」
「逃げましょう」
二人がそう言うのは同時だった。
無理もない、今神官と戦ったばかりだ。ユダが怯えるのも分かる。
だがしかし、今ならなんとかできる自信があった。
ルシフェルに一撃、報いることができたのだ。
だから、今目の前にいる相手なら。
ミカエルなら、僕一人でも。
「わーぁ男が抱き合ってるーぅ」
「俺の趣味だ、いいだろう?」
「そっちは守備範囲に入ってないかなぁ。私ノーマル派なんだ」
「逃げましょうスサノオ! それが得策です!」
「ユダ、お前が後輩だと言うなら」黙って見てろ。「先輩の言うことくらい、たまに聞け」
ミカエルのことを浮かべて距離を縮めた。
だからここにミカエルがいるのは当然だ。
ユダはそのあとすぐさま逃げるつもりだったようだが、そうはいかない。試すならこいつだ、今の状態でどこまで通用するか、学ばず去るのは得策とは言えない。
「馬鹿ですかあなたは!」
「よく分かったな……成績良くないんだよ」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
「スポーツ推薦も付かなくて困ってるんだ。いい進学先とか知らないか?」
「政世の事情など知りません! 逃げましょう!」
「まぁ、進路は決まってるんだ」だから問題ない。
僕はこのまま、方舟に乗る。
その覚悟を示すなら。
相手は、ミカエルしかいない。
「……盛り上がってるとこ悪いんだけど」
「悪い、待たせた」
「全然問題ないよ。話は終わった?」
「ああ。逃げたいやつは勝手に行けばいい」
チラとユダを見て。
「そうしないということは、納得してるってことだ」
呆れたように肩をすくめるのが見えた。




