抵抗
ゆっくりと剣が引き抜かれる。
血溜まりが出来るまでそうかからなかった。
治癒が始まらない。
いったいなにが。
「銀は魔力を打ち消す。覚えておくんだな」
剣を払うと、血が僕とルシフェルの間に線を描いた。
次は僕の番だ。
ルシフェルがこちらを向く。
睨む。
「相変わらず……正確に目を見るなよ」
僕は、そいつの目の位置が分かった。
フードで隠されているのに。
そいつがどんな目をしているのか、何故だか理解出来た。
魔力のせいでないことくらい、僕でも知っていた。
なにせ初めて会った時からそうだから。
「まぁ、いい。お前を殺せば念願叶ったり……死んでもらうぞ」
「はっ……」
死。
「おい頼むぞ。ちょっとは抵抗しろ」
「……っがあああああ!!」
否、生!
ルシフェルは一歩も動いていない。
僕は闇雲に刀を振るった。
届くはずもない。ただ近付かれるのが怖い。
吠える以外、そうするしかない。
ルシフェルが肩を落とすのが分かった。
「ぬあああっ」
来るな。
そう思いながら近付くのだからどうしようもない。
だって足が勝手に前に出る。
怖いのだ。
だけど、それと同じくらい戦いたい。
この男と。
見たことも、感じたこともないほどに強い、この男と。
体と心が食い違う。サトリがうまく使えない。相手の呼吸が見えないほどに動揺している。
一撃入れば終わりだ。そんなことは分かっている。
だから。その前に。どうにかして。
どうにか。
間合いに入った。
肌が焼けるように思える。脂汗が止まらない。
よく見るんだ。相手を。その呼吸を。一挙手一投足のすべてを。
その一瞬に。
「……!」
勝機はある。
頭が軽く沈んだ。
本当に僅かだ。しかしその僅かな変化こそが、今まさに動き出そうとする証拠。
出鼻を挫いてやる。
鳩尾に切っ先を突き出す。
一歩。
ルシフェルが下がり、軸を微かにずらした。
かわされた。
避けられた。
今度こそ、死んだ。
だって僕は避けられない。
この突きに賭けた。だからこれを躱されたということは、僕は隙だらけということだ。
伸びきった脚を。
ガラ空きの胴を。
打てとばかりに差し出した頭を。
どこを斬られても文句は言えない。
ゆっくりと、ゆっくり、と、ルシフェルの剣が。
僕の。
首へ。
真っ直ぐ伸びる。
思考がスパークを起こす。何もかもがゆっくりと迫ってくるように見えた。
今まで生きてきた中で。
起こったすべてのことが、過去が、悔しさが、悲しさが、憎しみが、怒りが、波となって僕に押し寄せて背中に当たる。
突き動かされた。
終われない。
まだここで終われない。
こんなところで、なんの納得も無く。
ただ殺されるなんて、そんな結末でいいわけが無い。
右足一本で踏ん張る。
それを軸にして体を回す。刃から逸れ体が倒れていく。
倒れるわけにはいかない、魔力をなるだけ早く循環させる。四肢に力が巡った。そのまま。
回転に乗せて、勢いよく刃を振り上げた。
ルシフェルがそれを、一歩下がって躱そうとし――
「二人で盛り上がらないで頂きたい」
――何かに躓いて足を止めた。
斬閃がルシフェルの体をなぞる。
裂いたのは服だけか。悔しさに歯噛みする。
フードに少しだけ切れ目が入った。
すると、どうしたことだろう。彼は慌てて切れ目を押さえる。
次に手を離した時、赤黒い糸で縫合されたことが分かった。
「…………殺したはずだが」
「いやはや全く。死ぬ思いをしましたよ」
「その返答は期待外れだ。なぜ生きてると聞いたんだが」
ルシフェルの足を掴む手。
ユダがルシフェルの足を掴んで離さない。
その足に魔力が籠る。
爆ぜるような音がしたかと思うと、ルシフェルの足首から先が消える。
捨てたのか。
自分から。
「おやおや、乱暴なお方だ」
「こっちのセリフだな。俺の足はデリケートなんだよ筋肉ダルマ」
剣を杖に数歩下がると、途端に治癒が始まった。流れ出る血が足を象り、それに骨が、肉が、皮膚がついていく。
凄まじい再生速度。
なんという使い手か。
「もう一度聞こう。なぜ生きてる?」
「大方予測が付いているのでは? 貴方の上司……ゼウスも似たことが出来るはずだ」
ルシフェルが目を凝らした――ように思う。
「能力か。それも相当特殊だな」
「正直言って屈辱ですね。こんなところで使う羽目になるとは」
また、蚊帳の外だ。
能力、とは何のことだ。
「特殊といえば貴方もそうだ」
ユダがゆっくりと立ち上がる。
真っ白いシャツに、べたりと塗られたように赤黒い血が付いていた。
回復したのか。
魔力を消され、その上で受けた致命傷から。
「貴方のような、不安定な魂は見たことがありませんねぇ……実に興味深い。いやはやまったく興味深い……」
傷を庇うような仕草は無い。サトリで予見してもそう。
治っている。あの僅かな時間で。
二人とも、相当な手練、か。
「………………理解しました。それであの装置を奪ったと言うことですか」
「困ったな、あれはわざとバレるように盗んだんだが、そこまでお見通しか」
「ドクトルが来るとお考えで?」
「そのつもりだった」
もはや二人の間にハンデはない。方や二刀流。方や不死身のごとき男。
勝負は一気に分からなくなった。
「答えないことを前提にお聞きします」
「結構。盗んだものは、誰にでも分かる場所に置いてある。近づかせはしないさ」
肩で息をしながら、対峙の間に流れる、痺れるような空気に魅入る。
と。
「……不可能ですね」
「なに……?」
「貴方の目的は果たせない。大事なピースが欠けてますよ。それは手元にあるというのに……残念ですねぇ」
ユダが不敵に笑う。
「ノアが作った『人間擬き』は同族を殺せない。末路は決まりだ、ご愁傷様」




