第109話 魔獣グラットン2
林を抜けた先、緩やかな丘を登ると街まで目と鼻の先だった。
延々と続く城壁が街の巨大さを伺わせる。
そして奴は居た。
巨体を揺らしながら、悠然と歩む1匹の魔獣。でかい。ウシか、いやもっとデカイだろうか。頭部が異様に巨大化していてバランスが悪い化物だ。
見晴らしの良い平原を、我が物顔で進む。その先にあるものは、あの若い冒険者の1団。
更に先の門の周辺にも人だかりが見える。一般の住民だろうか。人が多いマズイ。あの中に奴が突っ込むことを考えると、大変な事態になりそうだ。
「いつのまに先を越されたのか?どうするか……」
「……魔物がいるのですか?」
リザには見えてないようだ。魔獣はその存在を認識させない【隠蔽】か【隠密】のスキルを使っている。
俺は魔眼があるために視認できるのだろう。
拳を握りしめる。
正直戦える状態ではない。魔力も大きく消耗している。リザから魔力を分けて貰ったが、回復したのは極僅かだ。根こそぎ奪う訳にも行かないし【疾走】には多くの魔力を消耗する。
できれば戦いは避けたい。
魔獣は無視して街へ入るか。
いや魔獣の存在だけでも知らせればいいのか。自分の身を守るのは自分。それが冒険者の流儀であろう。
リザと軽く打ち合わせをして走りだした。
【脚力強化】【隠蔽】【疾走】を駆使して魔獣を迂回して先に回る。
横目でちらりと視線を移すと、大きく開いた口から涎がダラダラと溢れているのが見えた。
目の部分は毛で覆われていて確認できない。
まるで食欲だけの化物のようだ。
「お前ら、魔獣が近くまで来ているぞ!門まで走れ逃げろ!」
冒険者の1団へと駆け寄り声をかける。彼らの姿を見ると、既に逃走のために持てる体力は使いきったといった様相だった。息も絶え絶えに、今にも足が止まりそうだ。
突然声を掛けられて驚いたのか、それとも巨人の襲来を知らせた俺がなぜここにいるのかと疑問なのか、若い冒険者達は唖然とした表情を見せていた。
「え?な、なに?」
「……あれ?アンタは……」
疲れで頭が回らないのか、単純に状況が理解できないのか反応が鈍い。
だがのんびりしている時間はない。
後方にいる魔獣の歩みが、その速度をあげた。狙いを定めたのか。
冒険者の1団、隊列の一番後ろを歩く女に魔獣の牙が迫る。
【雷撃】
「ギャッ」
魔獣から短い悲鳴が漏れる。指先から放たれた紫電の輝きが20メートル先にいた魔獣の体に直撃した。轟音と閃光が、その身を僅かに怯ませたのだ。
「……あまり効いてないな」
体からいくらか白煙があがっているが、致命傷には至っていない。というか、あまりダメージがないように見える。
俺の攻撃を受けて【隠密】のスキルが解除されたのか、魔獣がその姿を現した。
「きゃああああぁぁぁっっ!?」
「うおおおああああ!?」
突如姿を現した巨大な魔獣に、冒険者達は驚愕の声をあげる。
「フゥゥーーー、フゥゥーーーー」
魔獣の荒い呼吸が聞こえる。大きな赤い舌をベロリとだして、獲物を見定めているようだ。
「いいからさっさと走れえ!止まったら食われるぞ!」
動く獲物、生き餌を好んで襲うらしいので目の前で走って逃げるのは危険な行為なのかもしれないが、既にターゲットにされている可能性が高い。
全員に【隠蔽】を付与している時間もないし、そもそも【隠蔽】は認識されている状態からでは効果がないから無駄だろう。
つまりさっさと逃げるか、ブッ殺すしか選択肢はないのだ。
攻撃した俺の方に向かってくるかと思ったが、一瞥すると興味を失せたのか再び冒険者の女へ向き直る。
ダメージがなかったので、敵と認識してないのだろうか。
魔物の接近に焦ったのか、弓持ちの冒険者たちが矢継ぎ早に魔獣の頭部へ矢を放つ。
「あっ、効かない?駄目だ固い!」
巨人のように皮膚が固いのか、放たれた矢の殆どが地面に落ちた。
だがその内の1矢が、頭部に刺さる。偶然だろうが眼球に当たったらしい。
「グギャアあァァァァァァーーーーーーっッ!!」
然しもの魔物も痛覚はあるようだ。深く刺さった矢を抜こうと、前足を顔へと動かすが短すぎて届かない。犬型の魔獣なのだ。前足で顔に刺さった矢を抜くのは無理だろう、体型的にも。
僅かな時間、身震いするようにその場に立ち尽くしていたが、痛みが収まったのか再び動き出す。何となく怒らせただけのような、気もしないでもない。
「早く逃げろ!無理だ、救援!そうだ、救援を呼んでくれ!」
慌てて声を荒げ、逃げるように促す。守備隊がいるなら、魔物を退けるのに手を貸してくれるかもしれない。ダメでも人を呼んでもらえるだろう。
若い冒険者たちは、火が付いたかのように走りだす。自分たちの攻撃力では、魔獣を仕留めるのが難しいと理解したようだ。
俺の脇を掠めるように空気の塊が通過し魔獣へ迫った。
4発の【風球】は2発外れ、2発魔獣の頭部に着弾する。やはりダメージは無さそうだ。多少煩わしそうに、首を振って見せた程度である。
「口だけだして、手は出さないのではなかったのですか?」
リザのジト目が突き刺さる。
「……怒ってるのか?」
「怒ってなどいません」
そういうリザは軽く溜め息を吐いた。やれやれといった具合だった。
「あー、いや、ついな……」
俺が口ごもると「目に付く人、みんなに手を差し伸べていたらキリがありませんよ」とリザが窘める。
まぁリザは俺の身を一番に心配してくれているのだろう。それがわかるぶん、申し訳無い。心配掛けるような行動は、しないで欲しいといったところか。
「でもジン様らしいですね」
そう言って溜め息を吐いたリザは、杖を構え直して【風球】を放った。4発の空気の塊は、正確に魔獣の胴体に着弾した。
「相変わらず、すごい精度だな」
これで戦闘職ではないというのだから、不思議な事だ。明らかに並以上の戦力は有していると思う。
「射程と命中精度だけです。威力は無いですからね」
魔獣がこちらへ向き直る。度重なる攻撃で、こちらを敵と認識したようだ。
「それより、いつまで時間を稼ぐんですか?」
既に城壁は目と鼻の先。
門までも僅かな距離だ。そこまで行って助けを求めた方が良いのでは?というリザの意見を俺は否定した。
「大丈夫。救援が来てくれたようだ」




