第108話 魔獣グラットン1
確か前に見た時はレベル18くらいだったはず。
しばらく見ない間に、随分と成長したようだ。
リザを左手で肩に担いだまま【疾走】【隠蔽】でベイルを目指す。
長時間の使用は魔力を大きく消耗するが、今の状況を考えると出し惜しみしている場合ではない。立ち止まり休み休み使用するといった悠長なことはできないだろう。
荷物みたいに担がれたリザには申し訳ないが、少しでも距離を稼ぎたい。
あの冒険者達はどうなっただろうか。まだ街までは辿り着いていないか。鉢合わせになってはまずいだろうな。
あそこでどれくらいの時間を稼げたのかはわからない。
けっこう経ったような気もするし、数分のような気もする。時計がないと正確な時間はわからなかった。
「普段出入りしている西門から南に、大人が1人通るのがやっとの小門があります。そこは一般の住民は通行不可で守備隊用の門なのですが、冒険者も利用できたはずです。そこからならあの大きな魔獣は中まで入ってこられないのではないでしょうか」
「なるほど、そうか。そうだな。そこへ向かおう」
大森林へ向かうためによく利用される西門は、ザッハカーク砦へ向かう定期馬車の出入りもあるため、それなりに大きな門だ。大きな箱馬車が通り抜けられる程には高さも幅もある。
そこへ魔獣を引き連れて向かうわけには行かない。
もちろん精鋭の守備隊が警戒しているのだろうが、奴は隠密能力のある魔獣だ。あの巨人を1撃で仕留めた攻撃力も侮れない。一般住民の出入りも多い西門は避けたほうが無難だろう。
「……ジン様、大丈夫ですか?」
あきらかに息のあがっている俺を、心配そうにリザが見つめる。
歩む道は平坦ではない。それどころか道ですらない。緩やかな起伏のある丘陵とした平原。膝ほどの高さの青草が地面の7割ほどを覆っている。残りは草の生えていない固い土の荒野といった様子だ。
【探知】により歩きやすい場所は選んではいるが、それでも負担はある。距離もあるのだ。
街が遠く感じる。地図を確認している時間はない。ここまで来れば、もうすぐベイルの城壁が見えてくるはずだ。
【疾走】はどれくらいの速度が出るのか……正確には調べていないが、1.5倍から2倍くらい走る速度が強化されると考えている。魔力の込め具合や、状況にも左右されるが。
背の低い若木の林を駆け抜ける。大森林を抜けても、木々が全く無くなるわけじゃない。成長の早い木が、気がつけば小さな森を形成していることもある。
境界近くに存在する木こり達の村が、森の繁栄を防いでいるのだ。
足が止まり、平原に生える1本の若木に手をかけ、体を預ける。
【疾走】を解除し、肩で大きく息をした。
「はあぁーー……」
そっと後ろを振り向く。何かが来る気配はない。【警戒】にも反応はないようだ。【探知】も反応ナシ。もう街まであと僅かだろう。奴の生息圏を抜けたのだろうか。
「少し休みましょう。魔力を回復して下さい」
そう言うリザが顔を近づけてくる。腕に胸がぐいぐい当たっている。
魔力の回復=キス
という流れが定着しつつある様だ。もうしてるか。リザは俺が言わなくとも、魔力の消耗具合を察知して身を差し出してくれる。いい娘だ。あれこれ多くを言わなくとも、俺の求めを察してくれる。これもエルフの直感の力なのか、もしくは彼女の性格なのか。
申し訳ないと感じつつも、つい甘えてしまう。いや今更遠慮するのもおかしいだろう。俺が彼女に必要とされることが嬉しいように、彼女もまたそうなのだ。たぶん。たぶん、そうだと思う。
「何度も悪いな。頼む」
そう言い終わる前に、リザの方から唇を重ねてきた。
激しく求めるように舌を絡ませる。
リザは一度教えたことを、すぐに覚え実践してくる。頭も勘もよく、真面目で情熱的だ。
この口吻には【魔力吸収】以外の意味が込められていそうだが、まぁ皆まで言うまい。いまゆっくりアレコレしてる場合じゃないと、俺の中のもう1人の俺がツッコミを入れたが、コレを途中でやめる方法があるなら聞きたいものだ。
ザワリッと背中に悪寒が走る。毛が逆立つような、鳥肌が立つといった感覚。あるいはザラザラとした猫の舌で肌を舐められたような感触。
唇を放してそっと耳打ちする。
「なにか来る」
「え?」
リザの顔が強張る。
見えない。聞こえない。だが来る。来ているとわかる。【探知】の反応はない。間違いなく奴だ。魔獣グラットン、あれは動くものに反応して襲い掛かってくる魔物だ。
生き餌を好む魔物。感覚的なものはそう鋭くない。【隠蔽】で騙せるはずだ。
俺とリザはその場で立ち尽くし、周囲を警戒する。
何も感じない。リザも同じようだ。言葉を発しず、互いに目で確認する。しかし何時までも、ここでこうしている訳にも行かない。
ゆっくりと歩き出し、その場から離れる。街まであと僅かだ。【隠蔽】で姿を隠しつつ、歩いていけば見つからないはず。そう思っていた。




