林の中のドラゴン
広くドウドウと流れる川の脇には、いくつかまとまって木が生えている木立がある。夜になって見ると、川の水は黒く不気味にうねり、木々は不安を掻きたてるような音をザワザワと鳴らす。
その木立の中にドラゴンがいるというのだ。
ジェイは胸がドキドキと鳴るのを、抑え込むように息を殺して歩いた。しかしどんなに平静を装おうとしても、この音と暗さと不気味さのうえにドラゴンまでいるのだから、平静になれるはずがない。額のムヴュがあちこちに光りを発していた。
「賢者の印って便利ですねえ」
「・・・不便だよ」
こんなに光ることがなければ、自分の居場所を知らせることはないのに、額に巻いた布すら透過してしまうほどの光り具合だ。存在感ダダ漏れにもほどがある。こんな時に「便利ですねえ」というゴローに恨めしい目を送っても、ゴローはついさっきまで落ち込んでいたとは思えないほどに気楽な様子だった。
木々の群れに足を踏み入れると、途端に月の光も感じられず視界が悪くなる、ことはなく、かえってジェイの額の光りが木々に反射して明るく感じられた。
そして大きな木の根元に、ドラゴンがいるのがすぐに見つけられた。
≪ほんとにドラゴンだった≫
ゴローの言うことを真に受けていなかったわけではないが、そこに当然のようにドラゴンがいたので、ジェイは少し驚き、立ち止まって観察した。
そのドラゴンは、あまり金色ではなかった。背中の上の方が黒く、全体的にはそこらへんに生えている木の皮と似たようなこげ茶をしていた。
「死んでるの?」
モンが小さな声で言った。
それほどにドラゴンは動かなかったのだ。伏せたまま向こうを向いている。
「いや、生きてる。ほら、尻尾が」
ジェイが指をさしたドラゴンの尾の先がピクピクと何かを感じ取るように動いていた。モンはそれを見ると息を吸い口を引き結んだ。
しかし、思ったほどの恐れはなかった。相変わらずそれに対する恐怖心はあり心臓はドキドキと鳴っているが、今すぐ炎で焼き殺されそうというような危機は感じられない。向こうを向いているせいだろうか。それとも眠っているのだろうか。
危機を感じないということは、殺す必要はないだろうか。
ゴローの例もある。もしかすると、人間の言葉の残っているドラゴンかもしれない。
ジェイはチラリとゴローを見ると、小さく頷いた。それから目で「行こう」と合図を送り、ドラゴンに近づいて行った。
危機を感じないと言っても、相手は大きなドラゴンだ。いつ襲われるかしれないので、ジェイは縄をきちんと持ち、中腰に構えながらドラゴンの顔が見える方へと廻り込んだ。
案の定、そのドラゴンは目を瞑っていた。眠っているのだろう。それにしては呼吸が静かではあるが、尻尾を動かしているところを見ると、死んではいない。
そっとジェイはドラゴンに近づいた。
足を滑らせるようにジリジリと寄って行く。
少しずつ。少しずつ。
と、その時、ドラゴンが目を開けた。急にカッと見開かれて、ジェイは尻餅をついた。あんまりにも驚いて、声も出なかった。驚きすぎると逃げることもできないのだ。
心のどこかで、逃げなければならないと思っているのに、その思考もまともにできないで、ドラゴンにくぎ付けになったままだ。腰が抜けてしまってただ足を少しばたつかせるしかできなかった。
「ジェイ」
ついてきていると思ったゴローは、まだドラゴンの向こう側にいた。そちらからジェイに向かって呼びかけると、茶色のドラゴンはゴローの方へと顔を向けた。
その鋭い金色の瞳から解放されて、ジェイは大きく息をつくとなんとか素早く立ち上がった。
そして、ゴローがまだそちら側にいるのを見て、先ほどのアイコンタクトが無駄だったことを悟った。
「ゴロー」
「ジェイ、待ってください。このドラゴンは危険ではありません」
ゴローはそう言うと、茶色のドラゴンに近寄り、鼻づらを合わせるように顔を近づけた。
ジェイはすぐにゴローの方へ行くと、茶色のドラゴンの顔が見えるところに立った。
確かにそのドラゴンは、ゴローやジェイを攻撃してくるようには見えなかった。
その瞳は金色で恐ろしいドラゴンのものではあるが、それ以外にドラゴンの恐ろしさを感じられないのだ。それどころか、気力のようなものも感じられない。目を開き動いているドラゴンを見ても、それが死んでいるのではないかと思うほどに、生気を感じなかった。
ゴローと茶色いドラゴンは少しの間顔を寄せていた。しかし茶色いドラゴンはゴローのように言葉を話さなかった。
ゴローは茶色いドラゴンから顔を離すとジェイに言った。
「このドラゴンは、死にたいと言っています」
ゴローの声は低く聞き取りにくかったのに、妙にはっきりとジェイの心に聞こえた。そもそも、ゴローが本当に口に出したのかわからないほど静かだ。
それでもジェイは、そのドラゴンが言ったことがわかった。
「左腕を切り離して、殺してくれと言ったんだろう」
「そ、そうです」
ジェイはなぜか、茶色いドラゴンの声が聞こえたように感じたのだ。
茶色いドラゴンの左前脚の皮膚は他の脚で掻き毟ったように、あちこちがささくれ立って硬い皮膚がめくれていた。
そのドラゴンは、左腕に魔王の火の魔法が根付いていることを知っているのだろう。それで、その腕を自分で引きちぎろうとしたのか、掻き切ろうとしたのだろう。
しかし、自分ではできなかったに違いない。
それでこうして生きる気力もなく、死を待っていたのだとジェイにはわかった。
このドラゴンも、賢者様がやってくるのを待っていたのだ。
ゴローのように人間として生きるためではなく、ただ、魔法から解放されて死ぬために。




