王の印に
恐ろしくはあったものの、ジェイはそのドラゴンが憐れだと思った。もはや生きていることが苦しみなのだ。
「死にたいのか」
ジェイが言うと、茶色いドラゴンは頷いて目を閉じた。
「そんな、こと」
ゴローが首を振った。人間として“生きたい”と願っているゴローは死にたいドラゴンの気持ちはわからなかった。人間に戻りたいという想いは同じなのに。
「ゴロー、これ以上生き続けるのは、このドラゴンには苦痛でしかない。生かしておくことは、親切ではないかもしれない」
「だからと言って殺すのですか。悪いことをしていないのに、ドラゴンだからという理由で」
ゴローがこだわるのはここのところだろう。悪くなくてもドラゴンだから殺す、という考えを、自分と重ねてしまうに違いない。
「ドラゴンだからじゃない」
ジェイが静かに言った。もう、このドラゴンは怖くない。ジェイは茶色いドラゴンに背を向けていても大丈夫だった。
「ドラゴンでいることが辛いからだ」
「それは私も同じです。でも、だからって殺されるなんて嫌です」
「お前はそうかもしれないけど、」
そこまでジェイが言うと、茶色いドラゴンが顔を持ち上げて、ジェイの言葉を遮った。そして、少しばかりゴローの方を向き、鼻息をかける。
途端にゴローは言葉を継げなくなった。
「殺してほしいって、言ってる」
茶色いドラゴンの言葉をジェイが伝えると、ゴローは深く息をついた。
「わかりました」
消えるような声だった。
ゴローにもわかっている。そのドラゴンがどれだけ苦しんだかを。どれだけ人間に戻りたいかを。そして・・・死んでしまいたいか、を。
だけどそれを認めたら、自分ももう人間に戻る望みがないということを、認めなくてはならない。
ドラゴンでなくなるには、死ぬしかないのだと。
ゴローが下を向いていると、ジェイが短剣を取り出した。
「俺がやる」
「え、でもジェイの剣じゃ短すぎるんじゃないの」
そばで静かにしていたモンが心配そうに声をかけた。
「ああ、うん。でも、俺、魔法が上達してるから、たぶんできる」
ジェイの魔法で何ができるというのかわからず、ゴローとモンは首を傾げた。
ジェイは茶色いドラゴンの前脚のそばにしゃがみ込むと、その左側に短剣をつきたてた。そして、両手を添えて構え、一度目を瞑って口の中で魔法を唱えた。
ジェイのムヴュが剣先をキラリと照らすと、ジェイはその剣を前脚に下ろした。
― スー ―
想像していたような荒々しい音を立てることなく、短剣は形のない霧を切るかのようにゆっくりと下ろされた。
そして、その前脚がドラゴンの胴体から切り離された。
「え」
モンが口を押えて、目を見開いている。
茶色いドラゴンの前脚の切り口からは血が噴き出ることもなく、その姿は徐々に人間に戻った。
「に、人間に」
ゴローが呟く。
人間に戻った姿は、青年のままだった。彼は残った右手で胸を押さえると苦しそうに震え、そして息絶えた。
ジェイはまだ目を瞑っていた。両手に短剣を持ったまま、何かをずっと口の中で唱えている。そして、それが終わると暗い空を見上げた。
ジェイのムヴュが垂れこめた雲に届いて、光りの道を作った。
少しの間3人でその光りの道を眺めていた。そしてその光りがだんだんと薄くなり、空まで届くほどに光っていた賢者の印は、いつしか星の瞬きほどに落ち着いた。
ジェイが立ち上がると、ゴローが聞いた。
「ジェイは何をしたんですか。くっつける魔法しか使えないと言ったじゃないですか」
ゴローは聞きたいことがたくさんあった。ジェイの魔法のことや、人間の姿に戻ったドラゴンのこと。そして、ゴローがドラゴンを見つける前にジェイが言っていたことの意味が、なんとなく繋がりそうなのに、ごちゃごちゃしていて理解ができない。
「そうだ、俺ができるのはくっつける魔法だけだ。だけど、魔法って言うのは、反対側も揃ってやっとひとつの魔法になるんだ。
くっつく魔法の反対側の魔法は、引き離す魔法。今やったのはまさにその引き離す魔法だ。
モンならわかるだろう?モンは地面に穴を掘るし、それを埋めることもできる」
ジェイはそう言うと、人間に戻った若者の亡骸を見つめた。
「だからモン、彼を、この地に還してあげてくれないか」
「うん」
モンは青年のそばに寄った。その亡骸に手をかざすようにしている。それから立ち上がると、両手を青年の方に向けて念を送った。
すると青年の周囲の土が盛り上がり、まるで生き物のように青年を少しずつ隠しはじめた。
ジェイはジッとその様子を見つめながら、低い声で節を口ずさんだ。鎮魂の歌はこの大陸にはあまり知られていない。その瞳に悲しみの色を浮かべながら、ジェイは哀悼の歌を歌い続けた。
土は青年を取り込み、小さな塚のように盛り上がった。そして徐々に平らになり、そこにはドラゴンが埋まっているようには見えなかった。しかし、土の色はわずかに他の部分とは違っていた。
ジェイは高価な王都金貨を荷物から取り出し、彼の眠るそこに置いた。
「王の印に」
そう言ってそこに頭を垂れていた。




