臆病なジェイ
暗闇に走り去ったゴローを、モンは呆然と見送った。
しかし、モンはすぐにゴローを追わなかった。そばで、打ちひしがれたようにうなだれて立っているジェイがいたからだ。
「ねえ・・・ゴローを追いましょうよ」
「・・・俺は、」ジェイの声は震えていた。「俺はダメだ。やっぱり他人と関わっちゃいけなかったんだ」
そう言って、ジェイは声を詰まらせた。
モンはジェイがなぜそんなに悲しそうな声を出しているのかわからなかった。それよりも人間に戻りたくても戻ることができずに苦しんでいる、あのゴローを探しに行った方が良いと思った。
「俺は・・・ゴローに言ってはいけないことを言った。ゴローを傷つけるつもりはなかったのに」
「言っちゃいけないことなんて言ってないわ」
「でもゴローは傷ついた。俺が言った言葉で、傷ついて逃げたんだ。今だってきっと泣いている。人間に戻りたくて泣いてる」
ジェイの方こそ泣いているようだった。涙は流していなくても、その声は苦しい胸から絞り出すかのような悲しい声だ。
「あたしはジェイが言ったことがよくわからなかったけれど、わざと傷つけて言おうとしたんじゃないじゃない。ゴローに何か、気づいて欲しいことがあったんでしょう?
ね、ゴローを探しに行って、もう一度話し合いましょうよ」
「でも」
≪もう、傷つけたくない≫
ジェイが臆病なのは、ただ自分が怖がりなだけではない。人を傷つけてしまうことも恐れているのだ。だからジェイは人と接することをしないで、今まで一人だったのだろう。モンには漠然とではあるが、そう感じられた。
「大丈夫。ゴローはちゃんとわかる人よ」
モンはそっとジェイの手を取った。
その手は小さく、とても儚く、だけど温かかった。臆病なジェイに小さな勇気を分けてくれる温かさだった。
自分の言葉で誰かが傷つくと、自分の心も痛くなる。そんなのは嫌だ。だけど、傷つけてしまったゴローをそのままにしておいてはいけない。ゴローはちゃんとわかる人だとモンは言った。話をして、彼の心をさらに傷つけてしまうと思うとジェイは怖かったが、それでもゴローならわかってくれるかも知れない。
ジェイは小さく頷くと、ゴローが駆けて行った方へ、二人でゆっくりと歩き出した。
ゴローが走って行った方へ歩いて行くと、向こうの木立の中から、唸り声のような音が聞こえた。
「な、なんだ、あの音」
ジェイは身を竦ませて立ち止まった。
そして次の瞬間、その木立の木々がガサガサと音をたてたと思うと、黒い塊が飛び出してきた。
「うわあああっ、助けてー!」
飛び出してきた塊は、大声で叫びながらジェイの方へと突進してくる。すぐにそれが、ゴローだとわかった。
ドラゴンのくせに、ドタドタと大慌てで走ってくる。
≪天下無敵のドラゴンが、助けて、って≫
ジェイは若干呆れながら身構えた。このままゴローが突進してくると、確実にジェイにぶつかってジェイはあの巨体のドラゴンに轢き殺されてしまう。
ゴローが止まるようすも、ジェイを避けるようすもないので、ジェイは無詠唱で魔法を放った。
途端に、ゴローの脚が地面にくっつく。
「ぶぎゃ!」
声帯が押しつぶされたような聞きなれない音を発しながら、ゴローは前につんのめって止まった。
「いっ、いったあああい!」
モンとジェイはすぐに、伏せの形で地面に潰れているゴローのそばへと駆け寄った。
「痛いじゃねえ!あの勢いで来られたら、こっちが死ぬわ!」
「ジェイ、ひどいです。ああ、痛い」
すぐにジェイの魔法から解放されて、ゴローはよたよたと足踏みをしながら、前脚で顔を擦った。
「悪かったよ。で?どうしたんだよ、なんかあったのか?」
ジェイは冷静なふりをしてゴローに聞いてはいたが、額のムヴュはかなりの強さで発光していた。ゴローが「助けて」と逃げてきたからには、なにか手におえないものがあったに違いない。怖くないはずがない。
「え、ええ。いたんですっ、あそこに」
「「だから、なにが」」
「ド、ド、ドラゴンですよ!」
「マジで~?」
ジェイは言葉を失った。
まず、ドラゴンであるゴローがドラゴンから一目散に逃げてきたことに絶句した。
そして、こんな夜になって、しかも今日2頭目のドラゴン退治になることに、言いようもない疲労感を感じた。
それから、どうしてドラゴンが木立の中にいたのかが不思議だった。だいたい、ドラゴンはいつもどこかから飛んでくるのだ。どこに住んでいるのか、巣があるのかは知らないが、少なくとも荒れ地の木立の中に住んでいるなんていう噂は聞いたことはない。
それにしても、ドラゴンがいたというわりに、そのドラゴンは何をしているのだろうか。黒いドラゴンのゴローと遭遇し、大騒ぎをされたのならば、ゴローを追ってくるはずだ。
≪見間違いじゃねえの?≫
少しばかり信じられなくなって、ジェイは怖さよりも、興味の方が湧いた。
「じゃあ、行ってみるか」
なんと、自分からドラゴンのいる木立に行こうと言うのだ。
「えー、行くんですか?」
≪お前がしり込みしてどうする≫
ゴローは行きたくなさそうだが、ここは行くしかないだろう。相手待ちよりも、こちらから出向く方が心の準備はできるというものだ。
ジェイは腰の短剣を確認すると、額の布を巻き直し(あまり意味はないが、気休めに)、縄を持って、ゴローが逃げてきた方へと歩いて行った。




