83 何もないところでは、王もその権利を失う
「行く」
衝動的にそう言った。
「エフォール、協力して」
彼女が隣にいた幻妖に協力を頼んだ。理由は簡単で、彼がレジニア・ソワンの中で一番頼れる存在であったからだ。
「やっぱり君もヴィスの姉さんかーーわかったよ」
エフォール・シエルが了承してくれたことにレジニアは内心安堵した。
ヴィスへの道は遠い。ここから彼にたどり着くまでには式場の護衛を突破する必要がある。しかし今現在、イディオファナが他の幻妖を操っている姿を見て、護衛たちは混乱している。たどり着くなら格好のチャンスである。
「ちょっと失礼しますね〜っと!」
謎の行動を取り始めたエフォールに対し、護衛たちの対処は遅れた。急にエフォールが行動し始めたのもある。竜族の魔力を使って護衛を腕力でかきわけたのだ。その間をレジニアがおずおずと進む。
式場には竜族は出席しない、ことになっていた。だから彼らがやってきたのもヘルツバールが偽造の出席カードを発行したからだ。彼女からヴィスまでの距離は遠く、さらには操られた強力な幻妖たちがイディオファナの後ろに侍っているため、さらに後ろにいるレジニアとエフォールはヴィスにたどり着くには強力な幻妖を避けて迂回する必要がある。
レジニアは魔法は効かないが、暴力は通用する。エフォールはあの強力な幻妖たちに一歩も及ばないだろう。それまでヴィスが耐えてもらう必要がある。
イディオファナも馬鹿ではない。新たな舞台の来訪者をただで通すほど、ゆるい精神は持ち合わせていなかった。エフォールとレジニアに幻妖が迫る。
「トモエ!」
大きな声が式場に響き渡った。
+++
同時刻。
アベル・エーグルはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの警護に強化を入れた。というか、ほぼ全員にこれをあてた。
『リョク、ヴィスさんを助けてよ!』
『ダメだ』
この応答がヴィスとイディオファナが対峙してからずっと続いていたのである。ガンとしても動こうとしないアベルことリョク。理由ならわかっている。
そもそもわかっていたことだ。ギネフェルディーナを奪還できた時点で神族としての目的は達成している。転移の魔法を使って逃げないのは、ギネフェルディーナが抵抗している。ただそれだけのためである。
自分たち以外のために働く神族、行動の指針、目安となる神族が君主を完全に警護して護る。これが本当のあるべき姿なのかもしれない。
だが、ギネフェルディーナの表情からして、そうではないと鞆絵は思いたかった。例え私情が混ざっていたとしても、だ。君主は一番強いのだ。護られてばかりいてどうするというのか。
鞆絵はわずかな護衛を振り切り走り出した。
「トモエ!」
洗脳の範囲から届かないところに身を潜める。洗脳の魔法の弱点は見えるところにしか反応しないところにある。
トモエも幻想世界についてから、忙しい日々だった。ずっとやっていたのは、力の訓練である。
「リョク! 力を貸して」
眩い光が鞆絵の手から放たれた。初歩中の初歩、光の魔法のフラッシュだ。そのフラッシュに攻撃の魔法を合わせたもの。これがなんと淫魔族には効果は抜群だった。淫魔族は強い光を好まない。
(レジニアさん、早く)
「どこだ! これは神族が得意とする魔法のはーー」
ヴィスは目が眩んでいるうちにイディオファナを殴って吹っ飛ばした。半分淫魔族の血を引いているヴィスにも、淫魔族であるレジニアだって効果は抜群だったが、ヴィスは普通の淫魔族より効力が低かったし、レジニアはにエフォールが庇った。いずれもイディオファナよりもダメージは受けておらず、洗脳されていた幻妖は自我を取り戻した。
「ちっ、どこだ! やはりヒトかっ! あの神族に属する女!」
察しが早かった。それだけ神族の動向を注視していたのかもしれない。このままだと鞆絵は危ない。
(さすがに対処ができないはずっ)
主君の忠誠に身を捧げるのか。それとも未だに友である、主君に似た少女を助けに行くのか。リョクは悩んだ。
「リョク、何をしているのです!」
鋭い声が飛んだ。
「早く行きなさい。貴方だけの大切な人を守るために」
絶句した。
自分の心でも読まれているのではないか、とアベルはそう思った。迷いをびりびりと破り捨てたのは主君だ。本当は自分自身が動きたいのだろうに。それなのに行かせようとするのはーー
「わかりました」
どちらにしろ、命令だ。主君に逆らうなんてことは考える暇もない。アベル一人よりここにいる神族全員が護衛していたほうが強い。
アベルは駆け出した。必死になって捜そうと目を動かす淫魔王。それを邪魔しようとするヴィス。何も動こうとはしない周りの来賓。レジニアとエフォールは停止してしまい洗脳されていた幻妖たちを通り越し、そのままイディオファナの周囲を徘徊し出した。何も無駄な行動ではなかった。
「こそこそとっ、そんな勝手に」
レジニアとエフォールは手を繋いでいた。レジニアの父親であるはずの男は視線で二人を睨んだが効果がない。イディオファナは愕然とした。
「っ!?」
動揺している間にレジニアとエフォールはイディオファナの元を通り過ぎる。ほぼ同時刻、アベルはトモエのところにたどり着いていた。
「この大バカ者!」
「私は謝らないよ。怒るなら後にして」
「トモエがやるくらいなら俺が行く」
自分のパートナーがやって来てくれたことに鞆絵は少し驚いてた。契約が切れたって、幻妖は損はしないはずだ。なら捨て置いて主君を守るかと思ったのに。
「おい、クズ! お前の不甲斐なさのせいでこんなふうになっているんだからな、早く終わらせろ!!」
口調が非常に悪くなっている。当然気分も悪いはずだ。でもまさか主君であるギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムのいる場でそう言い放つとは。何かリョクの中で吹っ切れたのか。
「リョク…」
「ヴィス・コルボー、親子喧嘩くらいは自分で決着をつけろ」
「お前っ…」
「長ったらしい戦いは好きじゃない」
そういって、両手剣(といっても大剣と剣の間くらいの、決して軽そうには見えない剣だった)を構えて、突入していった。洗脳の危険度も問題外にしている。
そういえばそういうやつだった、とヴィスは思った。こういうやつなのだ、こいつは。
(こんな性格でよく側近が務まるな)
ヴィスは一瞬そう思った。若干戦闘狂の気があるリョクに続き、レジニアたちに気を取られているイディオファナを蹴って吹き飛ばす。視線も思考もヴィスのことが抜けていた彼に、ヴィスの蹴りはようやくクリティカルヒットした。また身体が宙に舞う。が先ほどの余裕綽々とした表情はどこにもなかった。
「どうなっている! 貴様何かしたのか?」
「お父様には何も」
ヴィスたちに合流させまいと、イディオファナはいつものように力を振るった。が手応えがまったくなかった。初めての感覚だ。そこには最初から何もなかったようだ。振るえないというか振るわないというか、最初からしなかったことと同じような状態になっている。
レジニアが至近でイディオファナと遭遇している今でも、何も状態は変わっていなかった。
レジニアは徘徊をやめ、洗脳されていた幻妖に、失礼しますと言いつつ触れていった。が、我の強い幻妖もいて、一部の幻妖たちは触れられることを恐れた。この場合エフォールが脅した。エフォールたちの変装は解けている。ほぼ最強と言われる竜族に逆らうものははなからいなかった。
この間にエフォールが洗脳の説明をし、リョクが魔法がかかった剣による衝撃波で、イディオファナの攻撃を庇い続けた。真実かどうか見極めることが難しい状況にあったのだが、自分たちが自覚がない行動をしたことに説明がいることには意見が一致した。みんな誇り高き幻妖でプライドが高く、それを傷つける行動をしたイディオファナを許すことはできなかった。




