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L'amour pur -純愛-  作者: 鶯花
perturbation -動揺-
79/92

76 物みなそれぞれの場所あり、それぞれがその場所にあるべし

「それはないだろう。本当に特殊なことにならない限りあいつらは動かん。シオン様?」


「…っ黒竜王の二ノ舞、三ノ舞が起きてナイノハ奇跡ダ」


「待ってくれ。さすがにあんなことは起こらんぞ! 我々当代、君主モナルクはイディオファナのように狡猾なものは存在しない! 基本的に淫魔王以外温和だっ。今までだってそうだっただろう!? お前が信じなくてどうする!」


テューは否定して、アルは声を張り上げてまで否定した。さすがにアレ(・・)の話題を出すと反応は激しい。

盟友は理解しているのだ。ヘルツバールが表立って幻妖フェージョンを否定した場合の影響がどうなるか。だから周りが話しについていけてなくて動揺していようが、違うと声を張り上げる。


(判っテル。アル、落ち着ケ)


契約者コントラクターとしてヘルツバールは竜王アルに呼びかけた。契約者同士は意志の伝達ができる。


(異議ナラ、後で受け付ケル。ダカラ、今は)


(………っ)


別に本気で思っているわけではない、ということをヘルツバールはアピールしておく。これくらいで萎れるくらいなら自分のパートナーなんて務まらないのである。

それにここは衆目だ。黒竜王の横暴について直接的に知っているものはここにはいない…が、やったことなら語り継がれている。特にロワンモンドも関わっていたせいで裁定に出られなかった当時の神族によるあたりは強かった。今は代替わりしてさほどはないが、年配の神族 (彼らも直接知っているわけではない) は今も竜族を毛嫌いしている節がある。


「この騒動は公表サレタ時点で幻妖フェージョンすべてニ行き渡ってイル」


「そうです」


そう声を発したのは、今まで聞き手になっていた神族代理のアベルだ。

彼がいうのだから、この情報に対する裏付けもできた。


契約者コントラクターは忙シクなる。俺サマも対処に追ワレル。基本的ニハ自己判断に任せタイと思ってイルーーアベル、今はそれシカ方法がナイト思わレルガ」


「つまりロワンモンドで発生した問題は、アルモニーで請け負うと」


「話しガ早くテ助カル。既に手ハ打ってアルんだ」


「わあっ! すごいやヘルツバール様!」


アンディゴは普通に感嘆の声をあげているが、これくらい時世に敏感でないと、この立場は務まらない。


「その場合、俺もそちらに従わないといけないのでしょうか?」


アベルは言う。

彼のパートナーであるトモエ・マツモトは幻想世界イリュジオンに行くことになっていた。しかしヴィスとの激突やその他もろもろがあり、行くことが先送りされていたのだ。アベルはこの会議で承認されるならトモエを自分たちの世界へ行かせるつもりだった。

だがトモエは神族の一員であると共に、アルモニーの一員である。このヘルツバールの発言だけでいえば、トモエはヘルツバールに従ってロワンモンドに残らなければならなくなる。


「イヤ、そんなコトハない」


「やけに特別扱いですね」


「実力主義の世界で調停者が優遇されナクテ、誰が優遇されるンダ?」


ヘルツバールのその発言は自嘲のように聞こえた。貶しているのはヘルツバール自身だ。彼は胸の辺りの服をいじっていた。大切な首飾りがあるのが知っているが、それが何を指すのかは分からない。


ヘルツバールのいうことは事実だった。だが今の神族は調停者の役割を失くしたただの一族に過ぎない。それでも便宜を図るのはアベルへの実力の期待とトモエへの期待、両方詰まっているのかもしれない。ヘルツバールはともかく、彼の隣にいる男、ソリテュードはそれを望んでいるようだった。


(将来を決める権利は自分自身にあるというのに)


アベルは少し苛立ちを覚えながらも顔には出さない。トモエに心配させたくない。

ヘルツバールとは長い付き合いになる。彼の横暴が許されるのは、主君がそれを許してきて、彼のことを特別扱いしてきたからである。しかしその主君はここにはいない。

横暴とはいったが、すべてが強引ではない。勝手にラインを引いて、行くか行かないかの意思を問うだけだ。行かないといわれても何もいわれない。行かないことによって起こった責任も問わない。


ヘルツバールは最初から誰にも期待していない節がある。あの男に関することを除いては。




その後に行われたことは、アベルにはあまり関係のないことだった。

しかしトモエにとっては興味があることだったらしい。アベルには意外だった。

トモエはこちらの世界に行くのだ。本来ならば気にすべきではないことをなんで気にするのか。アベルには理解が及ばない。

ソリテュードの言葉を真に受けているのだとしたら、なおさらそいつの言葉はタチが悪かった。トモエには荷が重すぎる。


「なんで関係のないことを気にするんだ?」


もしかして、先のことが不安で逃避行動に出たのではあるまいか。いやトモエのことだ。そんなことはないと思いたい。アベルたちの世界に行きたいと言い出したのはトモエ自身なのだから。


「こういうことを聞かないと、アルモニーのことってよく分からないじゃない? こんなこともやってるんだって思うと、なんか自信が持ててくる。みんな頑張るんだって」


「ルカン・メールのところで実戦を受けただろう? それにあの最終試験の時だって…」


「イロンデルさんの時はともかく、最終試験は例外でしょ…アレはーー」


トモエは嘆息しながら、そう言い放った。


あの事件はアベルやトモエにもいやな事件であった。トモエは自分の無力さをあのときに本格的に理解したのかもしれない。だからこそ、この行動なのか。それとも彼女の強靭なメンタルが起こす衝動だろうか。

誰かさんとは大違いだと、アベルは思う。尻を叩かないと動けないような無様なやつに主君の傍に侍る必要性は感じない。


「あの会議で発言してた動向だって全部語ってたら数え切れないほどあって、その中で重要なことを取り出しているわけでしょ? ラバス様は全部話しを聞いていらっしゃるのかしら?」


「あの方は、そうだ」


というのを聞かされたのも主君からだったりする。 “熱心だよね” と語る主君の顔はどこか悲しげだった。

ヘルツバールに関しては、過去昔に起きた黒龍王の関係者で、その災難から唯一生き残った人間である。その災難は二つの世界を同時に巻き込み、当時の主君は昏倒したそうだ。その災難に比べたら…厄災という面では僅かに劣るのかもしれない。だが…


「そっか…」


そういうトモエの顔も当時の主君の顔に似ていた。アベルとは何か違うことを感じ取ったようだが、それが何なのかは判らない。


「いろいろと悩むのも、ダメだし、今日は早く寝ないとね」


「そうだな」


トモエにとっては始めての異世界生活だ。環境が変わることによる人間の影響は大きい。どう転ぶかはわからない。だからしっかりと観察する必要があるとアベルは感じていた。

もちろん本来の使命もあるためか、ずっと傍にいるということはできないが。






+++






ヴィス・コルボーの身柄はアンソルスラン・エロンの宮殿の奥の一室にあった。拘束もされてなければ、監視もゆるい。出入り禁止区画はあるが、それはヴィスの存在を隠すためというのが主な理由らしく、行動を縛る理由にはならなかった。

素顔を晒さないために仮面をつけろとの御達しだったが、それで視界が狭くなるわけではない(豪奢な装飾が付いていなくて、ヴィスは逆にアンソルスランに感謝の気持ちを少し持ったくらいだ)。


(よくもまあ、こんな待遇を与えてくれたものだ)


ヴィスの状況はヘルツバールたちが受けた報告よりも、よかったと言えるだろう。


『ふん、このような処遇にしてやった妾に感謝することだ』


一応彼女には自分の出生を打ち明けている。逆に顰蹙を買うところかもしれないが、なぜか自分は気に入られたらしい。他の女、しかも見下している人間との混ざり物という、彼女からしたら天敵ともいえる立場であるヴィスであったが、一連の実験と、ギネフェルディーナに気に入られたことには興味を示したらしい。監視はついてくるし、いく場所も限られているが、それほど不自由はしない。どこぞの淫魔王とは大違いである。


(これで、自分の娘に対しては非情なのだから、世の中はそう甘くはないな)


あくまで身内とそうでないものとの違いと思いたいのだが、異母姉に暴力や虐待を加え続けたのはこの女自身である。

天涯孤独だと思っていた(思い込んでいた)自分に、血の繋がりがある異母姉がいると分かった時も衝撃的で、未だに受け入れることはできていなかったのだが、さらに虐待という情報も加わってヴィスの心中は複雑であった。






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