75 人はみな自らの運命の職人
新章。振り返りが多め。
「まったく彼らには親子の情があるのかしら?」
治療師の長、レイアーナ・ペルーシュはエフォールが連れてきたレジニアの診察を終わった後、髪を弄りながらそう一言漏らした。
レジニアは予想以上に衰弱していて、門を通りすぎた後、昏倒してしまったのだ。弱い幻妖ならありうる話だが…血統だけでいえばレジニアは君主の実娘。身内は認めようとはしないが、強力な力を持つ幻妖なのである。
「あったら、このようにはなっていないでしょう」
レイアーナの言葉に応えたのは、レジニアを連れてきたエフォールだった。彼も全身に火傷の痕が残っている。見た目は痛々しいのだが、幻妖は受けた外傷はよほどの深手でない限り、完治する。とはいっても、無理をしたのは一目瞭然で、痕が消えない限り安静が必要な状態には変わらなかった。
「私ってこんな家庭環境見せられるのが嫌いなのよっ! でも治療とは無関係だからちゃんとやることはやるけど」
先日ヴィスが解いた竜族の快復具合は順調だった。守秘義務があるため、ここにいる竜族の王子にはいえないことであるが。
あれも淫魔族の王、つまりレジニアの実父が施したことである。レジニアは彼らの快復状態をトップのヘルツバールに報告する義務があった。レイアーナの実務は多忙だった。
彼らが回復したら、目の前にいるエフォールの妹、プランナも救える可能性が出てくる。彼女も淫魔族の王に操られていて、幽閉中なのだ。
「あなたも部下を呼ぶから病室に戻りなさい。レジニアはまだ目覚めないと思うから」
レイアーナの相棒兼恋人も同じような状況のようで、彼にはさらに導師族の命運がかかっている。ほどほどにやるとはいっていたが、なんだかんだで使命感は強い幻妖である。
(心労で共倒れ…なんてこと、なりたくないわ)
レジニア関係の話は一旦落ち着いた。今度はギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムに関する問題だった。
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「結果待チ、ねェ…」
ヘルツバールは呟く。
淫魔王の正妻、アンソルスラン・エロンは予想以上に冷静ではあった。逆にそうでなければ君主の伴侶など務まらない。
「でもヴィスは捕まらずに、レジニアも見逃した。屋敷の混乱を抑えるための一時的な措置かもしれませんよ」
「ッテいうケドよ、テュー。時間がナイことハ向こうモ承知のハズダ。何を躊躇う必要ガアルんだ?」
ソリテュードはヘルツバールから視線を逸らした。
ソリテュードからしてみれば妹であるギネフェルディーナがどう落ち着いても、身が傷つきさえすればどうでもいいのである。しかしだ。ヘルツバールは違う。ヴィス関連になるといつも自分の身動きのし辛さに苦言を呈す。
逆にしやすくなったらどうなるか? そうなった方が大変なのだ。だからソリテュードはここにいてヘルツバールの容態を観察している。いやもはやヘルツバールにとっては監視に近いかもしれない。最初に会ったときからこのような関係性は変わらない。
「夫に対する忠誠心では?」
「バカバカしい。今更何言ってるンダ?」
「やったこともないことに抵抗感を持つのは、幻妖でも変わらない」
「この場合叛逆にもならないダロウに」
「ヴィスが失敗しなければ、の話だ」
ソリテュードはいう。前提条件、つまりヴィスを見極める時間が必要なのかもしれないと。
しかし挙式の日は迫ってくる。苦言を押し込むためにイディオファナが強引に推し進めていることなのだ。前例にはない挙式の早さだった。
ヴィス・コルボーは、まだ幻想世界の方にいて、鍛錬に励んでいるという。部屋を秘密裏に与えられ、素顔を仮面で隠したまま、アンソルスランの返事を待っている。
と同時に淫魔族の族領の偵察も行っている。彼女の所有する屋敷は君主宮からも近い。
これを知っているのはヘルツバールとソリテュードのみだ。彼らはヴィスの動向を知れる能力があった。
それから数日後。
今から行われるのは任意の会合だ。だというのに面子はそこそこ…というか。むしろ増えてさえいるような感じがヘルツバールにはしていた。
発言するアルやレイアーナ、クズハ以外にも、各族の動向を察知したいのだろうか。協力者というよりいわば秘密結社に近いのだが…相当の戦力がここに備わっているといっていい。
例外的な存在を除いて、最大の戦力者はアベル・エーグル、神族の君主であるギネフェルディーナの側近である男。彼が契約をした意味は非常に大きい。契約者であるトモエ・マツモトはまだその意味をすべて理解したわけではないだろうがーー
「クズハ」
重要なのはクズハの情報だ。各族の動乱状況。それをいち早く手に入れられるのは神族であるが、アベルは口を出そうとはしない。
「動乱は確かに起きています。ですがまだ…君主が対処できる程度。ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様がイディオファナ・エロン・ロワイヨム様と結ばれるということに、実感が湧いていないのかもしれません」
それはあるだろう。ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムは隠されてきた。彼女の存在がいるというふうに感じるのは、例えるならば、空気がある、風が吹く、空が青いといった事象と等しいのかもしれない。
「僕たちは実際に目にもしているし、声も聞いている。けど他の幻妖は…ってことだよね」
ここで発言したのはアンディゴ・ソヴァジヌ・ロワイヨム。ヴィスと共に来た幻妖、しかも魚族の君主だ。
彼がここにいることに、同族であり保護者的なポジションにいるという、ルカン・メールは頭を悩ませたようだ。が、今の緊急事態を考えれば彼の家出は些細な問題である。居場所もわかっているということで、今はロワンモンドの方が安全であることを判断して、放任…というか見て見ぬふりをしているらしい。
「野心を持つものは必ずしもいる。我らが狼族は今は無法地帯だ。特に争いが起きているだろう」
「グランド様はあれから、あちらの方に戻られたのですか?」
「いや、ほとんど。我は罪人だ。追って沙汰を待つしかない、がーー裁く存在がいない」
金狼王グランド・クル・ルーオール・ロワイヨムは義理を通す幻妖であるようで、罰を受けないと元の場所には戻れないと言い張っている。
確かに彼のやったことは大罪だった。故意ではなかったとはいえ、ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムを傷つけたのだから。その罪を裁く役割をする神族は自分たちの君主を失い、最も動揺が大きい。こんな状態で裁くも何もないのだが…ヘルツバールとしては強力な戦力として、今はこちらに留まってくれた方がありがたかった。
金狼王は戦闘力でいえば君主の中でも強い部類に入る。ロワンモンドにきて一時的に力が弱まっているとはいえ、自分の盟友である竜王アルゲベルトと戦っても互いに無傷では済まないだろう。
「先祖代々から伝わる規律を守っていることを期待するしかない」
「このような状況下ですからね。どうなるか分からずに戸惑う幻妖もいる」
「そしテ強い幻妖ハ、ソレを利用する、カ?」
度々やってくるこちら側への来訪。それも若干ながら増えつつある。爆発的にとはいってないのは日和見が多いからなのかもしれない。ヘルツバールからしたら想像もつかないが。
今までもやってくる幻妖はいたのだ。こちら側にくるとリスクはあるが、自分の力を高めることができるからだ。ただ、相手が悪い。
この混乱した現状を利用して、征服するというのは人なら考えもつくものだが、幻妖だと難しい。トップである君主の称号を授けられるのはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムだけである。そこがこの世界と幻想世界の決定的な違いだった。彼女は淫魔王の元にいておいそれと動けない状況にあるのだ。自分たちの民、つまり神族とも切り離されて連絡が取れないままである。
問題は山積みだった。それを一気に解決するにはやはりギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの奪還が不可欠だった。




