77 その時はその時に応じて
(何か惹かれる要素があったのか。やはり、顔か?)
そんなに似ているのだろうか。いやあの初対面のときの反応をみれば判るだろう。本物だ。彼女はやつの(まだ)正妻だ。妻ということは、夫婦だ。顔くらい何度も合わせることはあるだろう。たとえ、その関係性が冷え切っていたとしても、だ。
ヴィスは自分の容姿で得した試しがあまりないと思っている。厄介な目に遭うわ、追いかけられるわ、その度に撃退しないといけないわ、といった感じで。前髪を伸ばしていたのもそんな厄介ごとから避けるためだったというのも理由の一つだったりする(一番は力の制御ができないせいであったが)。
追いかけられるといったら、彼女もそうだった。彼女も追いかけてきたのだ。彼女は厄介ごとを持ってきた。彼女は災難だった。他の人と同じように。
なのに何故か彼女だけが違ったのだ。ヴィスにはいまだに理由がわかっていない。だが彼女のこととなると、どこぞの緑髪男と同じように、いやそれ以上に感情が掻き乱されるのだ。たぶん行動だけでいえばやつ以上に暴発 (暴走?) している。
こうして密偵まがいのことをしているときだってそう思う。アルモニーに入りたてのものに誤解されがちだが、基本的に幻妖は善良で、卑怯なことや騙し打ちを好まない傾向にある。ただ傾向があるというだけで、それに当てはまらないものがいる。逆の方向に振り切れたそれは、いつかの黒竜王と呼ばれた存在であり、今はイディオファナ・エロン・ロワイヨムだった。
そんな “バグ” が出る原因はヘルツバールが関与しているのだが、ヴィスにとってはあんまり興味がない話だった。ただ理解はしている。
淫魔族は他の族よりは危機感がある。が訓練された人間には劣る。ヴィスは軍の経験もあったし、密偵の仕事は進んでやった時期がある。自分の認識の弱さを嫌というほど認識したからだ。嫌だと言って、知らないままでいるということは、罪だった。彼女と出会った頃のヴィス・コルボーはそれを知らなかった。
(こっちの世界にあっても通用しそうな出来だな)
淫魔族は見栄えにこだわる。それは建物や自分の身につける装飾品やら、身の振る舞い方に露骨に現れる。淫魔王が住む君主宮は縦に長かった。故郷の国にある大聖堂を思わせるような華美な外見だ。しかしくどくはなくて単調だった。
神族の君主宮は横に広く、装飾などはあまりないので、対照的に思える。
どこか暗く、重々しい雰囲気が漂ってくる。じめじめと染み込んでくるような重さ、沼に入ったかのようだった。
別に潜入することは問題ではなさそうだということで、侵入経路を叩き込む。あとはアンソルスランの情報や協力具合によって、難易度は異なる。向こうがスパイになる可能性も考慮しないといけないため、自分で裏を取る必要はあったが。
君主宮の外は浮ついた雰囲気が流れていた。結婚式が流布されて、相手が彼女となると、淫魔族が受けられる恩恵は絶大なものとなる。それを期待しての喜び。アンソルスランのことは頭から忘れ去られているのか、単にアンソルスランよりも価値のある存在がここに居座ることが内定した故の喜びか。それとも、彼女自身がそう宣言したことが大きいのかもしれなかった。
結局はヴィスのせいだった。こんな状態をぶち壊しにかかるのだから、ヴィスは淫魔族にはいられなくなるだろう。もともとヴィスが長年世話になってきたのは竜族の方だ。淫魔族の血が流れていようが、自分は余所者だった。
「おお、帰ったか」
一応軟禁されている(という体になっている)場所に帰れば、屋敷の主人が待っているという状況にヴィスは眉を顰めた。何がやりたいのか判らない。外に出てたことも知っているだろうし、もしかしたら、巻いたはずだがアンソルスランの者に尾行されていた可能性はある。魔法を使用していた場合、今のヴィスでは感知がしにくいのだ。勘と経験だけが頼りだった。
「結婚式の日にちは知っておろう。もう時間はない。段取りはどうやら我が淫魔族の風習に乗っかったものになるようだ。ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様のご意思は無視されるようだ」
「そう決めたのは、彼女で、そうさせたのは俺だ」
「ふむ」
もうその風習とやらは始まっているのだろう。だが最終的にはその結婚を幻想世界の民に知らしめる必要がある。そのためには、大胆な仕掛けが必要だろう。ヴィスはそれを狙っている。というかそのときにしか狙いはなかった。
「騒ぎ立てないんだな」
「妾のことをどう聞かされているというのだ? 娘か?」
「さあ」
「ふん、見方などその者にとって様々だ。確かにあやつに暴行を加えているのは妾じゃ。それになんの咎を受ける必要がある? 助けたいと思うなら、誰かが助ければよかろう。妾を詰れば良かろう。それもできずに陰口を叩くものなど、存在しないのと一緒じゃ」
「…ふーん」
意外だった。異母姉が力がないことに怒りを覚えているのではなく、彼女が抵抗をしないことに憤りを感じているような口調だった。確かにそれも一つの意見だった。しかし抵抗させないようにさせているのも彼女だった。傲慢。幻想世界では強者の特権だ。
(やり方はアレだが、ある程度信頼はできる)
ヴィスは数日間でそう思ってはいた。
アンソルスランも他の君主たちに漏れず、器の広さを感じられた。こうであってほしいというものの典型例を大体兼ね備えていて、応用もきく。頑固ではなくて柔軟だ。身内には違うようだが。
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鞆絵はここ数日、緊張の日々を過ごしていた。
一つは空気の違い。この神族の居場所は神聖すぎた。短時間いるのはいいが、長時間ずっといるとなると変な肩が凝ってくるのも当たり前といえば当たり前かもしれない。ここまで空気が清浄だとは思わなかった。日本でも限られた場所でしか神聖な場所は存在しないが、ここはどこもかしこも神聖な場所だった。なんか霊的なスピリチュアル的な…といえばいいのか。そのような気配がぷんぷんしてくる。
それでいて、変な虫や高い場所や、そんな特殊な場所でもなかった。光がどこもかしこも降り注ぎ、景色はものすごく綺麗で自然がいっぱいだが、普通に神族や導師族たちが一緒に暮らしている。そして…もう一つ。
(ああっ…どうしてこんなことをしてしまったんだろう! あの時はテューに言われてどうしようもなかったとはいえ!!)
始めてというべきか。リョクもといアベル・エーグルの立場の高さを思い知ったわけである。
鞆絵は自分のあてがわれた部屋で(しかも隣部屋がリョクである)、頭を抱えていた。契約した幻妖によって、自分の幻想世界での格が決まるということを痛いほど思い知っている最中であった。
おかしい。自分はそこまで丁寧に遇されるような立場じゃなかったはずだ。アルモニーでも特殊扱いされていたが、あれは序の口だったようだ。あそこではただのアルモニーの一員だったからああいう扱いで、ここだと違うから待遇も違うのだろうか。そんなにすぐに対応できるわけでもないというのに。
だいたい、一人にさせてくれない。何かと理由をつけて護衛がついて回る。それはいい。が、その護衛からも、外見から明らかに自分よりも一回り二回り歳上の幻妖たちからも、うやうやしくされる理由なんてない。
もちろんその一方で悪口も露骨に聞こえてくることもある。こう言ったときは黙っておくことが賢明だとリョクから厳命されていたため、鞆絵も聞かないようにしている。ただ、彼らの言い分は見る向きを変えれば確かにそう言わざるを得ないような、少なくとも全否定はできない内容ばかりだった。鞆絵はひよこですらなかった。卵のままだった。そういったことを身にしみて感じるような日々だ。良くも悪くも。




